第15話 夕食時の悪魔
「第一章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第二幕 千載三遇」
の中の「第15話 夕食時の悪魔」です
2025/06/30
細部各所の表現を変更
2025/07/16
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2025/09/14
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「御帰り為さいマセ、マスター。御嬢様。御客様方は、ようこそ御越し下さいマシた。」
増築と解体を終えた私たちが家に入るといつも通りクロックが出迎えてくれたが、ご新規二人組はそれを物珍しそうに見ている。
「これ、自律機械人形…ですよね?」
「ああ。完全自律機械人形だ。」
「ふ、フル!?すごい…!」
自慢げに解説するお母さんに目を見開いて驚くのはアルフォンス君。
だがその反応も無理はないだろう。”完全”自律機械人形なんて、世界中どこを見ても…というのは言い過ぎかもしれないが、その手の権威の手記に”実現不可能だ”と長年書かれ続けるような難題なのだから。
アルフォンス君も、断言したのが現在の魔法の頂点。その双峰の一角であるお母さんでなければ、信じなかったかもしれない。
「確か武神祭の時も連れてたけど、これじゃなかったよね?前は女だったでしょ?」
「そうだな。40年前だと…懐かしい、マキアの頃か。確かにクロックは最新型だが、記憶は初めて完成した初代、セバスティアンの頃からずっと引き継いでいるから、ミラのことも覚えているはずだ。」
「はい。存じておりマス。リュドミラ・クロムウェル様。」
「へー凄い…でもアルは初対面だよね?こいつはアルフォンス。あたしの甥で、ステラの長男だ。」
「御初に御目に掛かりマス、アルフォンス様。私はマスターの造物にして、此の家の執事を仰せつかっておりマス。クロック、と申します。マスターより御話は伺っておりマス。以後何か御困りのことがありマシたら、私に御申し付け下さい。」
「はい!アルフォンスですっ、ありがとうございますっ!あっちが、よろしくお願いしますっ!」
「じゃあ夕飯にはミラが捌いた肉を使って…って、あー、そうだ……そう言えば、ミラは桁外れの大喰らいだったな…」
返すアルフォンス君の言葉は色々間違ってるけど今までで一番張りがあって、羞恥に頬を染めつつも目はキラキラと輝いている。二人の会話が終わってお母さんが話し始めても、クロックの観察はやめない興奮ぶりだ。
その話し始めたお母さんだったが、具体的に食事の話になった途端深刻な顔で額を叩いた。
「アル、一応聞くが今のミラはどのくらい食べる?私の最後の記憶では、さっき捌いたタフベアを丸ごと食べるような食欲だったと思うが。」
「あぁ…えっと、もしかしたら今はもっとすごいかもしれません。僕も気になって旅の途中で聞いたんですけど、強くなるごとに食事量も増えていったみたいで…」
「えっ、あれ丸ごと以上?何それ…?」
体長7m、体重は2tを超えるだろうあのクマを?それこそ重量とか体積とか、物理的にどうやったって収まらない量であるはずだ。
それができる生き物なんて、全身がゴムで…いや、彼でも無理か。なら一人(?)しかいない。
「ピンクの悪魔…?」
「えっ」
呟いた瞬間、アルフォンス君の顔が弾かれたようにこちらを向いた。
「え、何?」
「いや、えと…何でも、ない、です…」
「…?」
「はぁ…仕方ない。また近いうちに狩りに行かなければな…でないとうちの食料が底を突いてしまう。」
「嫌だなぁ人を悪者みたいに。自分の分ぐらい自分で狩ってくるって。」
「それは良かった。」
「むぅ…」
「あはは…」
お母さんは心底ホっととしたように胸をなでおろした…それを見たリュドミラさんはすっごく不満そうだけど。アルフォンス君は居心地が悪いのか苦笑いである。
***
「アルフォンス、まだか!?」
「まだですっ!」
普段はクロックが段取り良く最短で済ませるため厨房が混み入ることなどないのだが、規格外なフードファイターの乱入にてんやわんやであった。
お母さんが火加減を見て鍋を煮込みつつ炒め物を手際よくこなし、まな板の前には、慣れていないのか時々危なっかしいアルフォンス君が具材をカット。庭では即席のキャンプファイヤーに私が火魔術を打ち込んでシカを直火焼きにし、できた料理をクロックが配膳する。
その先では特大のテーブルに広げられた大量の料理が、リュドミラさんと言うブラックホールに飲み込まれていっている。
事前の説明で覚悟はしていたが、その様はまさに例の一頭身なピンクの悪魔そのもの。口に頬張られた料理はとろけるような笑みを浮かべた彼女に咀嚼され、底の見えない胃袋に吸い込まれていく。
そして収まったら最後、今までに喰らった体積はどこへやら。腹が膨らんで見えるようなこともなく、本当にどこか別の場所へ消えたようになってしまう。
事の始まりは、皆で食卓を囲んで最初の一口を食べた時。
旅程短縮のために途中で街道を逸れ、北東側に横たわる山脈とそれを覆う広大な水臨樹の森を突っ切ってきたため、後半は保存食や現地調達の簡単な料理しか口にしていなかったらしく、いつも美味しい我が家の料理が号泣するほどクリティカルヒットしたのだ。リュドミラさんに。
元は一人分を食べきったらクマの丸焼きで嵩増しする予定だったのだが、”今日だけは”と涙ながらに懇願され、渋々とは言え承諾してしまったのだ。
結果作られた料理はすぐさま食卓に運ばれ、その帰りに空になった皿が帰ってきて洗い場を埋める。手の空いた人がそれを処理しては持ち場に戻り、テーブルを確認しては衰えない食欲を見てため息をつく。
その様子を私は外から他人事のように見ていた。
だって炭にならないように見守りながら定期的に”火球”を打つだけなんだもの。あっちに比べれば天国みたいな役だよね。
「おーいミオ、まだ焼けないのか!?」
「もうちょっと待って!流石にウェルダンじゃないとマズいから!」
衛生管理のえの字もない野生のシカだ。念入りに火を通さなければ絶対にあたる。これはリュドミラさんの健康のため。そう、決して私が楽をするためではないのだ。
「ええい、ミラっ!この借りは必ず返してもらうからなっ!!」
かつてないほど逼迫した形相で叫ぶお母さんの声が、森に虚しく響くのであった。
あとがき
いいですねぇ、やはりキャラクターが増えるとそれぞれが生き生きしていて素晴らしい!
クロックのちょっとした設定とか、周辺の地形なんかも語られて、ますます物語に幅が出てまいりました。
次回、魔女様とリュドミラさんの約束が履行される時が!