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獣剣の魔女  作者: Dy02-SK
第1章 永遠と須臾の煌めき
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第34話 蛋白石の思いは空を掻く

第1章 永遠と須臾の煌めき

第2幕 千載三遇

第34話 蛋白石の思いは空を掻く


2025/09/15

 細部各所の表現を変更

Side アリステラ・フロライン


 ミオが卵を抱えて部屋に入ってから2週間。

 食事は配膳と片付けをクロックが担い、用を足すときも魔道具を使うため、彼女は部屋から一歩も出ていない。温度変化を防止するため窓やカーテンは締め切り、紅龍の生息地に似せ気温を高めに維持している。

 これらの悪環境に加え、”光福(ウォルグ=セルブ)”(体力回復魔法)と”光浄(ウォルグ=ネルク)”(清掃魔法)のスクロール、それから”魔力回復薬(マナ・ポーション)”を使い、不眠不休で”液化魔力(マナリキッド)”を維持するのは、彼女にとって過去に類を見ない魔法的、精神的負担を強いているはずだ。事実、深夜トイレに起きて部屋の前を通りかかると、苦し気な呻き声が聞こえることもある。


 私としては今すぐにでも止めに入りたい思いだが、それは彼女の覚悟を無駄にする行いだ。

 万が一にでもミオの集中が切れて液化魔力が解除されるようなことがあれば、卵は適応能力が無いまま急激な環境の変化にさらされ、孵化する確率は限りなく低くなってしまう。


 ゆえに今夜の夕食は、クロックに代わり私が配膳してミオの様子を確認することにした。


コンコンコン


「私だ。夕食を持ってきたから、入るぞ。」


 扉を開けた途端に肌を覆う熱気。暑いと言うほどではないが、この気温の中に長時間滞在するのは少なくない不快感を覚える。

 肺に吸い込んだ空気も悪い。重苦しくて思考が鈍るようだ。入ってすぐの私がこうなのだから、ミオの方はもっと酷いはず。


 そして目に入るミオの姿は、痩せてはいないがかなりやつれていた。

 ”光浄”のおかげで脂やフケこそ無いものの、白髪からは明らかに艶が失われており、肌や唇はカサつき、指先はささくれ立ち、爪は伸び放題で指先からはみ出して、その目からは生気が消えかけている。


「あぁ、ありがと。」


 返答も弱々しく、かつてのエネルギー溢れる元気さは見る影もない。

 その酷い弱り具合に、胸が痛んだ。手を出せないことへのもどかしさばかりが募る。

 では成果物の方はどうだろうかと、卵の浮かぶ液化魔力を見て言葉を失った。



 そこに2つあるはずの卵が、1つに減っていたのだ。



「っ………回復魔法はいるか?」


 私は絞り出すようにして言った。

 私にできること、それはミオを全力でサポートすることだけだ。ここまで来たのなら、どんな結果が待ち受けていようと彼女の意思が最後まで貫き通せるよう、導くだけなのだ。


「うん。」

「…”天光よ、ここに。それは人を守りし聖天の祝福。我が意に従い、彼の者を癒せ。天恵の残光(リアクヒム)”。っ……”天光、よ、ここに。それは、人を護りし、聖尊の…っ慈悲。我が意に従い、彼の…者を、癒せ。天陽の微笑(リアーパル)”」


 邪龍の呪いすら無に帰す特級浄化魔法と、四肢の欠損すら完璧に再生する特級治癒魔法。双方の効果を受けたミオは、少なくとも外見上だけでも健康体に戻ったと見える。


「調子は、っどうだ?」

「…ここ最近で一番かも。ありがとね。」


 精神的疲労はそのままだろうに、それでも私に向かって笑みをこぼすとは、なんて健気なんだろうか。頭を撫で繰り回して努力を誉め倒してやりたいところだが、それはまた今度だ。

 それに―――


(さすがに、ッ…痛むな…)


 無理に魔法を使った影響で、ただでさえギリギリだった魔力腺はひどい状態だ。

 全身に走る針のような痛み。それは3年前のアレを最後に、2度と起こらぬようにと細心の注意を払っていた最悪の状態を意味していた。


(このままでは三日と持たん…今はヴェリシオンも眠っているし、あの時の彼の口ぶりからして助けは期待できない。どうにか自分だけで修復しなければ……)


