第36話 生まれて初めての贈り物
第1章 永遠と須臾の煌めき
第3幕 桑狐蓬矢
第35話 生まれて初めての贈り物
仔龍が眠ってどれくらい経ったのか、私はただその子を撫で続けながら窓の外を眺めていた。
未だ残る不調と疲労感からたまに溜息を洩らしながらも、この子が無事に生まれて来てくれたという安堵で心は晴れやかなものだ。
二つの呼吸音だけが部屋にある中、その静寂を破る音が私の鼓膜を震わせた。
―――コンコンコンコン
「失礼致しマス、御嬢様。クロックで御座いマス。御昼食を御持ち致しマシたが、如何為されマスか?」
「あぁ!ありがとうクロック、食べるよ。入って。」
「キュ…キュ、キュウ!キュウ!」
扉が開く音と同時に、仔龍が目を覚ます。私の腕の中で身じろぎをしながら、クロックを警戒しているようだ。
「大丈夫だよ、クロックは家族だから。落ち着いて。」
「キュ…キュ…」
私が小さな羽がせわしなく動く背を撫でると、途端にまぶたをとろんとさせて眠ってしまう。何だこのかわいい生き物は。
「…御話はマスターより伺っておりマシたが、御愛でとう御座いマス。」
「ありがとう。あ、お母さん呼んでくれる?報告したくて。」
「承知致しマシた。少々御待ち下さい。」
「うん」
クロックが踵を返して部屋を出ようとしたところで、再びドアの開く音が聞こえる。
「話は聞いていたぞ。よく頑張ったな。」
「…まさか扉の前で待ち構えてたわけ?」
「お前のことが心配でな。」
お母さんは入ってくるなり手に持っていた魔力回復薬をこっちへ寄越す。
「…まぁいいけどさぁ。それよりほら、かわいいでしょ。」
「確かにかわいいが……くくっ、己より我が子とは、お前もすっかり母親だな。」
「別に変じゃあないでしょうよ。実際半分は私が生んだようなもんなんだし。」
「そうだな」
「…キュゥ?」
新たな侵入者の気配に気づいたか、再び仔龍が目を覚ます。だがお母さんには目もくれず、ポーションの瓶が気になるようだ。
「あっ、これは私用のだからね?回復したらまた魔力あげるから…こら、コルクくわえない!まったく、のどに詰まらせたらどーすんのさ!」
「ふっ、ふふっ…まぁなんだ。元気なら、いいんだ。元気なら…ぶっ、ふはっ、ふはくくく…!」
「もうそれ堪えきれて無いじゃん。っていうかどこにそんな笑える、ってだから!くわえちゃダメだって言ってんでしょう!?」
「ふはははは!!」
先ほどまではこれぞ森閑と言った具合で窓の外から聞こえる微かな小鳥のさえずりや風に揺れる木々の音だけがしていたのに、今ではもう蜂の巣をつついたような騒がしさだ。
「あのさ、私まだ本調子に戻ったわけじゃないんですよ。あんまり騒がれると頭に響くから勘弁して…」
「おっと、それはっくく、すまんな。」
「はぁ…」
「ところで、その仔龍の名前はもう決めたのか?」
「あ、そう言えば…」
突発的に始まった上、目の前のことに必死だったから全く考えていなかった。
しかし名前か…どうせならしっかりと意味を考えてつけてやりたいところだが、こういうのっていざとなると浮かばないんだよなぁ…
「お母さん、何かいい案は無い?」
「お前の子供だろうに。私は口出しせんよ。」
「うっ、じゃあクロックは?」
「僭越乍ら申し上げマス。名前とは、親が子に与える一番最初の贈り物であると認識して居りマス。ですから、私が関与すべき事柄ではないと考えマス……しかし、其れでも尚私の意見を御求めに為られるのでありましたら、御嬢様に御子を託した御母上様の名前や特徴、若しくはドラゴンに関連する逸話等から御検討為されては如何デショウか?」
「なるほど…ありがとうクロック。参考になったよ。」
「御嬢様の御悩み解決に役立てられたのであれば、私としても大変得難き幸せで御座いマス。」
毎度ながら素晴らしいお辞儀。う~ん、ナイス執事。
(それにしてもヴァルグリスさんとドラゴンの逸話か…)
彼女の名前の由来は分からないけれど、響きは大変かっこいい。”ヴァル”の辺りとかはドラゴンの力強さみたいなものを感じるし、ぜひ取り入れたい。
特徴と言えば何よりもあの美しい鱗か。深紅は英語だと…クリムゾンとかだったか?
