第13話 千載二遇
「第一章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第二幕 千載三遇」
の中の「第13話 千載二遇」です
2025/08/06
細部各所の表現を変更
2025/09/14
細部各所の表現を変更
「はっ…はっ…はっ…」
「よくやった。それでこそ私の弟子だ。」
心の鎖を引きちぎって放たれた魔術に、7mの巨体が倒れる。先ほどの鹿とは比べ物にならない轟音が辺りに響いた。
私の後ろから前に出たお母さんが、異空間魔法にクマの亡骸を取り込みながらこちらを見ずに問う。
「怖かったか?」
「うん…そう、だね。怖かった……赤ん坊だったころ、クマに食われかけたことがあったでしょ?あれがトラウマになってたみたい…」
「そうだったのか…いや、それでもお前は乗り越えた。もうアレらは敵にもなり得ないだろう。」
お母さんの言葉が、緊張していた心をゆっくりとほぐしていく。
「初めて教えた時からお前の才能はずば抜けていたし、今じゃもうそこらの魔術師よりも強くなった。そして、これからもまだまだ上を目指せるよ。」
「うん…!」
この世界は弱肉強食だ。自分の身を守れない者から淘汰されてしまう。
それは魔物を相手にしていてもそうだし、人間相手でもそうだ。法や国が絶対的な力を持つわけじゃない。個人の力だけで大国をひっくり返せることはお母さんが証明している。
そういう理不尽に抗うためにも力が、強さが必要なんだ。
「すぅ…はあぁ……”水よ、我が手に。水球《レタウ=ララブ》”…」
「”光よ。その慈愛で彼の者に力を。光福《ウォルグ=セルブ》”」
高ぶった気持ちを深呼吸で落ち着けて、魔術で作った水を飲む。火照った体にはこの冷たさが丁度良い。
そこにお母さんが体力を回復する魔術をかけてくれた。疲労で重くなっていた足が途端に軽くなる。
「ありがと」
「ああ。早く戻ろう、帰るころには夕暮れだ。」
ここに狩りの経験とトラウマの克服という成果を得て、私たちは帰途に就いた。
***
お母さんの見立て通り家が見えるころには空が夕焼けの茜色に染まり、周囲は暗くなり始めていた。
「こんな時間まで外に居るなんて新鮮だなぁ」
「お前は深窓の令嬢だからな」
「そっ、外に出る理由がないだけだよ!…っていうか、最近は魔術の練習で良く出てる方だと思うんだけど!?」
「そう思っているのだとしたら手遅れだ」
「えっそんなぁ……ってうわ、何っ!?…あ、そうか、今の家を守ってる結界か。」
出た時と同様、全身を撫でられるような感触に不快感を覚える。だが同時に、家に帰ってきたことも実感した。
「はぁ~、今日はさすがに疲れたよ…」
「静かにっ…!」
「えっ」
安心も束の間。結界に入った途端、お母さんの顔に警戒の色が浮かぶ。
(結界の中に何か居る?ってことは破られた?いや、結界自体は健在だしすり抜けた?あの超高等技術の塊みたいな結界を…?)
ことの重大さに気付いて背に冷や汗が伝う。
「ミオは私の後ろに、絶対に前に出るなよ。」
「う、うん…」
忍び足ってほどじゃないが、それでも無意識に呼吸を殺し、周囲を警戒しながら進む。やがて芝生のエリアまでやってきて視界から木がなくなった。そして…
玄関に座り込む、グレーのローブで全身を隠した二人組があらわになる。
「誰だっ!!」
お母さんから鋭い誰何が飛んだ。
「ん?おっ!アリス姉様ー!来たぞー!」
「え?…あっ、おま、まさかミラか!?」
「おーう!」
「え、知り合いなの?」
「そうみたいだ。言われてみれば確かに、この魔力はミラだな。はぁ……数十年ぶりとは言え忘れるとは、さすがの私もそろそろ年か…」
なんだか深刻そうに溜息をついてるけど、愛称で呼び合ってるってことはかなり親しい感じなのか?
