第12話 狩り
「第1章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第2幕 千載三遇」
の中の「第12話 狩り」です
2025/09/14
細部各所の表現を変更
かくして私は鉄壁の守りの外へ出た。
ここから先は正真正銘の原生林。いまだ人類の手が入っていない厳しい自然の地であり、保障された安全は存在しない。
気を引き締めようとしたところで、不意にあのクマの恐ろしい形相が脳裏をよぎった。
「っ…」
背筋に悪寒が走り、体が震えそうになる。
思い出すきっかけもなかったから忘れていたが、どうやら私にとってあの出来事はトラウマになっていたらしい。
(…いや、大丈夫だ、恐れるな。今はもう何もできない赤ん坊じゃないし、お母さんだっているんだから)
タフベア。体長は最大8mにも達し、強靭な毛皮が生半可な攻撃は弾いてしまう。
だがそれは物理攻撃での話だ。あれは魔物ではなく普通の動物であるため魔力への耐性は無く、魔法ならたとえ下級のものであろうと一撃で倒せる。
(知識も、実力も、用意も十分。それにお母さんと言う保険もある。負ける要素は万に一つもない…大丈夫…大丈夫……)
そう言い聞かせて震えを抑えつけた。
「…しっ、止まれ。」
「ッ!」
刹那、お母さんの合図に緊張が走る。
すわクマかと足を止め、周囲に視線を巡らせれば、私の瞳のように鮮やかな赤い角を持つ巨大な鹿が前方50mほどの位置で下草を食んでいた。
その体は大きい。肩の上までゆうに3mはあるだろう。
「スカーレットディア…!」
普段は全くおとなしものの、一度危険を察知して興奮すると周囲から同族以外を排除するまで延々角を振り回したり突進したりと、攻撃し続けるらしい。
また子供を妊娠したメスは栄養源として肉も食らう。角の赤はその狩りで付いた獲物の血だとか。
(そ、そうそう、何か蚊みたいな生態だった……ていうかこの世界、動物も獣人も草食とか言いつつ普通に肉食べるのは何なの?草食とは一体?)
「私がやるから、よく見てなさい。」
「あ、うん……」
思わず現実逃避に走ったが、獲物を前にしていつまでもそんなことをしているわけにはいかない。
私はお母さんの手本を見逃すまいと、すぐに意識を切り替えて集中した。
「”風よ、我が手に。回り巡って、敵を切り裂け。風刃”」
唱えられたのは風属性下級魔術”風刃”。回転する丸ノコが対象を切り裂くような魔術だ。
私も使えるけれど、込められた魔力の練り上げ具合がまるで違う。
私が使う風刃が普通の木を切り倒す程度なら、お母さんのそれは巨大な鉄塊すら切り裂くだろう。
放たれた風刃は与えられた命令通り鹿の首元まで飛んでいき、相手に気付かれることなくそれを断った。
風刃が通り抜けた一瞬後にズレた首が、ドサリと落ちて断面からおびただしい量の血があふれ出す。数秒後には体の方も傾き、やがてこちらもドサリと倒れて動かなくなった。
私はそれを目に焼き付けるように見ていた。
鹿の首が刎ねられた瞬間、電流のような衝撃が脳裏に走り、事前に心配していたスプラッタの耐性云々などは頭から吹っ飛んでしまった。
お母さんがあの鹿を殺した。狩った。文句のつけようもないほど綺麗に、完璧に、一撃で。
それが、何というか、”格の違いを見せつけられた”ように感じて…
ドクン…と、胸が熱くなる。
「ミオ?」
「は…ぁえ、何?」
「どうした?なんか、心ここにあらずみたいだが…」
「あ、えと、うん。大丈夫、何でもない。」
「そうか…?なら、あのままだと血の臭いで他の魔物が寄ってくるから、処理しに行くぞ。」
「うん…」
(さっきのは一体…?いや、今はそれよりも処理だな。)
突然の混乱は声をかけられて治まっていたようで、疑問は横に置いてお母さんの後を追う。
追いつくと、すでに鹿の死体は異界に繋がる魔法空間の中にしまわれ、血と血の付いた土をまとめて地面の中に潜り込ませているところだった。
さっきの風刃は私がマネできるように魔術として使っていたけど、お母さんの本領は魔術師ではなく魔法師だ。
詠唱も刻印もない。ただ手の動きに合わせてうねる魔力とイメージだけが地面をこね回し、やがて死体の痕跡は完全に消え去った。
「よし、それじゃあミオの獲物を探しに行こう。」
「分かった。」
少しの休憩をはさみ、再び歩き始める。
前世も含めて初めて歩く森の中。踏み固められていない地面は足を進めるごとに、ほんの少し沈み込む。それが体力の消耗を加速させていて、緊張もあってか疲労が回るのが思いのほか早い。
どれくらい歩いただろうか。
最初のスカーレット・ディアから次の獲物の気配すら感じることなくすでに3時間。
いくら人族よりも運動機能が優れる獣人族とは言え、まだ子供のこの体ではさすがに疲れが出始めた頃。
「…!」
「あれは…!」
グルルルルル…
現れたのは、奇しくも私を恐怖のドン底に叩き落したあのクマの同種、タフベアであった。
「ミオ、すでに気付かれている。私が絶対に通さないから、落ち着いて術を構築しなさい。」
「分かった…スゥー、フーっ…よし…!」
蘇るトラウマを押しとどめ、最初は魔力の練り上げから。
身体強化魔法のために全身で循環させていた魔力を右手に集め、凝縮。魔力の圧縮を行うことで、下級魔術でも威力は段違いに跳ね上がる。
「”水よ、我が手に。回り巡って”…」
ガアアアアアッ!!!
