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獣剣の魔女  作者: Dy02-SK
第1章 永遠と須臾の煌めき
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第46話 呪いと大精霊

第1章 永遠と須臾の煌めき

第3幕 桑狐蓬矢

第46話 呪いと大精霊

 お母さんが倒れたその夜、私は自室で布団にくるまって震えることしか出来なかった。

 一通りの処置を終えたクロックが私に何度も肩を揺さぶって私を呼び戻してくれたが、それ以降、胸の奥で「お母さんがこのまま死んでしまうんじゃないか」という悪い想像ばかりが膨らんでいった。


「どう、して…」


 私が最も恐れるのは―――お母さんが、目を覚まさないこと。


 でもそれだけじゃない。


 なぜあの時の治癒魔法は効かったのか。

 アレは魔法が”発動しなかった”のではない。お母さんに対して”効かなかった”のだ。

 試したら他の魔法は使えたし、ナイフで付けた自分の傷も治癒魔法で治すことができた。


 それなのに、お母さんにだけ…


 毒か?それとも感染症か?どちらにせよ、”全く”効果が見られなかったのはおかしい。

 確かに治癒魔法は病原体の根絶は出来ない。しかし体を”健康体”として再生させる効果がある。

 つまり炎症や出血部は抑えられるはずで、事実私は風邪気味になるたびに”光癒”で治してきた。それなのに…


 出口のない思考が私を暗い水底へと引きずり込む。背筋の奥から冷気が這い上がり、奥歯が軋んだ。


「怖い…」

 

 明かりの無い水中で、一人取り残されるようだ。


 ―――気付けば、夜が明けていた。

 窓から差し込む朝の陽光だけは、変わらず優しいままだった。



***



 コンコンコンコン―――。


「ミオ御嬢様、マスターが意識を御取戻しになられました。ミオ御嬢様との面会を御望みで御座いマス。如何為されマスか?」

「!す、すぐに行く。」

「承知致しマシた。御伝えして参りマス。」


 何もする気力も無く部屋に閉じこもってから丸一日。

 暗闇に差し込んだ小さな希望は、再開の瞬間に、軽々と打ち壊された。


「ミオ……すまない、心配を掛ける。」


 肌は血の気を失い、唇はカサカサにひび割れ、瞳の奥の生気は薄れている。

 たった二晩で、まるで何十年も年を取ったかのような有様だった。


「お母さん…大丈夫、だよね?死んじゃったり…しないよね?」


 それは、願望でしかなかった。

 絶望的な現実は、目の前にあると言うのに。それでも、どうしても諦められなかった。

 お母さんなら、この状況を逆転させられると。「安心しろ、大丈夫だ。」と、そう言ってくれるのだと。


「ミオ…」


 お母さんの言葉に重みが増し、私の心臓が跳ねる。もう、そこで察しかついてしまった。


「私は死ぬ。もう、一週間と持たないだろう。」

「そんな…!?嘘だ!そんな……そんなの、嘘だ…」


「死ぬ」「居なくなる」「二度と会えない」「あとたった一週間」―――止めどない絶望の闇が、頭の中を塗りつぶしていく。


 涙が、こぼれた。

 ……この世界で、初めて流す涙だった。


「だから…聞いてくれ、ミオ。」

「……ぐぅっ、う…」


 返事は出来なかった。

 嗚咽がお母さんの邪魔をしないように抑えることで、精一杯だった。


 お母さんはゆっくりと語り始める。


「……私は七次大戦の最後、魔神と戦った。結果としては私たちが勝ったが、魔神は封印される直前―――私と勇者に呪いを掛けた。」

「勇者は聖神の加護に守られたが、私を守るものは無かった。戦いが終わったんだと、私も仲間たちも油断していたんだ。」

「これは魔神の魂の欠片そのものだ。私を乗っ取ろうとするアイツの怨念が、私の魂に絡みつき魔力腺を引き裂いている。」

「今まではどうにか抑えられていたが、もう限界なんだ。これは、治癒魔法では治せない。」


 魔力腺。魂からくみ上げられた魔力を全身に運ぶ”実体のない魔力の血管”。

 それが傷つけば痛みを伴う。私も自分のキャパシティを超えるような魔法を使えば、筋肉痛のような痛みを感じる。


 実体の無い魔力腺は、物質的に再生させる治癒魔法では治せない。

 だから、あの時の魔法が効かなかったのだ。


「……治す、方法はっ…?」


 問う。しかし答えは言われずとも分かっていた。


「無い。少なくとも私が探した限りでは。」

「何百年も探したよ。私だって死にたくなんかない。だが、見つからなかった。」


 お母さんは、泣き腫らす私をまっすぐに見つめる。


「だから、ミオ。お前に託すよ。私の持つ全ての財産と、知識と……そして、()を。起きてるんだろう、シオン。」

「彼、って…?」


 聞き返すよりも前に、お母さんの体から魔力が立ち上った。柔らかく、壮大で、それでいて希薄な魔力。

 煙の様だったそれは、やがて人の形をとった。


『……ボクがシオン。彼女の英雄譚の立役者にして、現状の命綱でもある。』


 男というには高く、女というには固い、中性的な声だ。

 翡翠色の煙が象るのは子供の輪郭で、古代ローマのトーガのような服をまとい、長いまつげと眠そうな瞳、くせのあるショートヘア。


 シオンと名乗る彼は腕を組み、不機嫌そうにため息を吐いた。

 私は涙が引っ込む思いだった。なにせその様子が、アルの契約した水の大精霊であるディニアさんの顕現に酷似していたからだ。


『…アリス。なんで、もっと早く継がせなかったんだ。こんなギリギリまで引き延ばさなくてもよかったはずだろ。現にキミの娘は、現状を受け入れられていないじゃないか。』

「それは…完全に私のわがままだね。出来るだけ長く、ミオと一緒に居たかったんだ。……残酷なことをした。」

「お、お母さん…これって…」

「彼はシオン。英雄の魂を集める特殊な大精霊だ。」

『はぁ……そうだ。ボクは”英霊守(えいれいもり)”。英雄の素質がある者と契約して、潜在能力を引き出す代わりに死後は魂を縛って集める。それがボクの存在意義だ。』

あとがき


投稿が遅れてすみません!重要シーンだからと悩み過ぎました!

さて、「アリステラの不調」と「”英霊守の大精霊”ヴェリシオン」。『獣剣』の最初期から敷かれ続けた伏線が、遂に回収となりましたね。


次回、魔女様を苦しめる魔神の魂の欠片が、話の中心です!

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