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74 : Day -55 : Kita-Senju


 メンバーが増えれば、戦闘は比較的楽になる。

 なかでもヒナノの強化が、チューヤたちの目には新鮮に映った。


「……エクセ」


 耳障りのいい声。

 起動するヒナノのナノマシンは、炎のかけらをまとい、渦巻いて武装と化す。。

 うっとりするチューヤ。──ふつくしい。

 苦虫を噛み潰すサアヤ。──これだから男ってやつァ。


「なにをボケッとしているのです。戦いははじまっているのですよ」


 ヒナノを取り巻いて流れる魔力の流れは、彼女に取り憑いた新たなガーディアンによって巻き起こされている。


「あれー? ヒナノン、このまえの()()()()()ってやつ、もういなくなっちゃったの?」


 サアヤの言葉に、ハッと思い出してチューヤも慨嘆する。


「もう見られないのか、お嬢と、あの、かーばーん、って魔女っ子ビジュアル!」


「黙っとけチューキチ」


 ばしっ、と強烈な裏手。

 ヒナノの新たなガーディアン、シームルグは、イランの霊鳥だ。

 情に篤く、猛禽類の姿をしている。人語を理解し、断固として恩を返す。

 その羽根には傷を癒す効果があり、その羽ばたきで撒かれた種子は、あらゆる植物の起源になったという。


「強さを求め、増していくことの意味を、わたくしは理解したのです」


 ヒナノの魔力は、そもそもあった才能を、急速に開花させている。

 激しく降った右手の動きに合わせて、爆炎が通路を満たす。

 前面に雲集していた悪魔が、断末魔の悲鳴に消えていく。


 薙ぎ払え! どうした化け物!

 と、どこぞの「殿下」のように、一歩一歩踏み出しながら、攻撃の言辞──猛烈な火炎魔法を繰り出すヒナノに、仲間たちも一瞬、気を飲まれる。

 いつの間にやら、残敵掃討の役割しか残っていない。

 ごく短い時間で、ヒナノは、自分がただの守られるお嬢さまなどではなく、重要な火力要員として役割を果たせる事実を示した。


 ──シームルグは誇り高い鳥だ。

 イランの叙事詩『王書』に伝わり、赤ん坊を哀れんで助け、長じて王子となろうとするも、シームルグと離れたがらない。「国王となり名を挙げよ」と若者を説得し、白髪の皇子は古代ペルシアの王になったという。


「先週、あれから所用があって、イラン大使館のほうを訪ねまして」


 問われるまま、ヒナノはシームルグとの出会いを語る。


「イラン? あんまり関係なさそうだけど」


「……父が輸入品を取り扱っている関係です」


 それ以上、くわしいことを説明しようとはしなかった。

 あえて問いただすこともできず、黙ってつぎの言葉を待つ。


「小さな雛が、アスファルトに落ちていたのですよ。公園のほうで、蛇と鳥が戦っているのが見えました」


 蛇群と鳥群の戦いは、しばらくして沈静したという。

 ふと目を落としたさきに、瀕死の雛がいた。

 彼女は本能的に雛を助けたという。


「さすがヒナノン、雛ヘルパーだね!」


「そのとき、周囲が例の空間になって、シームルグが出てきたのですよ。強い力をもつ鳥であることは、よくわかりました。わたくしを助けたいと言ってくれたので、その力を借りることにしたのです」


 シームルグの羽ばたきには治療効果もある。

 雛は元気をとりもどし、大使館の梢にもどっていった。

 ──ガーディアンをつけることで、その者には、スキルや魔法が選択的に受け継がれる。

 さらにガーディアン自身の能力値によってパラメータ補正が行なわれるなど、いいことだらけだ。


「お嬢にばかり活躍されたんじゃ、ボクの出る幕がないなあ」


 つぎの瞬間、現れた敵に対して繰り出されたケートの攻撃は、光の矢となって敵を貫く一撃必殺の遠隔射撃だった。

 ケートの背後に立つ影は、古代ギリシャの名高い神──。


「パルテノン・ダウン!」


 強力な光弾がエンタシスを持った光の柱となり、残敵のうえにぞくぞくと突き刺さる。

 それは崩壊するパルテノン宮殿を思わせた。

 チューヤの目にも、いまのレベルではとうていナカマにできないレベルの魔神プロメテウスの姿が、はっきりと見て取れた。


 ──プロメテウス。ティターン神族の神。

 その名の意味は「予想」や「先見の明」とされ、優れた知性を持つ。

 ティターン神族は、大神ゼウスをはじめとするオリンポスの神々のまえに世界を支配していた神々で、巨人族とされる。その一柱であるプロメテウスは、泥をこねて人間をつくり、火を授けたという。

