第38話 万人を圧倒する衝撃
第1章 永遠と須臾の煌めき
第3幕 桑狐蓬矢
第38話 万人を圧倒する衝撃
2025/09/28
細部各所の表現を変更
2025/09/29
細部各所の表現を変更
2025/10/04
ルートに対する主人公の口調を敬語に変更
騒音の元凶であったラージボアは私の剣に斃れ、森は再び静寂を取り戻すかに思われたが、私の手の内で不安に声を上げるヴァルがそれを良しとしなかった。
「キュ、キュ…!」
「はいはい、怖かったねぇ~。でももう大丈夫だよ~。」
今までの戦闘では手っ取り早く実用性の高い地味な魔術で瞬殺してきたが、せっかく人目もあるのでカッコよく刀でとどめを刺そうと思ったら、ヴァルに怖い思いをさせてしまったらしい。
しかしこの先も私と生活を共にするならば戦闘は避けられないイベントだ。こればっかりは慣れてもらう他無いので、出来る限り優しく語りかけながら背を撫でてなだめる。
「うっそだろ…あのラージボアを、こうもあっさり……!?」
「だから言いましたよ?大丈夫だって。」
「…あ、アンタなにもんなんだ?」
どうやら衝撃から戻ってきたらしいルート青年は、警戒心をあらわに聞いてくる。
「名前はさっきも言いましたけど、ミオ。姓はフロライン。森の奥に住んでる魔女は知ってますか?」
「姓持ちって、ん?魔女…?そう言えば、父さんから聞いたことがあるような…」
「この森の奥の方には”氷星の魔女”っていう魔女が住んでいて、私はその魔女に拾われた娘です。」
「魔女の、娘……いや待てよ?”氷星”って、確か英雄の一人なんじゃ―――」
「まさにその”氷星”が私のお母さんで、私は村に行きたいんです。あなたもそこの村人なんでしょう?タイミングよくお土産もできたし、案内してくれませんか?」
再度訪れる衝撃の波にハトが豆鉄砲を食ったような顔をしたのち、たっぷりと時間をかけて会話の意味を咀嚼し終えたか、ガシガシと頭を掻いてどこか納得したような雰囲気になった彼が口を開く。
「……あー、まぁいっか。恩人だし、もう細けぇこと考えるのは無しだ。レルデップおじさんみたいな言葉遣いだけど…お貴族サマじゃないんだよな?」
「平民ですよ。」
「うし!俺に任せろ。村までばっちり案内してやる。ラージボアはどうする?二人じゃ運べないし、いったん村まで行って人手を呼んでこようか?」
「いえ、私一人で運べます。後について行くので、先を歩いてもらえますか?」
一瞬フリーズした彼は、一拍を置いてラージボアからこちらへと視線を移した。その目は据わっており、若干の抗議を含んでいるようだ。
「…俺はもう、あんたが何言ったって驚かないからな?」
「別に驚かせたくて言ったんじゃないんですが…」
百聞は一見に如かず。
未だ鮮やかな血が流れ出す頭と二足の前足を虚界門へしまい、残った胴は傷口を凍結させて止血。血に濡れた地面は以前お母さんがやって見せたように、地面をひっくり返すことで埋める。
あとは魔力糸で縛り上げ強めに身体強化をかけてから引っ張ってやれば、ラージボアの骸がザザザと地面を擦った。
「…マジかよ。ってかあんた魔法も使えたのか…」
「もう驚かないんじゃなかったのでは?」
「あんたがおかしいんだよ!ラージボアは圧倒する、英雄の母親が居る、倒したラージボアは村への土産にするとか言い出すし、その上これを一人で運べるし魔法まで使える!?何の冗談だ!」
「分かりましたけど、私は正直に言ってるだけなんですが?そっちで何とか受け止めて下さい。」
「はぁ…あんたやっぱりおかしいよ……」
もはや呆れの境地に達した彼は、額に手を当てて処置なしとでも言いたげだ。
「師が師なので、多少常人離れしてる自覚はありますが。」
