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裁縫師アメリアの幸せ探し  作者: 黒江零
旅立ちの章
9/28

09 心を開いて

 豆がたっぷり入った瑞々(みずみず)しいサラダ、窯焼きの大きなパイ、フルーツパンチ。

 大きな食卓に並んだごちそうに、ケヴィンがきらきらと目を輝かせていた。父親のジーンにせがんで真っ先にフルーツパンチをよそってもらい、嬉しそうにしている。

 私も白ワインをいただきながら、白身魚のマリネに舌鼓を打っていた。全てマリーの手作りらしく、料理人顔負けの腕前に驚かされる。


「本当に美味しい。あの、作り方を教わっても?」

「ええ、もちろんよ。あなたも興味があるのね」


 褒められてか、それともワインのせいか。対面に座っているマリーが頬を薔薇色に染めながら微笑んだ。


「兄さんも料理好きでね、よく二人で腕比べしてたのよ。いろんなお店に行っては、味付けについて議論したりね」


 そんな趣味があったのね。隣に座っているルイスを見ると、懐かしむように笑っていた。


「金が稼げるようになるまでは、安くて旨い飯を作るために考えてたっけな」

「そうそう。安売りしてる店を探し歩いたりね」

「今では立派な裁縫師と商会を支える立派な妻。努力家の嫁と義兄がいて鼻が高いよ」

「お前だって商会を継いだばかりなのに上手くやってるじゃないか」


 ルイスに褒められて、ジーンが誇らしげに微笑む。


「商会を継いだ、ってことは会長をお務めに?」

「まだまだ未熟だけどね。マリーとケヴィンを守っていくためにも、現張ってるよ」


 そう言ってジーンが夫婦の間に座っているケヴィンの頭を撫でた。母と父の愛情をたっぷりと受け取っているのが見て分かる。そんな彼が少しだけ羨ましかった。


「ルイスがマリーと二人で店を切り盛りしていた頃、ちょうど僕も跡を継ぐ話が出ていてね。気持ちを引き締めるためにスーツを仕立ててもらうことにしたんだ。初めてルイスの作った服を見た時は感動したね。センスがあって縫い目も美しい、それでいて丈夫、接客してくれるお嬢さんは姫君のように麗しいときた」

「下心で決めるな」

「だってしょうがないでしょう、こんなに可愛いんだから」

「もう、やめてよ」


 昔話を楽しく語らう三人は、子供の頃からの友人同士なのでは、と思うくらいに親密だった。家族というより、仲間のような関係性は見ていて微笑ましい。


「本当は婚約の話もあったんだけど、断ってマリーにプロポーズしたんだ。色々大変だったけど、この道を選んでよかったって、心から思ってる」

「私もよ。最初は兄さんのために承諾するつもりだったけど、こんなに素敵な人は他にいなかったから。彼がいいって、そう決心したの」


 揺らぎのない自信が言葉と態度から伝わってくる。本心からそう思っているのが分かった。

 私もいつか、そんな風に思える結婚をするのだろうか。もしかすると、一生独身かもしれない。けれど、どんな道を選んでも悔いのないようにしたいと思う。


「そういえば、アメリアには兄弟や姉妹はいるの? どんな場所に住んでいたのかしら」

「えっ」


 何気ない質問に動揺してしまう。あの日のことが浮かんで、眉間に皺が寄った。


「……西の平野にある、時計塔の街から来ました。妹がひとりいます」

「ああ、知ってるよ。今じゃ貴重な骨董品になってる、あの時計職人の晩年の作品だね。一度見てみたいなぁ」


 ジーンは商人なだけあって、そうした品にも詳しいようだ。


「確か、アメリアの家も服飾店なんだってね。ルイスのところでも上手くやれてる?」


 話しやすい会話に流れて、私はほっと安堵した。


「ええ、もちろん。ルイスさんのデザインは本当に素晴らしくて、毎日楽しいです。効率よく綺麗に縫う手法や、今まで作ったことがない型の衣服もあって、勉強になります」


 すると、マリーとジーンの表情がぱっと明るくなる。


「よかった! アメリアを推薦したこと、やっぱり間違いじゃなかったでしょう兄さん」

「まぁ、そうだな」


 妙に歯切れが悪い、と思って隣席のルイスを見上げると、少しだけ頬が赤くなっていた。照れているのだろう、と察したが、興奮気味に褒めた自分の振るまいに気付いて、私まで恥ずかしくなってくる。

 すると、彼が言った。


「アメリアは勤勉で頼りになる。分からないことやミスを放置しないし、ちゃんと聞きに来るからな。一緒に仕事をするのが楽しい。こんな風に思える職人は、今のところアメリアだけだ」


 思いがけない評価に、つい目元が潤んだ。誤魔化すように白ワインを飲むと、切り分けたミートパイを頬張る。ほろほろと柔らかい肉と、ぴりっとしたスパイスが食欲を刺激した。