 ゼウスにたびたび逆らったプロメテウスは、山の頂に縛られ、毎日鷲に肝臓を食われるという責め苦を、英雄ヘラクレスによって解放されるまで受けつづけたという。

 それでもこの神は、人類に知恵を届けることをやめなかった──。


「天の火だよ。ラーマーヤナではインドラの矢とも呼ばれているがね。ハハっ、見ろ、ひとがゴミのよう……」


「そのくらいでおやめ」


 ビシッ、とサアヤから裏手がはいり、ケートのやや長いボケに終止符を打った。

 チューヤは、なかば喜び、なかば嫉妬しつつ、友人たちの成長に感嘆をあらわにする。


「シームルグにプロメテウス、国際的で超文明! なんかみんな、すっげー強くなりはじめてんね!」


「チューキチがもたもたしてる間にな」


 ぼそっと突っ込むサアヤ。

 彼女はボケ倒すこともあれば、的確に突っ込むこともできる、得がたいお笑い要員だ。


「がんばってるでしょ! サアヤこそ、そのドタマで寝こけてる犬コロを、まずなんとかしたら!?」


 ケルベロスはあくびをして、身動きひとつしない。

 パラメータ補正という点ではそうとうの恩恵を受けているはずだが、まだ序盤にもほどがあり、ガーディアンを使いこなしているとまでは言い難い。

 術者当人の魔術回路の一環として執行されるガーディアンの力は、いわば制限つき召喚だ。その能力は術者のレベルを上限として、引き出される。


「しかし、先週の今週で、もうそこまで強くなってるのは、すごいなあ」


 チューヤのナカマの数は、あいかわらず最低限だ。


「もう、みんな人生を生き急ぎすぎてない?」


 サアヤの魔法にはあいかわらず攻撃性が欠け、頭上の野良ポメラニアン(ケルベロス)も防御特化している。

 ケートとヒナノは顔を見合わせ、


「キミたちが呑気すぎるだけだろ」


「そうですね。世界はあきらかに、そして急速に変化しているのですから」


「サアヤも新しいガーディアンつけたらどうよ。回復特化はいいけど、新しい魔法とかおぼえらんないだろ。どうしてんの?」


「チューヤがつくったナカマに教えてもらってるよ」


 じつは、こっそりと加速や防御、攻撃強化といった補助魔法によって、回復以外にもパーティの援護はしているサアヤだ。

 攻撃魔法の欠如はある意味、遺伝子の問題でもあるので、いかんともしがたい。


「はあ、なるほど。悪魔使いにはそういう使い方もあったのか」


「おかげさまで、いいように使われてますけど! ……それよりさ、ケートはあの愛らしいハルキゲニアちゃんとは、お別れしたんだろ? なんかさみしいな」


「ハルキゲニア? いるだろ、ここに」


 ピン、とケートが大きな白いイヤリングを弾く。

 白磁の響きわたるような玲瓏たる音とともに、彼のライトパーマ上に浮かび上がる、古生物。


「用もないのに呼ぶ君のその行動が、君自身の内部を照らし出す」


 炸裂するハルキゲニア節に、チューヤは首を傾げ、


「あれ? ガーディアンってひとり一体じゃなかった? 新しいガーディアンつけたら、古いほうとはお別れなんじゃ……」


「あいかわらず読んでないようだな、チュートリアル。これは()()()()()()だよ。ハルキゲニアは、この()()()取り憑いているんだ」


 ケートはピアスを指して言った。

 3センチもある巨大なピアスは、たしかにハルキゲニアのシルエットを浮かび上がらせる、正真正銘5億年まえの代物だ。美しくコーティングされた頁岩は、カナダのブリティッシュコロンビアから産出された化石だという。

 5~30mmほどの大きさを持つ、不思議な形をしたそれは「夢のような」生物という名をつけられ、バージェス動物群のひとつに数えられている。


「お金持ちの趣味は、よくわからんね」


「とにかくケートは、いぜんとしてピアスの悪魔に取り憑かれてるわけか」


「5億年の記憶は、なかなか興味深いぜ。……ということは、だ」


 視線を受け、ヒナノはしかたなさそうに、胸元に下げた指輪に触れる。


「かーばーん!」


 出現したカーバンクルが、カワイイ光線をまんべんなく放ちながら、ヒナノの肩にちょこんと乗った。


「よ、魔女っ子!」


「萌えー!」


 盛り上がる男子の脳天を、どすこい、としばくサアヤ。


「ヒナノン、もういいから」


「ですね」


 ヒナノは静かにカーバンクルを指輪にもどす。

 チューヤは脳天をさすりつつ、


「な、なるほど。アイテムに取り憑いているなら、自分自身は新たにガーディアンをつけて、ステータス補正とスキル継承を受けられる、ってわけか」


「ウイルス対策ソフトと同じで、複数のガーディアンの効果が輻輳すると問題が発生するリスクがあるから、アイテム補正は1個のみ、というルールではあるらしいけどな」


「書いてあった、チュートリアルに!」


 どこか呑気な4人組の戦いはつづく。




「エクセ」


 シームルグの熱い風が室内を満たす。

 この短い期間で、ヒナノの学習した魔法は熟達の度を増している。


 実戦は著しく人間を鍛えるものだが、それは「慣れ」をももたらす。

 おかげで戦闘からは危機感が薄れ、雑談する余裕まであった。


「フランス語だと、実行ってエクセなの?」


「これは英語ですよ。exeでしょう」


「え? 実行ってエグゼじゃないの?」


 実行ファイルを意味するエクスキュータブルに、濁る要素はない。


「でもエグゼって言うよね。なんで?」


 サアヤの疑問に、プログラマ・ケートが回答する。


「なんだ、知らんのか。昔、日本でエグゼクティブという言葉が流行ったらしい。そちらに引っ張られた結果、日本ではexeをエグゼと読むことが一般化した。そしてボクの場合、じっさいエグゼクティブなので、確信犯的な意味で使っている」


