あなたが婚約破棄をしたのに、なんで今日もいるんですか?
幼い頃、体が弱かった私は、多くの医師に出会うことになりました。
腕の良い素晴らしい医師もいれば、言葉こそ優しいものの何もできない医師もいました。
そんな人たちと接するうちに、私は自分でも医師になり、人を救えるようになりたいと思うようになったのです。
私、クローディア・リリミアドは、幸い勉学には長けており、学校卒業時、医師になる試験に通りました。
ただ、周りの反対はものすごいものでした。
私が侯爵令嬢というのもあり、働く必要など無い、むしろ働くことは恥とされ、試験を受けることも大変なものだったのです。それを何とか説得し、試験に受かったものの、医師として働くことを強く反対されていました。とにかく婚約者である第3王子ルナード様と結婚するよう、強く強く言われたのです。
2つ年上のルナード王子は、金髪碧眼に美しい容姿をした、女性に大人気のお方。周囲にはいつも彼を慕う女性がいました。私はそんな彼に興味が無く、いつも素っ気なくしていました。
そんな彼は、私が学校を卒業するまで結婚を待つ、と言ってくれていました。彼自身、他の女性と遊びたいのだろうと、この時の私は思ったのでした。
私は王子の言葉に甘え、本来4年制の学校から医師課程に進み、しっかり6年在籍しました。
それだけでも家族ははらはらしていたようでしたが、ルナード王子から文句は何も出てきませんでした。
王家に嫁ぐことが何より最優先と言われながらも、私はルナード王子に医師として働きたいという強い思いを話し、納得してもらいました。
ルナード王子は、特に何を言うわけでもなく話を聞いてくださいました。私にあまり興味が無いのかもしれません。元々周囲が勝手に決めたことです。
彼は淡々と私が医師として働くことを了承しました。
「3年、いえ1年でも構いません。医師として働いてみたいのです」
ルナード王子が納得してくださったということで、家族を何とか説得し、私は医師として働くこととなりました。
仕事はハードで、日々驚くことばかりでしたが、やりがいのあるものでした。
運ばれてくる患者。新しい学び。苦戦する日々。辞めたいと思うほど落ち込むこともあったけれど、患者からの感謝の言葉に心打たれ、また今日も頑張ろうと奮起しました。
そんな風に仕事ばかりしていたら、あっという間に約束の1年を迎えてしまいました。
どうしましょう。
私は論文も書きたいと思っており、何なら研究機関に進学してさらに医学を勉強し、その道に自分の人生をかけたいとすら思っていました。
ですが、周囲からの圧力がものすごく、私はその道を断念せざるを得なくなりそうでした。
私が真っ白になりかけていた、そんなある日。
「婚約破棄……ですか」
「ええ」
ルナード王子から、婚約破棄を言い渡されたのです。
まあ、当然と言えば当然です。
何度も引き延ばされては、向こうがお怒りになるのももっともです。
両親も文句を言うことなどできず、私は向こうから婚約破棄されたというのに、「自分勝手な令嬢」というレッテルを貼られてしまいました。
普通なら落ち込むのかもしれません。
でも、私はそんなことよりも、これから堂々と進学して医学を探究できるという喜びの方がはるかに勝っていました。
意気揚々、進学試験を受けに行き、無事合格の通知を得た私は、学びながら仕事をする立場を得たのです。
そうして診察を開始したのですが、何やら待合室がざわついています。
何かあったのでしょうか?
「次の方」
「はい」
入って来たのは、第3王子のルナード様でした。
えっと……何故?
当然、お抱えの専属医師もいらっしゃるはずです。こんなところにわざわざ来る必要など立場上ありません。
まさか、私に会いに?
何故?
「どうかなさったのですか?」
私は端的に尋ねました。
「頭が痛くて」
「そうですか」
私は問診票を参考に一応受け答えをするのですが、どう見ても彼は元気そうに見えます。
念のため検査のオーダーを入れようとしたら、丁重に断られました。やっぱり元気なようです。
一応頭痛薬を出したところ、ルナード王子は帰っていきました。
ざわざわと、病院内が騒々しくなっているのが聞こえます。
婚約破棄したというのに、何故?
もう、勘弁して。
◆ ◆ ◆
それからというもの、私が診察に出る度にルナード王子がやって来ました。
毎回頭痛だそうです。他に何か病名は無いのでしょうか。それとも私との関係に頭が痛いということなのでしょうか。
頭が痛いのはむしろこっちの方です。
ルナード王子が今日もやって来たので、私は彼に言い放ちました。
「どうぞお帰りください」
「どうぞお構いなく」
ルナード王子はそう言ってこちらを見ています。
まだ私に話すことがあるのでしょうか?
