第27話 人と精霊
第1章 永遠と須臾の煌めき
第2幕 千載三遇
第27話 人と精霊
2025/09/04
細部各所の表現を変更
2025/09/08
細部各所の表現を変更
『わ、た、く、し、にぃ~っ…まっかせっな、さぁ~いっ!』
体重を後ろに傾け踏ん張るアルの胸は、依然として魔力光で光り輝いている。そこから延びるのは今にも千切れそうなほどピンと張った水の鎖。ディニアは歯を食いしばり、尾鰭を懸命に動かして鎖のもう一端を引っ張っていた。
すぐにでも助けに入りたいところだがそれはミラ師匠に止められている。あまりのもどかしさに喉の奥で唸り声が漏れそうだった。
10秒か、はたまた1分か。緊張で引き延ばされる感覚の中で、しばらく続いた均衡は再びアルの胸に鎖が引き込まれることで崩れ去った。
「う、うぅっ!?」
『捕まえたわ!リュドミラ、鎖を斬って!』
「承知っ!」
何かを感じ取ったのか、アルは驚きの面持ちで片膝をつき、ディニアさんに命じられたミラ師匠が抜刀とともに鎖を切断した。
両側から引っ張られていた鎖は斬られると同時に大きく波打つ。ディニアさんが持っていた方は次第に形を失って消え去り、アルの方は巻き取られるスプリングメジャーのように最後まで胸へと吸い込まれて消えた。
すると辺りは再び静けさを取り戻し、アルの胸の魔力光も徐々にに収まっていった。
「ぁ…あ、アル!大丈夫!?ケガは無い!?」
急展開に呆気に取られていた私は、地面に蹲っているアルに気付いてすぐに駆け寄る。だがアルの方はとても興奮した様子で、私と目が合うなり満面の笑みで言った。
「魔力が、僕の言うことを聞く!」
「は、はぁ?」
***
アルは自分の思い通りに動く魔力に感動したのか、未だ心ここにあらずの状態だ。
そのまま帰路に就くのは少々懸念があるため、魔法で作った生き木の掘っ立て小屋を作りそこで一夜を明かすことにした。
お母さんのように綺麗には出来なかったけれど、それでも雨風をしのぐには十分だ。
日が暮れ始めてミラ師匠は夕飯の狩りに行ったので、今まともに会話ができる相手はディニアさんしかいない。彼女も私に付き合ってくれるようなので、良い機会だと先ほどの事の詳細を聞いてみた。
「要するにアルは魔力が多すぎるせいで、それを掌握できていなかったと。」
『最初にそう言ったでしょう。人間にも分かりやすいように羊飼いの例えまで出して。』
「すみません、その後に色々起き過ぎたせいで全部飛んでしまいまして。」
『…もう、しょうがないわねぇ。もう一度だけ最初から説明するからちゃんと聞いておいて?』
一つ、アルは生来魔力が多い体質で、それゆえに幼いころから軽微な魔法を使うことができていた。しかし成長とともに自らの制御の枠を超えるまでに増えていったため、細かな魔力制御を不得手とするようになった。
二つ、ディニアさんがアルに行った”水の鎖による何か”の真相とは、アルの魂から湧き出る魔力の量を制限すると同時に、魂に閉じ込めるばかりでは毒になる魔力をディニアさんに移譲する効果がある一種の封印らしい。
そして封印は間違い無く効果を発揮し、アルは泉のほとりで水球を浮かべ、うっとりとした表情でそれを眺めている。
要するに”だったらいいな”の思い付きで始まったこの小旅行は、欲しかったもの+αを手に入れる最高の実りとなったということだ。
『うーん…?』
思いがけない豊作に一人感慨に耽っていると、すぐ隣から訝し気な唸り声が聞こえてきた。
「どうかしましたか?」
『いえ、あなたは獣人族よね?』
「そうですが、それが何か…?」
『精霊とのつながりはほとんどないはずなのに…どうしてあなたから高位の精霊の気配がするのかしら…』
そんなことを言われてもこちらには心当たりの”こ”の字もない。結局その話題は二人して首をかしげるだけに終わった。
