表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

ACT5

私は、今、アイドルという女達と一緒にくつろいでいる。彼女達は、スタッフが用意した簡易的なイスに座りながら、撮影の準備が整うのを待っている。



私は、アイドルの一人の、高梨あさ美という女の膝の上で丸まりながら、他の女達が撫でるのに合わせて体をくねらせていた。



「大貫さんが連れてきた、あの猫のおかげで、逆に助かったかもしれないですね」

私達から少し離れたところで作業している佳奈美が、健吾に話しかけていた。



「源之助がですか?」

健吾が少し驚いた顔で答える。



「こういう心霊企画って、直前でアイドルの子達が泣き出したり、撮影を嫌がったりする事があるんです」

佳奈美が声をひそめながら話しはじめた。



「あの猫のおかげで、彼女達の気が紛れているみたいですね」

「ご迷惑になってなくて、良かったです」

健吾が答えていた。私は、今は伊藤咲というアイドルの膝の上に移動し、くつろいでいる。



「やっぱり、なんか気味悪いですよね」

伊本アリサが、私をなでながら誰にともなくつぶやいた。



「あなたも感じる?」

そう声をかけたのは、自称霊能者の中年の女だった。女は、アイドル達の近くに立ち、辺りを見回していた。



「何かいるんですか?」

そう聞いたのは、秋越彩乃というアイドルの女だった。



「これはキツネね」

そう霊能者の女は、自信に満ちた顔で言っていた。



「ここにキツネなどいないぞ」

私は思わず声を出していた。と言っても、この声は他の人間達には「ニャー」という猫の鳴き声にしか聞こえていないだろうが。



「おい!この霊能者とかいうヤツ、ヤバいぞ!」

私は、健吾に大声で言ったが、健吾は少し離れた場所で作業をしながら、私の方を見て苦笑いをするだけだった。もちろん、この声も、普通の人間には猫の鳴き声にしか聞こえない。



「あら、この子も何か感じてるのかしら」

霊能者の女は、私が鳴いているのを見て、さらに的外れな事を言っていた。



「コイツはダメだ」

私は、ため息をつきながら、そう一人でつぶやいていた。そうして私は、少し心を落ち着かせるために、周りを見回した。



「どうぞ、飲み物です」

そうしていると、トンネルに案内した役場の職員である浅井陽一が、アイドル達に飲み物を持ってきた。どうやら、やることがなくて、手伝いをしているようである。



「ありがとうございます」

アイドル達は、そう言いながら浅井から飲み物を受け取っていた。



「すいません、お手伝いしていただいて」

「いいえ、やることもないので、なんでも言って下さい」

今回の撮影スタッフのリーダーである秋山佳奈美がお礼を言うと、浅井は気さくに笑いながら答えていた。



私達がそのように過ごしているうちに、撮影準備が完了したようであった。いよいよ、テレビの撮影というものが始まるらしい。



私は、普段は部屋で見ている板に写し出された映像が、どのように作られているのか興味があった。撮影が始まってすぐ、私は撮影リーダーの佳奈美に抱かれながら、撮影を眺めていた。



「はい、今回私達が何処にいるか分かりますか?」

高梨あさ美が、他のアイドル達にクイズを出すように話しかけた。あさ美は、他のアイドル達の中では年上で、先輩にあたるらしい。



今回のロケで進行役を勤めているらしかった。なんでも、この心霊ロケをするキッカケを作ったらしい。私がこの女に興味を持ったのは、そこにあるのだろう。



あるいは、この女は、このトンネルに呼ばれたのかもしれない。ただ、私には、このトンネルから霊的なものを何も感じない。そんな事を考えながら、私は佳奈美の腕の中で、もぞもぞと姿勢を変えていた。



「では、二人一組になって、トンネルの真ん中まで行ってみましょう」

高梨あさ美が、そう言いながらペアとなった伊藤咲と二人でトンネルの中に歩いて行った。トンネルの中心まで来た二人に、カメラに腕以外が映らないように健吾が箱をつき出す。