「私は戻る……頑張れよ。」

「うん」


 純粋無垢で、未だ真の挫折を知らないミオの心は、傷つきやすいオパールのようなものだ。もしこの血のにじむような努力が実らなかったとき、それはきっと、彼女にとって初めての挫折となるだろう。

 だから彼女が持てる力の全てを出し切り、その結果自然の無慈悲さに打ちひしがれたとしても、心が完全に折れてしまわないように。支えられるように。


(私は、まだ、死ねんッ…!少なくとも、あと2年は!あの子が成人するまでは…!)


Side END



***



 お母さんは足早に部屋から出ていった。意識は自然と、卵の方へと戻る。


 私はこの2週間、一睡もせず、常に魔力欠乏症に悩まされながらこれを見守ってきた。始めに吐き気、そして頭痛、次いで目は霞み、終いには食器を持つ手も震える。

 お母さんから預けられた魔道具で回復するだけでは、健康を維持するには全く足りていなかった。


 それでも私が続けられていたのは、ひとえに卵の成長を肌で感じ続けていられたからだ。

 卵から発せられる魔力が、段々と強くなる。殻に浮かぶまだら模様が、段々と濃くなる。それだけで苦しみに立ち向かう勇気が湧いてきた。これが母親の強さなのだと、実感していた。


 しかしそれは、つい昨日の出来事によって絶望へと変わる。


 昼食を終え、ただぼーっと卵を眺めていた時のことだった。それまで決して止まることのなかった魔力の脈が、片方の卵で止まったのだ。


 最初は遂に孵化するのかと期待を爆発させていた。だがどうも様子がおかしい。

 その脈が止まった卵の殻から赤いまだら模様が消えていく。それだけでなく、その卵から感じられる魔力が急速に小さくなっていた。


 気付いた時には、もう手遅れだった。卵からは一切の魔力反応が消え、模様もなくなり、まるで燃え尽きた灰のような暗く濁った色になっていた。


 ……信じられなかった。受け入れられなかった。


(何を間違えた?何が悪かった?ここまで順調だったのに、どうして今頃。こんな突然に!)


 冷静ではいられなかった。

 私の指から命が一つ零れ落ちたのだと言う事実に心が震え、目に涙が滲む。


 それに呼応するように、制御が甘くなった液化魔力の表面が揺らいだ。


「あっ…」


 そうだ、まだこの液化魔力の中には、もう一つ生きている卵が居る。まだ、産まれることを諦めていない子が居る。

 諦める訳にはいかないのだ。何も終わってなどいないのだから。


 私は残された卵にすがるように、魔力を一心に注ぐ。

 すると、死んでしまった方の卵がいつの間にか光る塵となり、生きている方の卵を包み込んで消えていった。


 それを見て、私は自分の覚悟を再確認することができたのだ。


 私は必ず約束を果たさねばならない。亡くなってしまった子供も、もう一人の兄弟が生まれることを願っている。

 ヴァルグリスと、生まれることさえなく散って行った名も無き仔龍の意思を、絶対に、絶対に無駄にはしないと。


「私が、代わりに……!」


 一夜明け、卵は昨日以前のどの瞬間よりも力強く光を放っている。その色はもはや橙というよりも、ヴァルグリスが持っていた深紅の鱗に近い。

 今度こそ、孵化の前兆なのだろうか。それとも、この子もまた生まれることができないのだろうか。


 …どちらに転ぶにせよ、運命の時は近い。

あとがき


 「今回もいい話が書けたぜっ」と、わたしは思っているのですがどうでしたでしょうか?

 「まーたこいつ暗い話書いてるよ~」と呆れられたでしょうか?

 それとも感動していただけたでしょうか?


 実際のところは分かりませんが、面白いと思っていただけたのなら幸いです。

 そして少しでも面白く感じて下さったのなら、下の方にある星評価をちょちょいとつけて、ブックマーク登録までしていただければ私がとっても喜びます!


 さて、ヴァルグリスさんに託されたこの卵ですが…えー、これは完全にネタバレになってしまうので本当に何も言えないんですよね。

 と、言う訳で!


次回、遂に運命の時が来ます!

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