『地球圏最終防衛ライン』
『地球圏最終防衛ライン』
その日、地球各地の天文台は世界の変貌を見た。
数時間後には各国軍部のお偉いさんたちは専門家を招集し、数十時間後には空を見上げた全人類がそれを見た。
いや、ひょっとしたら地球上の全生命体がそれを見た、或いは感じ取ったかもしれない。
流れ星だった。一つ、二つ、三つ、百、千、万、億、星空が消えて無くなる光量。
照明はついては消えるを繰り返し、無線機の類いはノイズ……金切り声の大絶叫でまるで使い物にならない。
その日、人類は発見した。
『宇宙戦争の発見』と現在では呼ばれている。
ラジオ。昔ながらのラジカセをいじる女の子。さすがに古くなっているのかなかなかお目当てのチャンネルを出してくれない。
不満げな少女はだが、お目当てのチャンネルに当たってすぐに機嫌を直す。
機嫌を直した少女がラジカセから離れる。天体望遠鏡がすぐ側にあって、少女は天体望遠鏡を覗く。
『宇宙戦争の発見』から15年。少女の覗いた天体望遠鏡越しに見る風景は、決して星々では無かった。
月でも無ければ、人類が星空でよく見る火星や金星と言った太陽系の惑星でも無い。
巨大な人工物だった。紛れもなく人工物が天体望遠鏡より見えていた。
そして、ラジオが彼女が聞きたかった話を始める。
『――「宇宙戦争の発見」により、主にG20が合意して作られた『地球連合』は『連合理事会』『連合総会』『連合軍』から成り立つ組織であり地球連合が主導して行っていた「生存計画フェーズ1」は予定より早くに完遂する予定であると理事会声明が先ほど正式に出されました』
『 「生存計画フェーズ1」は20年以内に12隻の地球製宇宙戦艦を建造し、最低限の艦隊運用のノウハウを得ると言う野心的な計画でした。
つまり、地球連合創始国であるG20が協働して建造すると言う物ですね』
ラジオの音声を聞きながら天体望遠鏡をのぞき見る彼女はある発見をした。
人工物に星条旗が描かれている。ちょっとだけ不満げなため息をつくが、彼女は天体望遠鏡から離れようとしない。
『――元になった「ホビロン」の宇宙戦艦を所有するG20諸国以外の国々からは今でも様々な抗議声明がありますが、少なくとも「ホビロン通達」が真実である場合、宇宙には極めて凶悪な危険がたくさんあると言う事になります』
『 「宇宙戦争の発見」で多分勝利した……と思われる勢力に地球各国諸国は電波やレーザー通信などありとあらゆる手段で交流を試み、それに対する返答がいわゆる「ホビロン通達」であり、内容は一言で言えば「自衛しろ」という物でした。一応「ホビロン」を名乗るその勢力がそのための贈り物をくれましたが』
ついに少女のお目当てが映る。
それは地球人類側が「ホビロンの宇宙戦艦」と呼ぶ巨大人工物。尤も『宇宙戦争の発見』で存在が確認されているホビロンの軍艦と並べた時極めて小型であるため地球人が勝手に戦艦と呼んでいるだけで、最大限見積もっても旧式駆逐艦程度の物だろうと専門家達は考えている。
『――「ホビロン」はG20諸国に自分たちの軍艦を1国1隻ずつ贈り物として送り込みました。船内にはわざわざ紙媒体にして、操船マニュアルやメンテナンスマニュアルから、同様の船を地球が建造するために必要な技術論文の類いも詰め込まれ、最初に入った人は足の踏み場が無かったと言われています。恐らく、彼らからしたらそんな凄い物では無いから無人にして20隻も地球に渡したんでしょうが』
それでも、地球軌道上にちっぽけな人工物を浮かべて宇宙ステーションだとキャッキャしてた程度の地球人からすれば大銀河のSF映画の世界だ。
『――それ以来、「ホビロン」は地球側からの呼びかけには一切答えず「自衛しろ」という趣旨の全く同じメッセージしかくれません。しかしそれをうけて「生存計画フェーズ1」は立案され、こうして残るインドの分担分の建造が終了次第、艦隊運用の為のノウハウを得る段階だけとなるわけですが』
『 ええ、恐らく「生存計画フェーズ2」の本格始動と成るはずです。30年以内に月面および火星にそれぞれ1億人規模の移民を行うと言う物です』
『――しかし、危なくないですか? 月面コロニーの建造はすでに始まっていますが、問題が山積していると』
お目当ての「ホビロンの宇宙戦艦」に三色旗が描かれているのを見て、無粋だと不機嫌な少女は、だが、その「ホビロンの宇宙戦艦」が動き出して一瞬にして機嫌を直し、目をきらきら輝かせ天体望遠鏡の微調整を繰り返して「ホビロンの宇宙戦艦」を追いかける。
『 ホビロン通達の内容は、公開されております。宇宙では通達が来た時点で地球時間に訳すと2379年間にわたって300億光年圏内を主戦場とする宇宙戦争が続いており、太陽系は現状、彼らの『バッファーゾーン(緩衝地帯)』に位置していると。
はっきり言ってここまで来ると何がなにやらわかりません。挙げ句の果てに、ホビロンは最低最小限の援助として宇宙戦艦を与え、自衛しろとしか。何にせよ、FTL、いわゆるSF映画などで描かれてきたワープ航法などを持たない我々にとって、彼らの戦争で地球がダメになっては困るわけです』
少女は気がつく。おかしい。艦隊運動にしては『ホビロンの宇宙戦艦』は突出して動いてはいないか?