「っ」
その両目は赤く血走り、牙は唾液でぬらりと光る。立ち上がって雄たけびを上げる姿は、7mを超えていた。
森に入った時と同じように、あの時の恐怖が、絶望が、腹の底からせり上がって―――
「気圧されるなっ!所詮は魔物ですらないただのクマだぞ!それでも私の弟子かッ!!!」
「あ…」
そうだ、私は師匠の弟子だ。腑抜けてお母さんの顔に泥を塗るつもりか!
臆病者が魔法に生きる道はない!今まで積んできた研鑽を、そして教えてくれた師匠を信じろ!
ここで胆力を見せつけずして、どうして魔術師が名乗れようか!!!
(今はただ、目の前のクマを葬り去るのみッ!!)
恐怖に一瞬揺らいだ魔力が、喝を入れられてビシりと引き締まる。
「”敵を貫け、水槍”!!!!」
水属性下級魔術”水槍”。それは寸分たがわず効果を発揮し、私の手から発射された水の槍は、クマの首を抉り取って貫通した。
あとがき
遂に!遂にっ!この作品で初めてちゃんと魔法が使われました!いやー何だかんだ長かった!
…え?引き延ばしたのは自分だろって?だってしょうがないじゃないですか、私の考えつくプロットではここが一番早くて違和感がないんですから。
次回、物語はさらに広がる…予定です!
~蛇足~
さて、今回本格的に魔法に関して頭をつっこみ始めたので、少々長くなりますが解説をしていこうと思います。
あ、興味のない方は別に読まなくても本編を読む分には支障はないのでご安心を。ただの世界観補強(という建前の私の自己満)ですので。
まず第一に「魔法とは何ぞや」って話ですよね。これは第八話「魔法の一端」で語られましたが、「魔力を対価にイメージを現出すること」です。
(「現出」:=具現化。言葉を捻っただけ。)
ではその「魔力とは何ぞや」。
これも同じく八話で語られました。「魂から湧いてくる力」。
魂から湧き出るだけではありませんが概ねこの説明に間違いはありません。
では次に「魔法と魔術の違いとは何か」ですね。
これはあまり難しく考えることはありません。名前が似ているからややこしいですが、「魔法」は魔力を使ってイメージを現出すること全般を言います。
対して「術式魔法(魔術)」は、魔法に必要なイメージを「特定の言葉や印など(術式)」で代替したものです。
言ってしまえばゲームのコマンドみたいなものです。
魔法はプログラムに直接プログラム言語で書き込んで自由に世界を改変する。
魔術はあらかじめ設定されたコマンドを使って限定的に世界を改変する。
結論で言えば、魔術は魔法の一部です。本編で魔法と言うときは、魔術も中に入っていることも多いです。
あとは魔法の級位なんかも解説しましょうか。
「下級」
火球、風刃など単発、小範囲(ミニバン1台分)の魔術が多く属する。
「中級」
数連発、中範囲(一般的な現代民家一軒)の魔術、
難易度が高い、もしくは危険度の高いものも属する。
「上級」
数十連発、広範囲(甲子園球場一個分)
難易度が非常に高い、もしくは非常に危険なものも属する。
「特級」
千差万別だが、広範囲殲滅魔法は数百~数千連発、超広範囲(東京ドーム一個分~東京都中央区丸ごと)
開発者以外は使えないほど難易度が高い、もしくは危険度が個人の域に収まらないものも属する。
他にも気になったことがあればお気軽にコメントしてくださいね。それではっ!