第16話 人外
「第一章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第二幕 千載三遇」
の中の「第16話 人外」です
2025/07/02
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2025/07/03
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2025/07/16
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2025/08/06
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2025/09/14
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「うぅん……焦げてるよぅ…」
日差しが自室を照らす頃。ミオはまだ夢の中にいた。この季節の少し肌寒い夜が明けて、朗らかな陽光に目覚めを誘われる。
だが今日の朝はいつもと違った。遠くから弾けるような音が聞こえるし、何やら少々焦げ臭い…
「ぁっか、火事!?」
獣人の優れた嗅覚が煙の匂いを嗅ぎ取り、危機感を刺激されて飛び起きる。
どうやらの匂いの元は外らしい。窓を開けて乗り出して見ると、ちょうどこの部屋からは見えない玄関側から煙が上がっていた。
「お母さんに知らせ…いや、絶対起きないわ。」
これだから朝のお母さんは役に立たない。それと片付けさえできれば完璧超人と言ってもいいのに…
仕方なく寝間着にケープだけを羽織り、足をもつれさせながら外に出る。そこには―――
「お?姉様と違ってあんたは早いんだね。おはようミオ。」
―――ニカっと笑うリュドミラさん。それと鱗が剥がされ、羽を抜かれ、完全に食材の風体となって火にかけられる、巨大な蛇と鶏の魔物”コカトリス”があった。
「はぁ、良かった…火事かと思いましたよ…」
「ん?あ、すまん。そうだった。完全に失念してたわ。」
あっけらかんと言う彼女に反省の色は見えず、ふつふつと怒りが湧く。しかしコカトリスが狩られているという状況に驚愕も禁じ得ない。
結局私は、怒りよりも好奇心を優先することにした。
「食事は自分で用意するとは言ってましたけど、まさかコカトリスを狩って来るなんて思いませんでした。Cランクの魔獣ですしょう?」
コカトリス。強力な筋収縮毒を持ち、体長10mにもなる巨大な鶏の魔物…ではなく、鶏の尾を持つ蛇の魔物である。
鶏の尻尾で誘い出した獲物に忍び寄り、噛みついて毒で硬直させ、動けなくなったところを丸のみにするのだ。その毒によく硬直がまるで石化するかのようにも見えることから、石化の魔眼を持つという噂が広がったこともあると言う。
脅威度はCランク、単体で辺境の村を壊滅させる化け物だ。目撃情報があれば最寄りの大領主が騎士団を派遣するか、Bランク以上の冒険者パーティに討伐依頼を出すなどの対策が取られる。
「コカトリスが脅威たるゆえんは、非常に即効性の高いその毒にある。」
彼女は人差し指を立てて語る。
「これだけ大きな鶏の魔物は種類が多くない上、コカトリス以外は基本群れる。森で単独の鶏系魔物を見たらコカトリスだと思った方がいい。尻を茂みに突っ込んでいたら確定だ。そして、コカトリスを相手にするときは必ず遠くから魔法で仕留めるんだ。幸い奴らは火魔法には比較的弱いからな。まっ、あたしは踏み込みざまに数閃して終わりだけどな!」
「ははっ…さすがSランク冒険者、ですね。」
Sランク冒険者とは、大国の国家騎士団団長に並ぶ人類最高峰の象徴の一つだ。
冒険者のランクは七つある。
すなわち頂点のSからA、B、C、D、Eと下っていき、最下層のFまで。
それぞれ代名詞のようなものがあり、Fなら”駆け出し”、Eは”半人前”、Dで”一人前”になる。
そしてCで”中堅”、Bは”凡人の終着点”、Aは”天才の終着点”と上がっていき。
最後のSは”人外”や”超越者”。つまり人間の限界を超えた者として評される。
要するに私の目の前にいる、今にもよだれを垂らしそうな表情で肉を焼くこのエルフさんが、その”人外”なわけだ。
「あー、えーっと…とりあえず明日以降もこんな感じで火を焚くんですよね?」
「そうなる。」
「じゃあ何かあったらリュドミラさんが責任者ってことでお願いします。もし不始末で森とか家とかが燃えたら、きっとお母さん死ぬほど怒りますよ。昨晩のアレもかなりキてるみたいだったので。」
「うーわマジか…いや、そうだね。責任に関してはあたしが負うのが道理だ。問題が起きなければいいんだから、別に恐れる必要は無い。そうだ。恐れる必要は…うっ」
お母さんが死ぬほど怒るってところが、リュドミラさんののトラウマを刺激したらしい。肩を抱いて一度ブルりと大きく震えた。
クマを克服する前の私って、もしかしてこんな感じだったのかな…?
