第4話 理想的な従者
「第1章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第1幕 転生諸変」
の中の「第4話 理想的な従者」です
2025/06/15
細部各所の表現を変更
2025/06/29
細部各所の表現を修正
ゴト…ゴト…ゴト…ゴト―――
母上殿が扉に向かって呼びかけると、部屋の外から規則正しい足音が聞こえてきた。
それはゆっくりで、とても重い印象を抱く音だ。
体重がとても重いのだろうか?しかしそれだけの重量を受けても床が軋む音はしない。
やがて足音は部屋の前で止まり、扉がノックされた。
コンコンコンコン
「入れ。」
「失礼致しマス。」
洋画の吹き替え声優のように渋く、老いた、それでも張りのある声だ。だがまるで電話越しみたいな違和感がある。
アリステラさんの許しを得て、開かれた扉から入ってきたのは―――
(執事だ!しかもメカの!)
―――そう。金属らしきもので構成された老執事であった。
ピンと伸びた背筋にすらりと高い上背。肌は明るめのグレーに塗装され、眼窩には若竹色のレンズが淡く発光している。
頭髪は限りなく本物に近い質感で白いオールバックに、整えられた口ひげも同様に本物っぽい。
右目にはモノクル、両手には白い手袋、全身にはパリッとした燕尾服をまとっていて、森の中に住んでいるというのに汚れやほつれの類が一切見られない。
動力系がものすごく静かなのか、はたまた俺の知らないものなのかは分からない―――恐らく後者だろう―――が、関節が動いたときに駆動音や摩擦音がしないのも特徴だろう。
「ミオ、彼はクロック。私が造った“完全自律機械人形”だ。我が家の家事全般を担う執事でもある。クロック、彼女はミオ。今日から私の娘だ。挨拶をしておけ。」
「御初に御目に掛かりマス。御紹介に与りマシた、クロックと申しマス。マスター、アリステラ様の造物にして、此の家の執事を仰せ付かって居りマス。本日は御日柄も良く、ミオ御嬢様に於かれマシては、御機嫌麗しく存じ上げマス。以後御見知り置き下されば、此の上無い喜びで御座いマス。」
左手を腹にあて、右手を後ろに回し、語末とともに30度の敬礼。全ての所作に礼を尽くす意を感じる、完璧な執事であった。
「ミオでしゅ。ぉぢらぉしょ、ぉにぇがぃいましゅ。」
(凄い!本物の執事だ!しかもメカ!)
礼を尽くされた以上こちらも礼を返さねば無作法というもの。
表面上こそ取り繕ったが、異世界で見てみたかったものが合体してやってきたのだから、大歓喜必至である。
「ミオ、何か困ったことがあれば私かクロックに声をかけてくれ。クロック、ミオに関することは全て最優先事項だ。早速だが今後世話をするための用意をしてくれ。金額に関しては糸目をつけない。どうせ大して使い道もないからな。」
「承知致しマシた。」
主人の命を受けた執事の行動は早い。一礼したのち、すぐに動き出す…相変わらずその歩みはゆっくりではあるが。
「さて、と…今すべきことは特には無いか…あぁ、そう言えば私ばかりが話していたな。ミオも何か聞きたいことはあるか?」
と、ようやく会話のターンが俺に回ってきたようだ。それでは遠慮なく聞かせてもらおう。
「まほーんぁぃいらぃ!」
「ん、魔法か…教えるにしてもあまりに広範すぎるな、特に何が気になる?」
「やーいぇっかい!」
「結界…?あぁ、家に貼ってあると言ったやつのことか。アレは資格を持たぬ者が結界内を認識できなくなるものと、結界に近寄りがたく思うもの、この2つは効果範囲内に入った対象に無意識下に思考を誘導する闇魔術だ。あとはそれらを抜けられたとき、入れないようにする火と土の反応型魔術2種。外側からの物理・魔法どちらにも対応した飛び道具を防ぐ風と水と光の3種類の魔術もかけてある。合計7つの複合魔術だな。」
「ほぇー…」
思った以上の情報量にボケッとした顔を晒すが、やはり魔女の拠点だけあってその警備は厳重らしい。
これならもし仮にあのクマが生き残っていたとしても、そもそもこの家に気付くことすらできないのか。
(…ん?あれ?でもおかしくないか?)
「ぁえ?ぅまんぃうっらのは“まほー”、らぉね?いぇっかいは“まゆちゅ”?」
「御明察。魔法と魔術は別物だ。魔術とは“術式魔法”の俗称で、簡単に言えば魔法を扱いやすくするために開発された魔法だ。良く気付いたな?前世には魔法が無かったんだろう?」
「んぁあらぉ。」
その後も魔術と魔法の解説は続いたが、要約すると―――
魔法はそもそも、専門家レベルの深い知識かそれなくして賄えるほどの隔絶したセンスを求められる上、大量の魔力をドカ食いするという、才能ある者にしか使えないような代物なのである。
実際魔術開発以前において、魔法が使える人間は1%にも満たなかったという。
しかしそれを持つ者は皆一様に凄まじいまでの力を持っていた。
それをどうにか凡人たちの手に収まるものにできないかと、稀代の天才たちが頭をねじ切れるくらいにひねった末に生み出されたのが、魔術(術式魔法)である。
―――ということらしい。
「さて、魔術誕生の概要を語ったところで、魔術の何が魔法を簡略化したのかについてに移ろう。」
「あぃ!」
俺も母上殿も魔法の講義に夢中になっていたその時だ。
グウウゥゥ~
二人の腹の虫が同時に、盛大に鳴いたのである。
「む、そう言えば今日はまだ何も食べていないな…よし、続きは食べた後だ。クロック…は買い物に出たんだったな……仕方ない。私が作るか。」
「ぶー」
「そう言うな、時間はいくらでもある。むしろまだ赤ん坊のうちから魔法の勉強をしているんだから、今のままでも十分急ぎ過ぎなくらいだ。」
(むぅ…言われてみればその通りかもしれない。というか、言ってから気付いたが“ぶー”ってなんだ“ぶー”って……さすがに無いだろう…)
魔法の講義に興奮していたという言い訳はあっても、幼児退行するにしてもあんまりな自分の言動に今後はもう少しだけ気を引き締めようと思ったミオなのであった。
あとがき
同居人の正体は、なんとびっくりメカ老執事でした!…あれ?そんなにびっくりしてないって?まぁ細かいことはいいじゃないですか!
魔法もちょっとだけ語られましたね!…え?全然ちょっとじゃないって?まぁ細かいことは(ry
次回、異世界の本。