第10話 鏡の私と希望、朝の魔女と憂鬱
「第1章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第2幕 千載三遇」
の中の「第10話 鏡の私と希望、朝の魔女と憂鬱」です
2025/07/03
細部各所の表現を変更
2025/09/14
細部各所の表現を変更
私は鏡の前に立つ自分を見る。
私がこの世界に来て10年が経った。
未だ成熟には程遠いが、その幼さの上からもわかる端正な顔立ちやスラッとした手足を見ると、将来に期待せざるを得ない。
この体が女であることを受け入れたのはいつだっただろうか。一人称を”俺”から”私”に変えたのは五歳くらいの頃だったような気がする。
理由としては、この先いつか社会に出たときに周囲の目を気にしなくていいようにと思った結果だ。私という一人称は別に男が使ってても変じゃないしね。
体が女であることは認めたけど、心はまだ男のままだ。だから七歳頃に風呂は親離れさせてもらった。
お母さん、そんな悲痛な顔をしてもダメだ。私の精神年齢はアラサーだゾ。
見た目は女児、頭脳は成人男性!その名も!…と、これ以上は本当にマズいのでここまでにしておこう。
今一度鏡に意識を戻す。
髪は白く、コンディショナーなど無いのにサラサラと指通りもよい。頭の上に生える狐耳や尾骶骨のあたりからのびる狐尾には髪と同じ白い毛が生え、時々無意識に動いたりもする。
目はパチリと大きく、光彩は赤い。鮮血のような鮮やかさだ。
ここまでの特徴を見ればまるでアルビノのようだが、肌には色素があるし、光彩の方もよくよく見れば血管が透けているのではなく赤い色素がある。前世では考えられないことだが。
そして、この白髪には特別な意味があるらしい。
狐の獣人である狐族に、髪色に関する特別な信仰がある訳じゃない。ただ、稀に生まれる白髪の狐族――“白狐”は、生まれながらにして大きな魔力を持ち、様々な才能を持って生まれるらしい。
お母さんも詳しいことは分からないと言うが、どうやらこの髪色がかなり珍しいことは確かなようだ。
三度鏡に意識を戻す。
身にまとうのは白いシャツ。その上に瞳と合わせたワインレッドのベスト。下半身には裾を絞ったダークグレーの袴もどき。これには私専用に尻尾穴も完備だ。
全く惚れ惚れするほど整った顔立ちだ。獣人族ゆえか犬歯は鋭いものの、全て永久歯になった歯並びも綺麗だし、すました顔をすればどこの子供モデルかと見まがうほどだ。
私の転生云々には謎が多いが、もし神々が意図してこの環境に導いてくれたのなら大いに感謝しよう。
コンコンコンコン
「はーい。」
「御嬢様、御召し替えの方は如何デショウか?」
「もう終わったよ。」
「左様で御座いマシたか。私は朝食の御用意を致しマスので、大変心苦しいのデスがマスターの起床の補助を御頼みさせて頂いても良ろしいデショウか?」
「分かった。任せて。」
「宜しく御願い申し上げマス。」
クロックは忙しい。
この家の家事である掃除、洗濯、買付、料理、裁縫を一手に担い、執事の名に懸けて全てを完璧にこなす。だが、精密機械の彼は転倒防止のため常にゆっくりと移動する。どれだけ効率的に仕事をこなそうと時間が足りないのだ。
その上、お母さんは寝起きが悪い。それはもう本当に、死ぬほど朝に弱い。
だから時間の浪費が激しく、なおかつ危険もあるモーニングコールは、私がやるというわけだ。
「おかーさーん、うわ…もう散らかってるし……」
壁際の棚には怪しげな薬品や実験素材などがズラッと並び、床は足の踏み場もないほど本と紙束が積み上がっている。
彼女の寝室は研究室も兼ねているはずなのだが、このありさまでは研究室が寝室を兼ねているように見える。
お母さんは薬品類などの安全管理こそきっちりしているのだが、片付けの方には関心が無く、放っておくとすぐに物置になってしまう。
だから私とクロックが促して定期的に三人がかりの大掃除をするのだが……二日と持たずに元通りになってしまったらしい。
お母さんほど足が長くない私では何とも歩きづらいこの部屋を、乗り越え踏み越えやっとこさ最奥のベッドにたどり着いた。
そこで寝相悪くだらしない顔で気持ちよさそ~に眠っているお母さんの腹に跨る
「うぅ…」
「おかーさーん、朝ですよー。起きて下さーい。」
「む、うぅ~ん…」
お母さんは寝起きが悪い。それは単純に目覚めるのが遅いという意味もあるが、それ以上に寝起きの機嫌もすこぶる悪い。
もし起こすためだとくすぐったり、つついたりしようものならば、寝ぼけた状態でブチギレた母上殿の大魔法で、周囲一帯が吹き飛ぶことになるだろう(0.8敗)
…あれは本当に、未遂で済んで良かった。マジで。冗談抜きで跡形もなくなるところだった……
「おかーさーん」
「んぅ、ミオ~…?」
「そーだよー起きてー」
こうして根気強く起こすこと約30分。焦らず騒がず慎重に、根気強く粘ることで、インシデントを起こさず覚醒へと導くことができるのだ。
実はこれでも早い方で、一時間以上なんて日はザラにある。とんでもない重労働だ。
だがここで油断してはいけない。お母さんを連れて顔を洗うまでは、絶対に気を抜いてはいけないのだ。後ろについてきていると思っていたのに立ったまま寝てるとか(n敗)、振り返れば倒れ込んで寝てるとか(n敗)、酷い時には居なくなってて探してみたらベッドまで戻って寝てるなんてことも(n敗)ある。
クロックは私に頼んで正解だよ…ホントに……
「お目覚めになりましたー?」
「―――あぁ、スッキリお目覚めだ。今日もありがとな。」
こうして自分の意思で水を浴びれば、シャキッと一撃なのになぁ…
ということで第二幕、はじまりましたね〜。
思えば主人公の外見を詳しく書いたのは今回が初めてだったような…?ともかく、成長した彼女らの日常はいかがでしたでしょうか?
次回、色々話が進み…始めますよ!