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裁縫師アメリアの幸せ探し  作者: 黒江零
旅立ちの章
1/28

01 私、家出します

「お話が、あります」


 私、アメリア・テイラーの発言を受けて、食卓に集う人たちの視線が集まる。

 私の父と妹、そして婚約者とそのご両親。

 夏の豊穣祭(ほうじょうさい)ということで、夫になるはずだった彼の邸宅で夕食を共にしている最中だった。職人の子として育った私には、不釣り合いなほど豪勢な食事と広々とした空間で、怖気づきそうな気持ちを奮い立たせる。


「彼との……エドモンドとの婚約を、解消させてください」


 一瞬の沈黙。そして。


「あなた、一体何を言っているの?」


 困惑した様子でつぶやくノックス夫人。それはアメリア自身を案ずるものではなく、庶民の娘が得意先の商人に対して何を言っているのか、という意味であることは明白だった。

 私は婚約者だと思っていた彼、エドモンド・ノックスをそっと見る。

 シャンデリアの光を受けてきらめくブロンドヘア。知的な印象の瞳は澄んだ空色。色白で端正な顔立ちをした彼は、一切私の方を見ようとしない。

 焦り、不安、戸惑い……様々な感情が入り交じっているであろうエドモンドを見ていると、全てを正直に明かそうという気持ちが揺らいだ。つくづく馬鹿な女だと思う。


「……私なんかじゃ釣りあいがとれません。ずっと怖かったんです、不似合いな結婚が」

「アメリア、今更何を言っているんだ! もうすぐ挙式なんだぞ!」


 父の怒鳴り声が心に刺さる。私だって本当はこんなことしたくなかった。エドモンドと結婚して、二人一緒に父の服飾店を継ぎ、事業を拡大していくはずだった。

 けれどもう無理だ。何一つ信じられない。

 私は妹のシャーロットを見た。私と揃いの栗色の髪は美しく波打ち、長いまつ毛で縁どられた緑の瞳はほの暗い光を帯びている。

 わがままで奔放だけど、華やかで可愛らしい私の妹。そう思っていた。けど今は、家族とすら思えない女である。

 すると、義父となるはずだった人、ギルバート・ノックスが言った。


「婚約は続行だ。お前の意見など聞いていない。それはお前の父親がよく知っていることだろう」


 父とギルバートが目を合わせ、押し黙る。

 そう、これは利益を生むための婚姻。恋愛結婚ではない。それでも、エドモンドと少しずつ愛を育みたかった。そんな夢さえも打ち砕かれて。

 私は意を決して告げた。


「私の妹とエドモンドは、男女の関係にあります。こんな裏切りを知ってなお、素知らぬ顔をして今まで通りに振舞うなんて出来ません」


 エドモンドがひきつった顔をして俯き、シャーロットは腕を組んでそっぽを向いた。

 ここまで言ったなら、もう婚約破棄になる。と、思っていた。

 少しの沈黙の後、ギルバートが笑う。ノックス夫人も唇を歪めて微笑んでいた。


「商会を継ぐ男たるもの、女をはべらせる力がなくてはな」

愛妾(あいしょう)がいるなんてよく聞く話だけど、体を売って稼ぐような女じゃないだけマシよ。身内ならふたりきりで会っていても怪しまれないし、子供が出来ても大丈夫ね」


 二人の口から飛び出した発言に、頭が真っ白になる。何を言っているのかちっとも理解が出来なかった。すると父までその流れに続いた。


「そ、そうですよ。姉妹揃って可愛がってもらえるとは、本当にありがたいことです」


 ガン、と頭を殴られたような衝撃。全身から血の気が失せて、がたがたと震えが止まらない。


 ――ああ、そうだったんだ。


 私は静かに悟り、膝の上に置いた手を強く、強く握りしめる。

 父にとって私は道具。よく働き尽くす道具。それはノックス夫妻にとっても、だ。

 他人にどう思われようが、私は私だと払いのけられる。けれど肉親に道具として扱われるのだけは、どうしようもなくつらかった。母を早くに亡くし、たった三人の家族だと、心から慈しんできた。だというのに。

 私は再度、エドモンドを見た。

 先程までのの苦々しい表情は一転して、ほっと安堵した様子で綻んでいる。シャーロットの「あぁ、認めていただけてよかったわ」という言葉と笑顔が、私の心を踏みつけにしていく。

 くっと唇を噛んだ後、不意にひとつの願いが浮かんだ。


 ――出て行こう。


 こんな場所にいたら強引に結婚させられて、屈辱に耐える日々が始まる。そうなるくらいなら、自分で自分の幸せを手に入れよう。幸い、働く女性は近年増えてきている。父の服飾店を手伝っていたので、縫製の技術はしっかりと身についていた。きっとよそでも通用する。働きながら少しずつ貯えていた金があれば、ひと月はなんとかなるはずだ。


 そうと決まれば話は早い。私は迷わず家出を決意した。

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