第14話 陰陽
「第一章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第二幕 千載三遇」
の中の「第14話 陰陽」です
2025/09/14
細部各所の表現を変更
「じゃあミオもアルフォンスに挨拶を。」
「おっそうだな。ほら、アルも挨拶。」
「あ、アルフォンス・クロムウェル、です。よろしくお願いします…」
いつの間にか後ろに引っ込んでいたアルフォンス君が引っ張り出され、私の目の前で縮こまって言った。
(こうして近くで見ると私よりも小さい…いや、緊張か何かで丸まってる背筋を伸ばせば私より高いか。)
「えと、お母さんに弟子入りってことは、弟弟子…ってことでいいのかな?よろしく」
「はい。」
「一応アルの方が3歳年上なんだけどなぁ。」
「弟子同士の関係に年齢は意味をなさない。もちろん弟子入りした順番もな。同じ師に薫陶を受ける者同士、序列意識を排して己の研鑽に打ち込め。」
「はーい師匠。」
「は、はい師匠!」
各々の返事に満足そうにうなずいたお母さんが口を開く。
「さて。顔合わせは済ませたし、やることもあるからそろそろ家の方に移動しよう。」
「え、試合は!?」
「やることがあると言ったばかりだろう、このままだとお前たちには野宿してもらうことになるぞ。」
「え~」
40年ぶりとか言う割にリュドミラさんの言動は子供っぽい。
対してアルフォンス君は大人同士の言い合いを不安そうに眺めていたが、お母さんの脅し文句にショックを受けた顔で声を上げた。
「ミラ叔母様、やっと旅が終わったのに野宿なんてあんまりです!断固抗議します!」
「ぐっ……い、いつならいい!?いつならやってくれるんだアリス姉様!」
「少なくとも今日は無理だ。空を見てみろ、もう半刻もしないうちに日が沈む。これからお前たちの部屋を作るために家を増築しなきゃならん上、狩ってきた獲物の解体もある。というか、お前これから少なくとも3年は居る予定なんだから今日やる必要もないだろ。」
「え、ウチに住むの?」
「あー、そう言えばミオには言ってなかったな…」
しまった、という顔で呟くお母さん。
詳しく聞けば、拾った私を弟子として育てていて、とても才能があるとテレビ通話のようなことができる魔道具で、旧友であるアルフレッドさんに自慢していたらしい。そんなのうちにあったんだ…
その結果、学園長として日々忙しいアルフレッドさんが教えるよりも、私と切磋琢磨させながらお母さんがのびのびと育てる方が良いし、イルムからこの森までの長旅は何物にも代え難い経験になると嘆願してきたんだとか。
「…っだぁクソっ、分ぁかったよっ!明日だ!明日の朝一だ!」
「朝食後のティータイムが終わってからな。」
「なっ…!?」
「これが最大限の譲歩だ。あと解体の方はミラに任せる。」
「ぐぬぬぬぬぬぬっ…!!」
「お前とアルフォンスの部屋とベッドを作ってやるんだ。それぐらい手伝え。」
「あーもう!やればいいんでしょ、やれば!」
どうやら”姉様”と慕うだけあり、お母さんには頭が上がらないようだ。不満はありありと感じられるものの、反論する気はないらしい。
「そうと決まれば即行動。はい、これ頼んだぞ。」
そう言ってお母さんが異空間魔法を開く。中から空間の効果で時間が止まっていた新鮮な屍が姿を現した。
未だ首から流れ出る血に驚いたのか、アルフォンスが飛び上がる。
「うわぁっ!?」
「デカっ、しかも二匹?スカーレット・ディアにタフベアじゃん。何でこんな大物二匹も狩ったのさ?帰ってきたときの反応からして、あたしが来るって連絡したの、覚えてなかったんだよね?」
「今日はミオの初めての狩りに出ていたんだ。スカーレット・ディアは私がお手本に、タフベアはミオが独力で狩ったものだ。」
「へぇ〜…この傷は…かなりの貫通力だ。それで下級魔法って言うと、水槍か土槍?いいね、頸椎を丸ごと吹っ飛ばしてる。即死だったでしょ?」
リュドミラさんがニヤリと笑ってこちらを見る。
「はい、水槍でやりました。上手くいって良かったです。」
「いやーさすがアリス姉様の弟子!獣人でも将来有望だね!」
「…やっぱり獣人族って魔法苦手なんですか?」
魔法の基礎を書いた本で、魔法と種族の関係についても触れられていた。そこで獣人は基本的に魔法が不得手だと書かれていたし、前世でも獣人は魔法を苦手とする設定は多くの作品で用いられていた。
「そうだね。獣人の冒険者のほとんどが身体強化に振り切ってる。魔法や魔術を使うやつは強さがなくてもある程度有名になるぐらいには珍しいし、使ってもメインとする得物の補助が多い。もともと種族的に魔力量が少ないし、なまじ身体能力が高いからそっちの方が圧倒的に効率がいいって、昔臨時で組んだパーティメンバーは言ってたよ。あ、火おこしや手洗いなんかに使うやつは少なくないけどね。まあ、あたしも魔法得意なはずのエルフだけど、魔法捨てて身体強化極めてるから。気にすることでもないよ。」
「そういう、ものですか。」
「そういうもんそういうもん。」
血抜きのためお母さんが魔法で生やした木の枝に駆け上がり、重さを感じさせない順調さで釣り上げてテキパキと縛りながら答えるリュドミラさん。
視界から入るその光景の異様さと耳から流し込まれる情報量に唖然としたが、その声には昔日の苦労が滲んでいた。
対してその顔には汗の一滴も無い。踏ん張ったり、ため息をついたり、休みを入れたりもせず、結局2体とも縛り上げるまでに3分もかからなかった。
(滑車も使わないで凄い力だなぁ。その大きさの動物って1トンぐらいあるはずなんだけど……身体強化の極みってすご…)
逆にお母さんの方を見ればこっちはこっちで”家を成長”させていた。
原理は狩りの痕跡処理と同じ。
自分の魔力を木に染み込ませて、材木になって死んだはずの木が”再び枝を伸ばし家となる”という確固たるイメージだけでこの現象を起こしている。
柱になっている数本の木から枝葉が生え、地面からも生え。ちょっとした林を形作ったのちそれらが一斉に渦を巻き、絡み合って繭のようなの形になる。
そうしてだんだんと家に馴染んでいき、始めからそこにあったかのように違和感一つなく拡張された家が出来上がった。
(魔法の極みもやっぱりすご…)
魔法も身体強化も今日初めて実戦を経験したから私からすればまだまだ先の見えない至高の頂に、得も言われぬほどの期待を寄せるのであった。
あとがき
我が家にやってきたリュドミラさんとアルフォンス君。どうやらこの先彼らとの生活にはちょっとした懸念があるようですね…(主にリュドミラさんに)
次回、食卓で事件が!