第21話 あまりにも高い壁
第1章 永遠と須臾の煌めき
第2幕 千載三遇
第21話 あまりにも高い壁
2025/07/31
細部各所の表現を変更
2025/09/14
細部各所の表現を変更
リュドミラさんに師事し始めて早2か月。
事あるごとに無理難題を押し付けられてきたが、不屈の意思と獣人の運動能力のポテンシャルも相まって、最終的にはそのすべてを乗り越えることができている。
剣術はまだまだ発展途上だけれど、身体能力に関しては相当成長しているはずだ。現に今、こうしてリュドミラさんとともに森の中を自由自在に駆け回っているのだから。
巨大樹の森、その木々の間を跳ねるように移動する影が二つ。その動きは前世で見たアニメの忍者のようで、超人的だ。
先行する大きな影―――第二の師匠ことリュドミラさんがひと際大きく跳ね上がり、遠くの枝の上に着地した。その距離ゆうに20m以上。私は足に魔力を集中させ、大きく勢いをつけて思いっきり跳んだ。
「ふーっ……むんっ!」
バキィッ
「おっととと…!」
「届いたのはいいけどさ、足場割ってどうすんの…ただ蹴り抜くんじゃなくて、えーと…そう、こうやるんだ!」
「……」
「何だよその残念なものを見るような目は!しょうがないだろ!さんざん言ったがあたしは教えるのが苦手なんだよ!」
相変わらず彼女の指導は感覚的で、どこか加減はおかしいし説明は大雑把。それを耐えて汲み取って、己の糧にして成長するのは、中々に根気と辛抱のいるものだった。
「…帰るぞ、手合わせだ。みっちりしごいてやるから覚悟しろ。」
「望むところです。」
「あんた時々かわいくないよな。」
「師匠のせいで剣術バカになってしまったからでしょうか?」
「それはあたしのせいじゃないだろ!」
***
両者が10mほどの距離で向かい合い、その手に握るのは木刀。中段に構えられたその切っ先の間を、乾いた風が通り抜ける。
リュドミラさんは刀以外の使い方は教えてくれなかった。というか、彼女自身教わっていないらしい。そもそもこの剣術の流派”月影流”は、迷い人が流祖だと言われている。
そして勘の鋭い私はここでもう察しがついた。「あぁ…これ元日本人が始めたんだろうなぁ…」と。
「試合前に考え事とは余裕だな?」
「嫌だなぁルーティーンですよ。師匠も構える前に刀回すでしょう?」
「そうゆうのじゃない気がするけど…まぁいいや。じゃあほら、来な。」
「それでは…遠慮なくっ!」
膝を軋ませるように地面へ体を沈み込ませ、右前方へ弧を描くように低姿勢で走り出す。
武器を持った者に対処するとき、低い位置からの攻撃は非常に厄介だ。同じ高さに比べ防御が難しく、攻撃しようにも的が小さい。
加えてリュドミラさんは右利きだ。彼女視点で左側からの攻撃はなおさら防ぎづらい。
「あんたは本当にそれが好きだね。」
「現状一番勝率が高いはずですから…ねっ!!」
リュドミラさんは冷静に左足を引き、私を正面に捉えて下段に構えたので、その木刀を払おうと刃を振る。だが突然振られた木刀によって弾かれ、逆に私の隙になってしまった。
半ば反射的に体をひねることで額に向かって放たれた反撃の突きを躱し、返す刀を相手の刃に合わせることで追撃を封じつつ懐に入る。
しかしその試みは、不利を悟ったリュドミラさんが大きく後ろに跳んだことで失敗に終わった。先ほどとは変わって3mほどの距離から仕切り直しだ。
「動きは良いね。でもあの距離に入ってどうするつもりだったの?あれじゃ刀振れないでしょ。」
「さぁ?でも私が振りやすい距離ってことは、師匠も同じでしょう?それじゃ勝てませんし。」
実際、最初の手合わせでは来いと言われたので何も考えず刀を振り上げた状態で突撃した。
結果振り下ろした刀は間合いを見誤ってスカり、そのまま武器を弾き飛ばされて脳天に一撃。しばらく痛みに悶えることとなった。
「だから、いつも奇策を考えなくちゃ、いけないんですよっ!」