「そのまま公私ともにパートナーになってくれたら、私達とっても嬉しいんだけどな」


 マリーの発言にうっかり喉を詰まらせそうになった。けれど。


「結婚をする理由はあるのか? 子供を産むとなると大変だろう。それはマリーが一番分かっているんじゃないのか」


 彼の少し棘のある物言いに、膨らみかけた何かがしおれていくのを感じる。私は、何を期待していたのだろう。


「それは、そうなんだけど」

「アメリア、君もはっきり言ってやれ。強引に結婚させられそうになって、それで故郷から出てきたんだろう。なのに次は俺だなんて、何のために出てきたのか分からなくなる」


 その発言に、はっと目が覚めるような気持ちになった。

 ルイスはアメリアの話をきちんと覚えていて、人生を選べるように配慮してくれていたのではないか。いざとなれば、自分の力でなんとか出来るように技術と知恵も継承して。

 もしそうなら、ふわふわと舞い上がっていた私はなんて浅はかだったんだろう。

 ますますいたたまれなくなったが、彼への熱い気持ちはより一層、強くなったような気がした。


「……ごめんなさい。でも、ありがとう」


 素直に感謝を伝えると、ルイスが「気にするな」と言ってくれる。


「私達も、おせっかいが過ぎたわね。ごめんなさい」

「事情も知らず、申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。お伝えしていなかったことですから」


 今なら、正直に過去を伝えられるだろうか。けれど、思い出すだけでもつらい記憶を引っ張り出して、それを他人に告白するのは勇気がいる。見られたくないものを見せるのと同じだ。

 考えていると、ルイスが言う。


「言いたくないことは黙っていればいい。詮索するつもりはないからな。ただ、マリー達はもう少しだけアメリアのことを知りたいと、そう思っているだけだ」

「ええ、そうよ」


 兄妹の優しい言葉に触れ、また目元が潤む。ひと呼吸して落ち着くと、私は微笑んで口を開いた。


「それじゃあ、少しだけ。私がどうしてここへやってきたのか、お話しします」


 優しさをくれた人たちへ、私も優しさを返したい。その一歩として、私は正直にこれまでのいきさつを語った。



「――と、いう理由でこの街へやってきたら、運良く雇ってもらえたというわけです」


 酒も入っていて、上手く話せたかどうか自信がない。なるべく客観的に事実だけを伝えるようにしたけれど、ちゃんと伝わっただろうか。

 そっと皆の顔を眺めると、それぞれが異なる表情を浮かべていた。

 マリーは眉を寄せて怒ったような顔を。

 ジーンは神妙な顔で(あご)を撫でていた。

 ルイスだけは真顔、といった風情だけど、食事の手を止めて腕を組んでしまった。

 子供のケヴィンだけが、無邪気にミートパイを頬張っている。


「ごめんなさい。やっぱりこんな話、ここですべきじゃなかったですね」

「そんなことないわ。話してくれてありがとう」


 マリーがそう言って、短く息を吐き出す。


「なんて酷い人なの。婚約者に対する侮辱(ぶじょく)だわ。ご家族の対応もあんまりよ」

「商人としては、ぜひ名前を聞いておきたいところではあるね」

「同感だ」


 三人の気持ちを知って、ほっと力が抜けてしまった。私だけがおかしいのではないか、とずっと考えていたのだ。理解してもらえたことが嬉しくて、つい泣いてしまいそうになる。


「さらし者にしたいわけではないので、そこまでは」

「何を言ってるんだ。信用に関わる話だろう」

「そうだよ、アメリア。身内を裏切ったり、不当な扱いをするような人は他人にも同じことをする。従業員にもね。そんな人と知らず、取引をしていたら恐ろしいよ」

「でも」


 復讐をしたいとは思わない。ただ、二度と関わりたくないだけ。

 そんな私にルイスが言った。


「何かあったとき、手がかりのひとつもなければ助けてやることさえ出来ない。身を守るためと思って教えてくれないか」


 確かにそうだ。私自身はともかく、世話になっている人たちに何かあるかもしれない。気は進まなかったが、ここまで話してしまったのだ。黙っておく必要はないのかもしれない。


「……元婚約者の名前は、エドモンド・ノックス。ノックス商会の次期会長です」

「えっ」


 ジーンが声をあげた。次いで「そりゃあ確かにそうだ」と何か知っている風に喋り始める。


「下品にあれこれ手を出して、客を選ぶって評判のところじゃないか。知識がなさそうな客からは金を巻き上げて、博識な客は丁寧に抱え込む。最近じゃ、縫製工場にも手を出したみたいだけど、質が悪いって話だよ」

「縫製工場……」


 もしかして、と今までの出来事がひとつに繋がっていく。それはルイスも同じようだった。


「アメリアと結婚して店を取り込み、その知識と経験で工場を立て直そうとした、ということか」

「なんなら、事業が失敗した時の保険かもしれないね。自分ではなく、アメリアの采配ミスとかなんとか言って」

「酷すぎるわ!」


 と、そこでケヴィンがびくっと震える。いけない。


「どうか、これ以上は大人だけの場所で」


 私の指摘で理性を取り戻したのか、三人がばつの悪そうな顔をする。ちゃんとタイミングを考えなかったばかりに、せっかくのパーティーが台無しだ。

 至らなさに落ち込んだけれど、めそめそしたって何も変わらない。


「この話はまた後にしましょう。それより、ルイスさんとマリーさんについて、もっと知りたいです」

「ええっ?」


 いきなり話題を振られて戸惑ったようだが、兄妹は顔を見合わせて微笑んだ。


「長くなるわよ」

「ごちそうはまだいっぱいありますから、大丈夫です」


 大人たちが笑うことで、ケヴィンの表情がほっと和らぐ。

 よかった、と胸をなで下ろすと、私はマリーとルイスの賑やかな会話を楽しむことにした。

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― 新着の感想 ―
ここまで拝読させていただきました。 主人公アメリアの気持ちに引き込まれ、展開にわくわくしています。 最初の婚約者や家族の仕打ちはとてもひどかったけれど、思い切って新天地へ来てからは、いい出会いがあって…
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