「……確信犯、ですか。含蓄のあるお言葉ですこと?」


「お嬢こそ。神学機……」


 話している暇はなくなった。

 向こうからやってくる天使の群れ。

 ──アークエンジェルが現れた!


「侵入者を排除する」


「お待ちなさい、わたくしたちは……」


 ヒナノの口から神学機構の名が出ると、天使たちの動きが鈍る。だが、


「われわれの主は、こちらにおわす。過てる正義に、天誅を!」


 そう叫び、襲いかかってきた。

 ケートは皮肉な表情で戦闘を開始しながら、


「やっぱりな、天使なんてもんはしょせん敵なのさ」


「なにを言うのです、これは……悪魔によって混乱させられているだけです」


 チューヤすら納得させられない理屈。

 彼らは淡々と戦闘作業に移る。


「それじゃ、しょうがないね。倒さないと」


「し、しかたありません。降りかかる火の粉ですから」


 奈辺に正義があるのか、という古来語りつくされた議題を、ここでいまさら掘り返している暇はない。

 攻撃をしてくる相手が、敵だ。


「くたばれ、悪魔ども!」


 天使の群れを悪魔と呼ぶのも語彙の錯綜を感じるが、


「神の名のもとに!」


 攻撃を加えてるくるものが敵であれば、もはやなにが悪なのかは相対的と言わざるを得ない。


「犯罪者の巣窟が神の国ってのも、なかなか気の利いた隠喩だな」


「ヘヴン・デイズ・ウォーだね!」


「できりゃ戦いたくないけどな」


 戦いのなかで、少年たちは強くなる。




 ここまでの過程で、東京拘置所の実態もわかってきた。

 東京拘置所は天使たちの「狩り場」となっており、時折、他の宗教も混じってくる、といった状況だ。

 いずれにせよ「携挙」を看板に掲げる以上、天使たちが主役を張るのは当然といえば当然だった。


 あらゆる死刑囚の最後の権利として、彼らの信じる宗教の僧侶に祈ることは、たいていの国で許されている。

 加害者であれ被害者であれ、より死に近い場所にいる人間たちを、先に「選別(トリアージ)」することは、より()()()魂を狩らんとするものらにとって、わかりやすい順路だった。


「善人なおもて往生とぐ、いわんや悪人をや!」


「サアヤんち、浄土真宗だっけ?」


 聞き覚えのあるフレーズに、思わず問い返すチューヤ。


「先週、授業でやったじゃん、親鸞、法然、道元、栄西! あー、一週間まるまるボサってたっけ、ヒッキーのチューキチは!」


「が、学校なんかで教わるまでもないさ」


 『歎異鈔』の基礎知識で、先刻、堕天使を笑わせたばかりである。


「それにしても、天使って意外に凶暴だよね」


「ですから、彼らは悪魔によって混乱させられて……」


 ヒナノのフォローにも、ほとんど説得力がない。

 度し難い愚かさの宗教者。他人の不幸は天罰と考え、自分たちは正義と信じる。

 宗教国間の争いは、つねに「神意は我にあり」の発想で行なわれる。


 つぎの瞬間、強力な衝撃波がパーティを襲う。

 チューヤの能力をもってしてもコントロールしきれない、強力な敵。


「ぷ、プリンシパリティ……なんでこんな強力な天使がいるんだよ!?」


 一気に戦線を押し込まれつつ、戦場の再構築に追われる悪魔使いと仲間たち。

 アナライザ機能を標準装備するナノマシンは、彼我の格差が大きいことを警告している。


「……以前、神学機構の判断で、罪深い者たちにこそ救いが必要と、犯罪者たちに対する教化計画が立てられました。そのとき、布教の目的で多くの有力天使が抜擢されたと聞きます」


 ヒナノの口調はどこか他人事だ。


「なんなんだよ、その神学機構とかいうやつらはよォ」


「しょせん宣教師集団だな。死に近い連中から取り込んでいけば、うまうまと魂が集まってくるってわけだ。腐りかけの汚れた魂ほど、うまいものはないからな」


 敵の手ごわさが、彼らの敵意を増幅する。


「そ、そんなわけは、失礼ですよ……っ」


 肩をもっているはずの天使から、つぎの瞬間、その天使みずからの手で、ヒナノに対し一撃が加えられる。

 遠のく意識。


「お嬢!」


「ヒナノン……っ」


 友人たちの声が遠ざかっていく。

 ヒナノの意識は、闇に包まれた。



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