第43話 高天の双者
第1章 永遠と須臾の煌めき
第3幕 桑狐蓬矢
第43話 高天の双者
”狙撃蠍”…変質した尾から、毒の代わりにとんでもない速度で熱湯を射出できる魔物だ。
こいつらは普段森の枯れ葉の中に潜み、獲物が来るまでじっと待つ。そうして広大な探知範囲と高精度高威力な尾の射撃によって、自分の存在を悟られることなく獲物を狩るのだ。
「打ち合わせ通り不規則に立体機動で。私がデカめの魔法を溜める。」
指示を出した直後だった。四方八方で魔力が膨れ上がり、私たちに向けて幾十条もの水のビームが襲いかかる。
こいつらの最も不可解かつ厄介な特性…それは、”群れる”ことだ。
そもそもこいつらは例外を除き単体で頂点捕食者に位置する。しかも狩りになれば獲物は一撃必殺。
つまり群れるメリットなんか一つもない癖に何十匹という大群で生活するので、運よく初撃を避けたとしても今の私たちのように無数の狙撃が待ち構えており、こいつらの縄張りに入って生還する生き物はごく稀だ。
しかもこいつらの本質は狙撃手。潜伏能力は数ある魔物の中でも高い部類に入り、自然界で根絶されることは基本ない。
『何だよこいつらー!遠くからチクチクチクチク、ずるいぞ!』
文句を垂れるヴァルはしかし、その針に糸を通すような姿勢制御によって一滴の水も寄せ付ける様子は無い。
彼は紛れもないドラゴンの一員である。ずば抜けた魔力感知能力が射撃前の溜めを察知し、圧倒的な魔力出力で空を舞う。緩急をつけて狙いを絞らせず、時に急降下し、時に魔力放出で水をはじいて。
そんな無茶で贅沢な魔力運用を支えるのは、ドラゴンの持つ底なしの魔力量だ。
私がドラゴンの戦闘能力を何かに例えるなら、”生体戦車”という表現がが非常にしっくりくると思っている。
今回は回避・受け流しに専念しているので出番は無いものの、魔法・物理を問わず大抵の攻撃を無効化する龍鱗の装甲。
ブレスをはじめとした、ドラゴンが持つ強力な火属性魔法という火砲。
滑走路を必要としない飛行能力という圧倒的な走破性。
身体強化が無ければ慣性で死んでしまうほどの機動力。そして潤沢な魔力からくる無尽蔵な継戦能力。
まさに”ぼくがかんがえたさいきょうのいきもの”である。
『ねぇミオー、燃やしちゃダメなのー?めんどくさいよー…』
「ダメ。逃げられたらまた増えるから二度手間だよ。」
『ぶ~』
「もうちょっと待って………よし、いくよ。」
全身を駆け巡る魔力が私のイメージを受けて変質していく。周囲の風が唸りをあげ、大きくゆっくりと渦を巻き始める。後はもう、形を与えるだけだ。
「―――”呑舟ノ嵐”」
特級風属性魔法”呑舟ノ嵐”。超規模破壊魔法に数えられるこれは、発動すれば戦場を丸ごと更地に変える天災の如き魔法である。
魔法名を詠唱した途端、それまではあくまでもゆっくりとであった風の渦が急激に勢いを増し、スコーパーの狙撃地点のすべてを飲み込む巨大な竜巻が発生した。
葉や枝、草に土、そしてそこに隠れていたスコーパーから、果ては巻き上げた地面ごと水臨樹をその腹に収めていく。いかに巨大であろうが、重量があろうが、強烈過ぎる風の暴力には抗えないのだ。
大量の異物が風に混じることで竜巻はたちまち黒く染まり、異物同士が風の中で激しく衝突する。水臨樹は半ばから引き裂かれ、スコーパーはそれらの破片にすり潰されるようにしてバラバラになり、最終的には全てが粉末になるまで互いを削り合う。
粉となった異物を風が上空へと運ぶとスプリンクラーのようにばら撒いて、晴天の空に暗雲のようなものとなって大地に降り始めていた。