***
カタ…
外で丸焼きにされていたコカトリスはやはりリュドミラさんが跡形もなく腹に収め、私たちはいつもより少しだけ質素な朝食を食べ終え、その後のティータイムはやはりソーサーに置かれるティーカップの音で終わりを告げた。
「さぁアリス姉様!食後のティータイムは終わったな?やるぞ!すぐやるぞ!」
「ふはっ、お前っ、まるで子供だな…!昨日のミオにそっくりだぞ…くくっ」
「「うっ…」」
羞恥に悶える私とリュドミラさん。
昨日の私ってこんな感じだったのか…”児童退行には抗えない”云々抜きにして、これは矯正しないと黒歴史になりそうだ。
「…ふぅ、まあいい仕方ない。やるなら用意を済ませろ。ミオとアルも感染しなさい。どちらにとってもいい刺激になるはずだ。」
「よっしゃー!」
「はーい」
「はい!」
支度を終えて外に出ると、お母さんが白く輝く、自転車のタイヤくらいの魔術陣を用意していた。
「来たか。ミオ、陣の制御を代わってくれ。魔力は込めてあるやつを消費するから、お前は維持するだけでいい。」
「分かった。」
(…って、これまた頭のおかしな陣だなぁ…!)
渡されてから分かったが、書き込まれてる式の量が尋常じゃない。家の結界ほどじゃないが、これも中々の圧縮量だ。
しかも効果も凄い。
光属性の結界をメインに据えることで攻撃を完全にシャットアウトし、風属性が外殻に貼ってあるため半端な攻撃は逸らして無効化することで、最終的な魔力消費量がかなり抑えられてる。
これで結界自体の魔力は陣内部に貯蔵されたものを使うから、術者は維持用に少量の魔力を流し続けるだけでいい。
これは、あまりにも魔術陣として完成され過ぎている。極みと言っても過言ではない代物だ。
それをこの場でしれっと作ってしまうとは…これが魔術師としての格の差か。
「アリス姉様、準備はできた?」
「準備万端。いつでも来い。」
両者上る太陽を中央に草原で相対する。
お母さんの獲物は藍色の宝玉がついたいつもの杖。直立して杖は下段に、脱力してリラックスの構えだ。
対するリュドミラさんの得物は―――
(日本刀っ!?)
美しい反りを持つ黒鞘の刀が、ベルトに差されていた。
しかも構えは居合そのもの。左足を引き、煌めく金の鍔に親指をかけ、鋭い眼光がお母さんを射抜く。
「さぁて…40年の研鑽、その身で味わってもらうよっ!!」
リュドミラさんの気迫が一気に膨れ上がり、風が止んで、次の瞬間―――私とアルフォンスの視界は白に染まった。
あとがき
ほんっとーにもうしわけありませんでしたああぁあぁぁ!!
前回煽っておいて結局試合の内容までたどりつけませんでしたああぁぁぁ!!!
次回こそは、次回こそは人外なお二人の戦闘シーンをお届けしますので、どうかご容赦くださいいいいいぃぃぃ!
…あれ?この展開前にもあったような……いいえ、それはともかくとしてですね!
次回、二人の真の実力の片鱗があらわに!