逸話だと…ティアマト?ファフニール?ヨルムンガンドにニーズヘッグとか、レヴィアタンもそうだし、やっぱりドラゴンは前世でも大人気なファンタジー生物だったから逸話や伝説もとんでもない数あるんだよなぁ…これはちょっと絞るのが面倒だし除外しておいた方が無難か。
「ヴァル、ヴァル……ヴァルキリーは~戦乙女で~、クリムゾン…スカーレット…ルージュ……う~ん…」
ヴァルは絶対に残したいけど、それに合わせようと思うと色は中々相性が良くない。これはもうヴァル一筋に絞るべきだな。
「…どうせなら自由に生きて欲しいよなぁ…自由は確か、リバティーだったっけ?ならヴァリバティ…?いや、ちょっと変形させてヴァルバティアとか…ヴァルバティア。うん、しっくりくる。」
「…どうやら決まったみたいだな?」
「うん。今日から君はヴァルバティアで、愛称はヴァルだ!」
「キュウ、キュー……キュ…」
意味はまだ理解できていないだろう。名も無き仔龍改めヴァルバティアは、相変わらず撫でられるのが気持ちいいようでまた眠ってしまった。
「ヴァルバティア…いい響きだ。彼にはしばらく魔力を浴びせるか、液化魔力を飲ませていればいいだろう。それでお前の飯だが、どうだ?夜からは食卓に来られるか?」
「そうだね。体力自体は回復してるから、部屋で食べるのはこれで最後にするよ。」
「分かった。じゃあ私は研究に戻るとするよ。」
「うん」
足音が遠ざかると部屋は再び静寂を取り戻し、ヴァルの繰り返される寝息だけが小さく聞こえていた。
あとがき
いやぁ前回お待たせするなんて言ってましたけど、なんか書けちゃいましたねぇ!(笑)
とりあえず直近の方針は固まったので、もう少しだけ今まで通りに投稿できそうです!相変わらず、その一寸先は真っ暗闇なんですけどね…
次回、主人公がヴァルとともにお散歩です!
~蛇足~
今回はあとがきも短くてほかに補足するようなことも無いので、ドラゴンの表記などについて解説しましょうかね。
まず前提として、”龍”はドラゴン。”竜”はワイバーンを指す表記です。
これら二種はどちらも龍神の祝福もしくは加護を受けてはいますが祖先が同じだけの別種です。イカとタコとか、タラバガニとズワイガニみたいな差ですね。
一般的には東洋のドラゴンを”龍”、西洋のドラゴンを”竜”と表記しますが、『獣剣』では違いますのでご注意を。
これを踏まえたうえで、ドラゴンのフォルムについて。
この世界のドラゴンにはその外見からいくつかの種類に分かれます。
1.ヴァルグリスさんやヴァルバティアが属する前足が手のようになっている《スタンダートタイプ》。(例:パ〇ドラのボ〇ケーノドラゴン)
2.四足歩行で柴犬などに近い骨格を持つ《クラシックタイプ》(例:モ〇ハンのアル〇トリオン)
3.四足歩行で翼が退化し背の鱗が肥大化した《亀タイプ》(例:アンキロサウルス)
4.手足や翼が退化し、蛇に近いシルエットの《東洋タイプ》(例:四神の青龍)
5.多頭、多尾etcの”異形タイプ”(例:ヤマタノオロチ)
例外はあるものの、主にこれら5種類が龍のフォルムになります。
1と2の例はもうそれ以外に分かりやすい例えが思いつかなかったんです許してください私は無実です。
~蛇足 おわり~