「我ながらえげつない魔法を使ったなぁ……」
『うわぁ…』
これは実戦で初めて使った―――というか特級の攻撃魔法自体今回が初めての実戦投入であったが、そのあまりの惨さに思わずドン引きしてしまう。
「…まぁ、ここにいたスコーパーは間違いなく根絶させたし、目的は果たしたから村に行こうか…」
『ミオはスゴいけど、ちょっと怖いかも…』
「ぐはっ」
身を分けたに等しい存在に怯えの混じった声音でそんなことを言われた私は、鋭いナイフで刺されたかのような精神的な痛みに苦悶の声を漏らす。
これは戒めるべきだ。二度とこんな残酷な魔法は使うわけにはいかない。特に、ヴァルの前では…
***
Side ルート
暖かな春の昼、狩人になりたいと言うジャックに弓の扱いを教えていた。
「はぁー疲れた~!なぁルート兄、やっぱりこの弓弦の張りちょっと強過ぎじゃねぇ?もうまともに引ける気がしないんだけど……あ!ルート兄!あれミオ姉じゃない!?」
地道で初歩的な練習に飽き、芝生の上で大の字に寝そべるジャックが、ふと空を舞う影の一つを指して言った。
「お?ホントだ。そっか、もうレルデップおじさん来てるもんな。じゃあ俺親父に言って来るわ。」
「俺はちょっと休む。あー肩いてぇ~、背中もいてぇ~……」
あの大きな翼と長く後ろに引く尾の影は、間違いなくミオが乗るヴァルのものだ。
今のミオは、ヴァルも含めてほとんど村の一員として皆に受け入れられている。彼女自身もここが第二の故郷なのだと、少し恥ずかしそうに言っていた。
ジャックと一緒にいた村のはずれから少し走ると、すぐに広場でレルデップおじさんと話す親父が目に入る。
「おーい、親父ー!」
「んぁ?どーした?」
「ミオが来たから、そのうち降りてくると思うぞ。」
「あーそっか。分かったありがとな。」
「降りてくる…というのは、一体どういうことですか?」
昔のミオみたいな口調で話すのが、レルデップおじさんだ。
歳は親父より少し上で、蓄えている髭の量も親父より多い。その代わりなのか昔から髪が薄くて、いつからかツルツルのゆで卵になった。
「ほら、さっき言った森に住んでる魔女の娘だよ。ドラゴンを飼ってるからうちに来るときはいつも一緒に飛んで来るんだ。あぁ、降りてくるときと飛び立つときにかなり強い風が吹くから、デップさんは荷物が飛ばないように気をつけた方がいいかもな。」
「ドラゴン!それは凄い。ぜひとも一目見てみたいですね。」
「おじさん腰抜かすなよ?マジでデカいからな。」
「それは良い。より楽しみになりました。」
おじさんは「ほっほっほ」と上機嫌に笑うが、実際に目にしたらきっと声が出なくなるくらい驚くに違いない。
俺はミオの到着とおじさんの反応を楽しみにしながら、上空で旋回するミオたちの影を見上げた。
Side END
あとがき
”スコーパー”…実はこいつ、この作品では珍しく構想当初から設定が詳しく決まっていた魔物の内の一体でして…それこそドラゴンと同等のレベルの古参勢なんですよね。
生態とかも結構考えて作ったので、個人的にもお気に入りな魔物の一体です。
そんなスコーパーさんですが、主人公のトンデモ魔法で一網打尽にされてしまいましたねぇ…
ちなみにあのまま放っておくと、外的要因で死亡しずらいスコーパーたちはゴキブリのような生命力を発揮して爆発的に増殖し、あっという間に森の一帯で大規模なコロニーを作り上げていた可能性があったり。
次回、主人公とレルデップさんが初対面!




