第42話 VAL ~Valbatia Air Line~
第1章 永遠と須臾の煌めき
第3幕 桑狐蓬矢
第42話 VAL ~Valbatia Air Line~
湯気の立ち昇るティーカップの装飾が、朝の光を受けてキラリと反射する。それを口に運ぶたびに、振り子が刻む穏やかな時間の音が遠ざかっていく。
「ごちそうさまでした」
「ん」
我が家では習慣の朝のティータイム。今日はいつもと趣向を変えてミルクティーにしたので、朝食で食べた干し肉の強い塩味が洗い流され、まろやかな後味が口の中に広がる。
そこへ窓からこちらをのぞき込む陰があった。目一杯広げた手のひらほどもある金の瞳だ。
『ミオ、まだ?』
「分かった。今準備するから待ってて。」
『早くしてね!』
彼はこの2年で見違えるように大きく育ったヴァルである。
その成長速度たるや凄まじく、2か月で大型犬ほどになり、一年経つ頃には家にも入れなくなっていた。今の体長は3m超え。尾や首を含めた全長となれば7mにもなる巨体であり、その大きさはアフリカゾウと同等である。
しかも育ったのは体だけではない。頭脳も同様、驚異的な成長を見せた。現に今の彼は、念話の魔法を使って私たちと会話をすることさえできるようになっている。
またドラゴンの代名詞でもあるブレスをはじめ、火属性魔法は教える間もなくいつの間にか覚えていたが、逆に火属性と念話や飛行のための無属性以外は使えないようだ。その火属性魔法もまだまだヴァルグリスさんのようにとはいかないが、そもそもまだ2歳であることを鑑みれば彼が持つ能力は絶大である。
この2年、私たちは常に行動を共にしてきた。
小さいうちは私の背の籠で、背負えなくなれば私の隣に、戦えるようになれば狩りの相棒になり、空を飛べるようになった今では逆に私を背負って遠くまで連れて行ってくれるまでになった。
彼はもう私が本当の母親でないことは理解しているが、それに限りなく近い特別な存在であると感じてくれている。
成長したのはヴァルだけではない。しかし私の道のりは彼のようにのびのびとしたものではなかった。
なぜならヴァルが生まれて少しした頃に、お母さんが魔法を見せてくれなくなったからだ。
曰く「お前の夢は世界を駆ける冒険者なんだから、いつまでも私が隣にいるわけにはいかないだろう?それなら、一人で成長する経験をしておいた方がいい。」とのこと。それまで分からないことがあればすぐに手本を見せてもらっていた私は、突然の制約に足踏みを余儀なくされた。
しかしそこで焦る必要が無いことも学んでいた。桃栗三年柿八年。継続することの意義は、私の経験が証明していたのだ。思考錯誤を繰り返して理解できることもあれば、自分なりに解釈を広げて新たな発想を得ることもあった。
結果として、私はお母さんから”特級魔法魔術師”の称号を授かり、晴れて”『氷星』門下免許皆伝”となったのだ。
「じゃあ、今日もお散歩行ってきます!」
「うむ、行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃいマセ、御嬢様。」
今日はヴァルと村まで行く日だ。
用意をして玄関を出れば待ちきれないとばかりにヴァルが頭をすり寄せる。その巨体から発せられるあふれんばかりの親愛の情は、身体強化をしていない私を軽々と押し倒した。
『やっと出てきた!早く行こう!』
「うわっ!?ちょっと加減!加減を忘れるなヴァル!」
『分かったから、早く早く!』
「ったくもぅ…」
彼に悪気がないことも、こちらが怪我をしない程度にセーブしていることも分かっているので、せかされてもあまり怒る気にはなれず言われるがまま彼の背に着けられた龍鞍(クロック作)にまたがる。
『乗った?』
「乗ったよ。よし、それじゃあ今日の散歩も張り切って行こう!」
『いぇーい!』
ヴァルが翼の内側に魔力を溜めていく。私もそれに合わせて割と本気で全身に身体強化を施した。
『いっくよー!それー!』
「ぐっ」
はためく翼、吹き荒れる魔力、そして全身にかかる強烈なG。それが終わるころには、もう水臨樹よりも遥かに高い場所まで上昇し、まるでジェットコースターのように急降下しながら前へと進み始める。
『きーもちー!』
「…”除風壁”、”天衛の揺籃”…ふぅ、今日の目的地は分かってる?」
『あの村まで行くんでしょ?分かってるよー!』
「その前にあの巨石の方だよ。ほら、スコーパーが住み着いてるから魔物たちが移動してるでしょ?村の人たちにまで影響出てるみたいだし駆除しないと。」
ある程度時間が経てば飛行は安定し、風や気温、低酸素、気圧などを快適に保つ結界を張れば、こうして話をする余裕も出てくる。
しかし毎度毎度この出撃はあまりにも過酷過ぎる。身体強化が無ければ潰れていてもおかしくないレベルだ。あと私が高所恐怖症でなくてよかった。そうだったならば一度きりでトラウマものだろう。
とはいえ今日は雲一つない絶好の散歩日和。遥か下を流れてゆく景色と、柔らかく包み込むような春の日差しが心地いい。
『そう言えばなんで村ー?ちょっと前にも行ったよね?』
「今日はレルデップさんが来るんだって。私はもうすぐ15歳で成人するから、冒険者になるのにギルドがある町までの行き方を聞いておこうと思って。」
『へー、レルデップさんて誰?』
「行商人だよ。貴族の顧客も居るような商人らしいんだけど、あの村の出身だからって定期的に必要なものを売りに来てくれるんだって。」
『ふ~ん?』
「凄いよねぇ…魔の森開拓村っていう半分秘境みたいなド田舎の農民生まれなのに、そんな大物まで成り上がっちゃうんだから。」
『そうなんだ』
「…さてはヴァル君、分かってないな?」
『だって貴族とか出世とか、ボクは知らないし…』
「あ、そっか。言われてみれば確かに。」
そんな雑談を交わしながら悠々自適な空の旅を楽しんでいると、不意に森の中で魔力が収束する気配を感じた。
「おっとストップ。お目当てのが釣れたよ。」
『分かってる』
前方に向かって魔力を噴射し急制動をかけると、風向きが変わった―――
一閃。
魔力の反応を感じた場所からだった。それは私たちの目と鼻の先を打ち抜いて勢いを失う。
「つくづく厄介だなぁ、この”狙撃蠍”ってやつ…」
あとがき
明るくて純粋なストーリーは心を晴れやかにしてくれますね!書いていて楽しいお話でした。
さて、今回は時間が飛びましたので、また情報量の多い一話となってしまいましたがいかがでしょうか?
成長したヴァルと主人公……あれ、そう言えば主人公の外見描写ってしてない…?まぁ、それはとりあえず置いておいて。
あとは魔女様が魔法を使わなくなったり、村にはレルデップさんという行商人が来たり、森に発生した”狙撃蠍”であったり…
と、言うわけで!
次回、対スコーパー戦です!