それだけでは無い、先ほどから微調整を繰り返しているのに全然焦点が合わない。アレは、高速で移動しようとしている?
ラジオにノイズがひどくなっていく。まるで……16年前の『宇宙戦争の発見』の時のように、照明の蛍光灯がいきなり点滅を始める。世界規模で。
地球連合軍統合司令部は連合軍に提供された兵力を統括する組織として理事会により編成された部署だ。
連合加盟国は1万人規模の兵力を連合に提供し、連合はそれを持って連合軍を編成する。それが地球連合軍であり、便宜上宇宙艦隊と軍事用の宇宙ステーションを統括している。
なお、1万人規模の兵力を提供できない国は、代わりとしてそれに見合う規模の資金を提供する事になっているが、この『追加分担金』の支払いを巡って連合理事会と連合総会が常に喧々諤々たる大論争を繰り広げるのはいつもの事だ。
理事国は1万と言わず3万人規模の兵力を連合軍に提供し、またそれとは別にそれ相応の分担金を支払っているのだから、ただの加盟国風情は黙っていろと言う態度を常に見せ、それが状態の悪化を招いている。
そんな、統括司令部は足の踏み場も無いほどに人がごった返していた。無重力になれていない士官達のせいもあるが、それ以上に深部宇宙観測結果に人が群がっているからだ。
「間違いありません。光点の数、電波嵐の発生、カミオカンデがニュートリノの大量検出している事を今も伝えています。おそらくは、宇宙艦隊同士の激突。
『宇宙戦争』です。それも、本来であれば木星の公転軌道上、木星とは反対側で何かしらの戦闘行為が行われているとみて良いでしょう」
「冥王星の公転軌道上にも同様の反応が報告されています。間違いありません。また、太陽系を戦場にしているのでしょう」
「……太陽フレアの大爆発みたいな物だぞ今の状況は。それが人為的に引き起こされたって言うのか」
1人の参謀の呆れとあきらめの混じった言葉に、誰もが反対できない。
「ここは地球を……いや、地球圏を守る最後の砦だ」 「そして、事実上最初の砦でもあります」
地球圏最終防衛ライン、ここはそう呼ばれている。すなわち、月軌道上に配備された大量の核機雷と、地球軌道上に配備された大量のレーザー攻撃衛星。
そして、その混成で配備されたラグランジュポイント4と5の攻撃衛星と核機雷原。
「可能であれば、ラグランジュポイント3にも攻撃衛星と核機雷原を布陣したかったのですが……」 「予算の都合上これ以上は無理だ」
「地上でも万が一に備えて、各種ICBMおよびIRBMが敵国の都市では無く空に向かって大量配備。冷戦時代の再来だっていつも騒いでますしね」
「宇宙艦隊の配備および完熟まで成立していれば……」
そんな参謀達の諦観をよそに、観測結果が新たな状況の変化を教えてくる。すなわち――――
「――戦闘終了……とみて良いのか?」
「わかりません。正直何を持って戦闘が終わったと言えるのかわからないので。ただ、例の電波嵐やニュートリノの検出が終了しました」
「……そうか。それは良かった」
「! いえ、まだです!!」 「なんだどうした?」
「1隻……1隻といって良いのか? 地球に接近中! 軌道計算……結果でました。地球落下軌道です!」
「接触か!?」 「いえ、これは……」
判断に、十数分かかる。光の速度で太陽から地球へ行くとき、だいたい8分間かかる。逆に言えば、木星だの冥王星だので起きている出来事をリアルタイムで感知するすべを未だ人類は保有していない。
「漂流中……? 撃破された艦艇か?」
ただし、それでも分析は出来る。分析結果がどれだけくそったれでも何度も何度も出てくる結果を無視する事は出来ない。
「ここが突破されれば未来は無いぞ……」
たとえ、それが偶然であれ、必然であれ、もとより、もしも地球に小惑星が落っこちれば世界は滅亡するのだ。
天文学的な確率論で問えば、地球が隕石落下で滅ぶ確率は常に人類の繁栄と共にある。それが、隕石ではなく、ぶっ壊れた巨大宇宙戦艦だったとしても。
地球人最初の宇宙戦争は、そういうある種、くだらないものだった。