「この中からトンネルでするゲームを選んで下さい」

健吾が箱をつき出すのに合わせて、佳奈美が二人に声をかけた。箱の中にあるカードには、心霊企画にお決まりらしい、ゲームが書かれていて、そのゲームをトンネル内でするらしい。



罰ゲームに近い内容である。伊藤咲が箱からカードを引くと、ポラロイドカメラでトンネル内を撮影すると、書かれたカードであった。



「いったん止めまーす」

佳奈美が言うと、健吾とスタッフ達はポラロイドカメラの用意をはじめた。



「ちょっと、笑わせないで下さいよー」

撮影が止まったとたん、高梨あさ美が佳奈美に言う。一緒にいる伊藤咲も笑いをこらえているようであった。



「だって、秋山さんの肩の上にずっと源之助が乗ってるんですもん、笑っちゃいますよー」

私は、撮影が始まった当初は佳奈美に抱かれていたが、今は肩に乗っている。普段、私は健吾の肩に乗る事が多いが、少し小さいが佳奈美の肩も悪くない。



どうやら、それが面白かったらしく、二人は笑いをこらえながら撮影していたようだ。この後も、二人は笑いをこらえながら、ゲームをこなしていった。



「すいません。私、なんか体調が悪くなってきました」

伊藤咲が、自分の撮影が終わってすぐに、そんな事を言い出した。



「大丈夫?ちょっと、イスに座って休みましょう」

佳奈美は、伊藤咲にそう言いながら、トンネルの外に仮設で設置している休憩スペースのイスにうながした。



「すいません。ちょっと彼女を見て頂けますか」

佳奈美は、霊能者を名乗る女を呼んだ。



「これは、動物の霊がついてるわね」

そう言って、霊能者の女は、伊藤咲の背中を軽く叩きながらお経を唱えはじめた。



「おい!あの女に動物の霊などついてないぞ」

私は佳奈美の肩から下りながら、健吾に向かって言った。もちろん、この声は普通の人間には猫の鳴き声にしか聞こえない。



「だよな。というよりも、彼女の体調が崩れた事に、霊的な力は感じないな」

健吾は、私が近くまで来たのに合わせて、小さな声で答えた。



「とりあえず、車に戻って少し休みましょう」

霊能者の女の除霊?らしき儀式が終わってすぐ、佳奈美は伊藤咲を、アイドルの控え室にもしている車に連れていき、休むようにうながしていた。



「では、撮影を再開しまーす」

佳奈美は、伊藤咲を車に連れていった後、残る二人の撮影をはじめた。私はというと、今度はアイドルの高梨あさ美に抱かれながら、少し離れた場所で撮影を眺めていた。



伊本アリサと秋越彩乃の二人は、さっきの二人と同様に、トンネルの中でのゲームをしている。



「これで今回の撮影は終了でーす」

佳奈美がトンネルから出てきて、全スタッフに向けて声をかけた。健吾を含むスタッフ達が撤収準備をはじめた。



「咲ちゃんの調子どう?」

佳奈美が近くのスタッフに尋ねた。



「車で休んでると思いますけど、見てきましょうか?」

「さっき、飲み物を持って行きましたけど、毛布をかぶって寝てるみたいでしたよ」

役場のトンネル担当の浅井陽一が近くで声をかけた。



浅井は、撮影中ずっと撮影の手伝いをしていたようである。作業をしているスタッフ達の中で、何もせずに立っているだけでは、居たたまれなくなったのであろう。



「すいません、気を使わせてしまって」

佳奈美が浅井に礼を言った。



「じゃあ、咲ちゃんには休んでもらって、撤収準備を急ぎましょう」

佳奈美は、スタッフ達にそう言いながら、自らも撤収準備を続ける。私は、高梨あさ美に抱かれながら、その光景を眺めていた。高梨あさ美は、私を少し強く抱きしめながら、不安そうな顔をしていた。



この女は、おそらく何かを感じているのであろう。そして、その不安は、この後現実のものとなる。私は、静かに辺りを眺めていた。高梨あさ美の鼓動が、少し速くなるのを感じながら。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