二人組の方も立ち上がり、森と家の中ほどで合流する。
さっき返事をした方は背がお母さんと同じくらいある長身の女性で、キラキラサラサラの金髪に、特徴的なエルフ耳がのぞいている。瞳は私と同じ鮮赤色だ。
だがそれ以上に特異なのは、魔力。
(この人…ただ物じゃない…!)
一般的に訓練をしていない人の魔力は熱のように体から放射されるものなのに対し、この人の魔力は強固に練り上げられている。例えるならそう、何度も何度も折り返し鍛えられた一振りの刀のような。
魔力が視界に映る人もいるそうだが、私はそうではないので肌で感じるだけだ。それでも日々の修練で鍛えた感覚と獣人としての勘が、この人の明朗快活な印象の内側にある、触れただけで斬れてしまいそうなほどの凄まじい実力を捉えた。
「久しいなミラ、40年ぶりくらいか?」
「そーね。その時あったトリニーバルの武神祭が最後だったはず。」
「そうだ、その時の武神祭はお前が優勝したんだったな。」
「今じゃ”森の剣聖”って呼ばれるくらいには有名になったよ。」
「剣聖の入った二つ名か。お前ももうこちら側に来たんだな…時が経つのは早い。」
「そう。あたしも日々の努力は欠かさない。もちろん前回よりも強くなってる。だからまた試合をしよう!今度こそ負けん!」
そう言って魔力を立ち昇らせるエルフ女性。その身から発せられる強者の威に私は総毛立ち、尻尾が爆発したみたいに膨らむ。
「まあ待て、まずは初対面の人間に挨拶すべきだ。君がステラの息子でミラの姪のアルフォンスかな?私はアリステラ・フロライン。まだ子供の体では長旅で疲れただろう、遠路はるばるご苦労様。」
「あ、えと、はい!アルフォンス・クロムウェル、ですっ!この度は…えと、弟子入りを認めて下さり、ありがとうございます!」
それを止めたお母さんが、エルフ女性の斜め後ろで事の様子を見守っていたもう一人のローブに話しかけた。
一歩前に出て、詰まりながらも挨拶を返した彼の身長は私より高く、お母さんたちの肩程度。髪は冬の空のような淡い水色で、瞳はお母さんとよく似た輝くような金色だ。
どうやら彼はお母さんに弟子入りに来たらしい。
「ほら、ミラもミオに自己紹介しな。」
「この子がアリス姉様が拾ったっていう…あたしはリュドミラ・クロムウェル。”森の剣聖”の二つ名を冠するSランク冒険者だ。あんたのお母さんとは友人…でいいのか?でも元は父上の戦友だし、アリス姉様は偉大過ぎて正直恐れ多いような気も…」
「何をいまさら…友人でいいよ。」
かなり呆れたように言うお母さん。
「あ、そう?まぁ、そういう関係。」
「あー、はい。私はミオ・フロラインです。初めまして…あの、お母さんの戦友だっていう、リュドミラさんのお父上ってもしかして…」
「お、知ってる?アルフレッド・クロムウェル。”三傑”の一角にして”万魔の賢者”。今は学術都市イルム最高の学び舎、マーリン=アヴェンズ魔法魔術学園で名誉学園長やってるよ。」
第5次人魔大戦で活躍した”三傑”。すなわち”騎士王”、”氷星の魔女”、”万魔の賢者”。
普通の人間であった騎士王を除いた他二人は、続く6次大戦、7次大戦にも参戦し多大な功績を残した。
この大陸で最も名の知れたエルフ族。人類最高の賢者。
そんなご高名な人の娘さんとお孫さんが、我が家にやってきたようだ。
あとがき
今回で9話の伏線を回収しました!あの時の”Side???”はリュドミラさんの視点だったわけです。
さて、こうして新たな主要人物が投入され、今まで二人(+一機)だけで展開されていたこの物語も広がりを見せて参りました。
この先もまだまだ続きます!
次回、四人(+一機)の共同生活が始まりますよぉ!