「おぉ~い。夕飯獲ってきたぞ~!」
「あ、まだ焚火できてないです。」
「はあぁ?こっちはもう餓死寸前なんだが?」
「アルは見ての通りまだ呆けてますし、私はディニアさんに今回の一軒の顛末を聞いていたので。」
「んもぉ…早くしてくれ、頼むから。」
「善処します」
***
『リュドミラあなた、とんでもない大喰らいだったのね…』
焚火を囲んで淹れたお茶を飲む夕食後のティータイム。
一番最初に口を開いたのは、自分が取ってきたワイバーン(全長15m、体重6tクラス)の半分を一人で平らげたリュドミラを見て、さすがにドン引きといった様子のディニアさんだった。
「えぇ。ミラ叔母様の胃袋は底なしですから。」
「そうですね。ミラ師匠の喉の奥はどこに繋がっているか分かりませんよ。何せ食べた体積が消えてしまうんですから。」
「あのさぁ、めっちゃ食べる自覚はあるけど何もそこまで言わなくたっていいでしょ。」
「この件に関して叔母様は反論できません。」
「そうですよ。それのせいでお母さんを怒らせたの忘れたんですか?」
「うっ、それは…そうだけど…」
矢継ぎ早に二人から攻められたことで反論できなくなったのか肩を丸めて小さくなり、珍しくごにょごにょと喋るミラ師匠。そう言えばこの人は何でこんなに食べるんだろうか?
「食べない場合それってどうなるんですか?食べなくてもいいなら我慢すればいでしょう?」
「食べないと死ぬ。正確には何もしなくても常に消費される魔力に回復が追いつかなくなって、魔力欠乏症になる。重度の魔力欠乏症は意識が飛ぶから余計食べられなくなるし、悪循環に入ってさらに重症化する。結果、最終的に死ぬ。以前それで死にかけてエストの聖女に助けられたことがある。」
「…すみません、言い過ぎました。」
「知らなかったんだから気にすんな。」
地雷を踏みぬき一気に白ける場の空気。だがそれをものともせずに話を進める精霊がここには一体いた。
『人間って大変なのねぇ』
「あたしのは人間でもそうそうならない特異体質なんで、基本はある程度食ってれば問題は無いですよ。」
『それは分かっているわ。この泉に来る前は何度か契約もしているもの。そうではなくて、わざわざ食事をしなければ生きていけないなんて、不便じゃない?』
「…僕はそうは思いませんよ。」
『あら、どうしてかしら?』
いままで聞きに徹していたアルが、珍しく張りのある凛とした声で否定した。彼はまっすぐディニアさんの方を見て続ける。
「食べることは単なる栄養補給じゃなくて、味を楽しむっていう別の側面もありますから。それに、こうして焚火を囲んで話をしながら同じ鍋のご飯を食べた相手とは、お互いを信頼出来る絆も出来るんです…まぁ僕は、人付き合いが苦手なのでその限りではないかもしれませんが…」
『つまり、私たちで言う契約みたいなものなのかしら?』
「…そうかもしれません。相手と深くかかわり、相手を知り。そうして絆を深めるという意味で両者は同じものだと言えます。」
新たな友が加わり、彼らの夜は一層賑やかになった。
女一人、女(?)一体、今世女一人、前世女一人の四人の女子会が、静かな森の中で時間を忘れさせる。
あとがき
ようやくアル君の魔力問題が解決しましたねぇ…思った以上に長引きました。
さて、こうしてディニアとも契約を結びこの先さらに魔術師、魔法師としてのアル君の未来が気になるところではあるのですが、第1章もそろそろ折り返しを迎え…た、のかな?まぁ恐らくきっとメイビー大体半分を超えました。
とはいえ、まだまだ第2章、第3章と続く予定であるこの『獣剣の魔女』ですから、風呂敷をたたむには早すぎるわけで…この第2幕でまた新キャラが増えます。
次回、目的を達成したので家に帰りますよ!