「毎日来るぐらいなら、どうして婚約破棄なんてしたんですか?」
私は思わずそう尋ねていました。
「理由、ですか」
ルナード王子は私をじっと見つめると。
「この仕事を続けているあなたを見ていたかったんです」
そう言って、小さく微笑みました。
「私と結婚したら、あなたはこの仕事を続けられなくなりますから」
そう言うと王子は席を立ち、
「でも、好きな気持ちは変わらないので、頭痛は明日もすると思います」
それだけ言うと、王子は帰っていきました。
王子は私のことを、どうやら本気で好きだったみたいです。
◆ ◆ ◆
さすがに周囲からのブロックが入ったのか、王子はある日から来なくなりました。
ようやく仕事に専念できる。
そう思ったものの、何だか少し寂しい気もしていて、どうしちゃったんだろう自分、なんて思ったりしました。
けれど月日が過ぎるにつれ、私はきれいさっぱり王子のことを忘れ、仕事に専念していました。モテる王子のことだから、他に誰か良い人が現れたのでしょう。
そんなある日。
国王が体調を崩された、という話が国中に広がりました。
そして入院設備の整った施設に入るということになり、私たちの病院にいらっしゃることとなったのです。
私は若手のため、当然国王の担当になることなどありません。
けれどある日国王から、どういうわけか指名されることになりました。
「私の病を、あなたはどう思う?」
私はカルテを見て、率直な感想を述べました。このままでは余命が長くないこと、だけど改善の余地はあることを。
「君、何を言っているんだ」
他の医師は別の見解を述べていたようで、私の発言は上司から止められそうになりましたが、国王は「続けて」と促してくれました。
そこで具体的なプランを提案したところ、国王は私を担当医に選びたい、とおっしゃってくれました。
「私で良いのですか?」
「あなたのことは、ルナードから聞いています」
どう聞いているのかはさておき。
私は国王のために最善の治療を心がけ、周囲との軋轢もありながら何とかその仕事をやり遂げました。
国王は無事回復し、数か月後には元気に復帰されたのです。
そのこともあって、私がこの仕事をすることに、文句を言う人はさすがにいなくなっていました。
これで私も自由に仕事ができる。
そう思っていた矢先、ルナード王子がまたやって来ました。
今度は診察中ではなく、帰宅のタイミングに待ち伏せです。
ストーカー、ダメ、絶対。
「少しだけ良いですか」
「何ですか?」
「また婚約をしたいのです」
ルナード王子は真剣な様子でそう言いました。
「あなたが嫌だというのなら諦めます。ですが考えてはくれませんか?」
私はルナード王子を見つめました。
私のことを考えて、私が進む道に反対しなかった彼。
多分国王のことも、彼が進言してくれたに違いなくて。
私がこれからも医師を続けていくこともできるのは、彼のおかげで。
私がしたいように、後押しし続けてくれた、そんな彼のような人が、他にいるのでしょうか。
そう思ったら。
「私で良いのですか?」
思わずそう尋ねていました。
「あなたが良いんです。あなたじゃなきゃ、ダメなんです」
「何故?」
私にはわかりませんでした。何故彼は、そんなにも私のことを、好きでいてくれるのでしょう?
「私には、あなたのように熱意を向けられるものはありませんでした。ずっとつまらない日々を送っていました。だけどあなたと関わるうちに、私も何かを見つけたいと思うようになったんです。私も、誰かのために何かをしたいと」
そう言うと彼は。
「そう思ったら、新しいアイディアがたくさん浮かんできました。あなたと関わるうちに、変えた方が良い制度、作ったら良いプランが次々に浮かんできたのです。少しでも良い方向に、この世界を変えていきたい。あなたとならそれができる、そう思ったんです」
ルナード王子はそう言って、私の手を取りました。
「でも、本当は理屈じゃない。あなたのことが、ただ好きなんです」
私は彼の告白を一通り聞いて。
そして。
「今からあなたのことを好きになるような、そんな私ですけど、本当に良いですか?」
私がそう答えると。
「そんな素直なあなただから、大好きです」
ルナード王子はそう言って笑いました。
そうして私たちは、まさかの二度目の婚約をしました。
周囲の圧力もあって、私たちはすぐに結婚したものの。
今でも私は、好きな人と暮らし、好きな仕事をしています。
<終わり>
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