再び体を落とし、今度は正面から最短距離で接近。どうなっても対処できるよう刀は左下段に構える。
リュドミラさんが選んだのは袈裟斬り。木刀がうなりを上げて振り下ろされる。備えていた私はそれを急停止で避け、カウンターに狙い澄ました鋭い突きを繰り出した。
振り終えたばかりの無防備な彼女の喉に、必殺の一撃を…
「甘い」
命中直前にリュドミラさんの膝から力が抜かれ、その体がガクンと下がる。私の木刀は虚しく空を裂き、がら空きの脇腹に痛烈な逆袈裟を食らった。
「ぐあぁッ!?いったああぁぁぁ…!!」
「狙いは悪くないけど狙い過ぎ。これが本命です!ここ狙います!って、目が全部教えてくれてたよ。」
「うううぅぅ……」
(やはり今日も…こうなるのか…)
***
「はぁ…」
「どうした、溜息なんか吐いて…大方、ミラに勝てないだか何だかなんだろうが。」
夕食後、寝室で術式陣を書くお母さんの横で重い息を吐きだす。
「そうだよ…勝てないんだよ。かすりもしないどころか刀で受けてもくれない。いなされるか避けられる。」
「お前はまだ始めて2か月だろうに。しかも剣術だけじゃなく体力作りも。まだまだひよっこなんだから、仕方ないだろう?」
「そうだけど…まぁ、確かに成長しているとは思うし、それはそれで嬉しいし、この先もずっと剣をやっていきたいなぁとは思ってるけど!…それでも、こうも毎日毎日あしらわれるようじゃ、どうしたらいいかわからなくなるって言うかさぁ……はぁ…」
自分はまだまだ未熟で、すでに大成しているリュドミラさんに敵うはずがないことも、この先も私の伸びしろがまだまだ残されているということも分かっている。
だが、それでも悩んでしまう。今の私にできることはまだ少なく、その少ない手札の中で高い壁にしがみついては振り払われる毎日。
これは本当に、私の力になっているのか。
「そうだなぁ…こればっかりは自分で乗り越えるしかない。だが少なくとも私は、お前はすごいと思っているぞ。」
お母さんは優し気な、慈しむような口調で言葉を紡ぐ。
「さっきも言ったが、お前はまだ剣術を始めてまだ二か月だ。それなのにあそこまでの動きができるようになっている。それに、諦めない。どれだけミラに雑に扱われても努力を怠らない。」
その一言一言が、ささくれ立った心を包み込んで融かしていく。
「間違いなくお前には才能がある。それは剣術だけに限らず、努力できることも、それを続けられることもそうだ。だから頑張れ。明日も、明後日も、その先も。ずっとずっと磨き続けるんだ。事実お前はすでに中級魔術師なんだから。剣術もいずれ一人前になれる。」
「…うん。」
すでに分かっていたはずだった。でも完全には納得できていなかったんだ。だから些細なことでも不満に感じて、それが降り積もって大きなストレスになっていた。
お母さんの言葉はその不満の山を綺麗に消し飛ばして、心の中に希望の光を灯してくれた。それは決して人生を変えるような、大きくて強い光ではないけれど、確かに私を照らして前へ進む活力を与えてくれる。
「元気は出たか?」
「うん…もう大丈夫。明日からも頑張るね。」
「あぁ。お前の努力はちゃんと見ているぞ。これまでも、これからもな……おやすみ。」
力が抜けたように笑うお母さんの笑顔に、胸が暖かくなる。
「うん。おやすみ、お母さん。」
あとがき
名高い英雄には、すべからく辛酸を舐めた成長期があるのではないでしょうか。
才能は確かに必要でしょう。ですがそれだけでは足りないのです。
導いてくれる師と、血がにじむような努力。そしてそれを支えてくれる家族が必要だと、私は思います。
あ、そうそう!本編では主人公が論理やら計算やらで戦っているような描写をしてるかもしれませんが、実際は獣人としての本能が、直感と言う形で7~8割くらい働いています。本人は自覚ありませんけどね。
でなきゃ素人が高々二か月ぽっちでこんな風になるはずがないんですよね。
次回、今まで影が薄かったあの人に焦点が当たりますよ!