「そういうことじゃ…いや、いい。これじゃいつまでたっても話が進まん。ともかくアンタ、ホントにそれ引きずりながらついてこられるんだな?」
「もちろん。獣人の身体能力を信じて下さい。」
「じゃあ行くぞ。」
***
「ん?おおルートじゃないか!お帰り!今日はどう、だ、った……」
森を出て村が見え始めた頃。その周りの畑で作業をしていた一人の農夫がルート青年に向かって元気よく声をかけた。
しかし彼の視線は次第に後ろについて来る毛皮の塊に映っていき、それを認識するにつれて声は先細りになっていった。しばらくして再起動すると驚きに目を見開く。
「何だそりゃあ!?首がねぇが、まさかラージボアか!?」
「んおぉ?どうしたー?…って、何じゃありゃあ!?」
「何だ何だ?え…」
「大声なんか出してどうしたよー?…はぁ?」
その驚きの声を聞きつけて寄ってくる村人全員が、三者三様の驚きの顔で固まっていく。
しばらくするとその人だかりの奥から、ルート青年によく似た一人の中年男性が出てきた。ちょうど私たちも村の端にたどり着き、その中年男性と顔を合わせる。
「お、おいルート…このラージボアっぽい何かと、それを引っ張ってる嬢ちゃんは何なんだ?俺ぁもう夢でも見てるんじゃねぇかと思ったわ…」
「それはこいつに聞いてくれ。俺だってついさっき死ぬほど驚かされたばっかりなんだ。」
「初めまして、ミオと言います。あなたは?」
「お、おう。俺ぁレザフ。そこのルートの父親で、この村の村長をやってる。」
茶味のあるシャツにくたびれた革のベストを着たガタイが良く背の高い男性だ。声は低いが情の温かみを感じる柔らかさがある。
顎に蓄えられた無精ひげを撫でる癖があるようで、声も相まって初対面だというのに彼の溢れ出る人柄の良さを感じ取っていた。
「そうでしたか!それなら話が早い。私は森の奥に住む魔女の娘で、この村まで散歩に来たんです。それでちょうど来る途中に仕留めたので、このラージボアは皆さんへのお土産にしようかと思いまして。」
「ん?…んん?これを貰っちまっていいってことか?こんな立派なラージボア、仕留めるのに苦労しただろう。」
「いいや親父、こいつは瞬殺してたよ。突進してくるラージボアを正面から切り伏せちまったんだ。」
「あっはっは!んなバカな!そんな見て来たような説明したって、俺ぁ騙されねぇぞ?」
「親父、嘘じゃない。全部本気だ。本当にこいつは一人で正面からラージボアを瞬殺したんだ。」
「はぁ??…えっ、はあぁ???」
処理できる量を大幅に超えた情報を押し付けられた村長レザフさんの表情はその場でピシリと固まり、読み込みのぐるぐるが頭の上で回っているかのようだ。
「……まぁ何だ!経緯はともかくとして、くれるというのならありがたくもらっておこう。みんな今日の夜は祭りだ!急ぎの用が無い奴は解体手伝いに来い!久々の大物だぞぉ!」
「「「おおお!!!」」」
理解が追い付かないことはとりあえず横に置いて、やけくそ気味に叫んだ村長の号令に、娯楽に飢える辺境の男たちが、威勢の良い賛同の声を上げた。
あとがき
いやぁいいですねぇ、この登場人物が増えていく感覚。『獣剣』の世界が押し広げられていくような気持ちです。
今回は前話から登場しているルート君の父上である”村長”レザフさんが登場いたしました。
彼が率いる村に手土産としてラージボアを持って行った主人公。それを受けて彼は祭りの開催を宣言しました。
辺境、それもほとんど人の出入りの無い人外未踏の地一歩手前の秘境ともいえる村では、まともな娯楽は無いに等しい状況ですので、こうなったのは半ば必然と言えますね。
次回、主人公が村で一日を過ごします!




