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PanDemonicA/0 -パンデモニカ/第0部-  作者: フジキヒデキ
ジェイル・ブレイク
69/96

68 : Day -55 : Chitose-karasuyama


 ケートはあくびを噛み殺しながら、いつものように通学用地下鉄に乗り込んだ。

 そこにはいつもの少女が乗っていて、いつもの美しい秘書が彼に会釈をする。


「おはよ、ガブんちょ。きょうもきれいだね」


「おはようございます。あなたもかわいらし──」


「ガブリエル。おやめなさい」


 かわいらしい、という表現をみなまで言わせないヒナノ。

 彼女も気を使っているのかな、とケートは少しく感心する。

 ガブリエルはそれ以上なにも言わず、いつものように電車を降りる。


「おはよ、お嬢。きょうもキレ」


「あなた、バックがどうとか言っていましたね」


 一瞬、表情を引き締めたケートは、すぐにまた眠そうにあくびをする。


「キレッキレだね。朝から剣呑な話かい。神学機構のお偉い秘書さんに聞いたほうが、いろいろ手っ取り早いだろう」


「聞きましたよ、うんざりするほどね。東京が……いえ、世界がどうなるか、などという話を、まじめな顔で額面どおりに聞いていられるなら」


「気持ちはわからんでもない。常識人という仮面は、時にボクらを不幸にしてくれるよね」


 ケートはつまらなそうに言って、再びあくびをした。

 電車が減速する。


「つぎは久我山、くがやま。京王井の頭線はお乗り換えです」


 風景は、いつもどおり。

 地下の景色について「風景」などと表現していいのかは疑問だが、壁のデジタルサイネージは適宜、移り変わっている。

 電車はいつもの時間に動き、いつもの減速度で止まる。いつもの駅で、いつもの顔が乗り込み、降りていく。

 そうあるべき、日常のとおりに。


「おっはよーお、おふたりさん、きょうも元気だねえ」


 元気に飛び乗ってくるサアヤを迎える、ケート、ヒナノ。

 ともに見た目はいつもどおりだ。


「おはよう。おまえさんの元気にはかなわんよ、サアヤ」


「ごきげんよう。発田さん、きのうは彼と帰ったのですね」


 サアヤは親しげに、その笑顔に似合わない殺伐とした単語を吐く。


「あー、ほんとありがとねー、ヒナノンの弁護士さんのおかげで、豚箱でクサイ飯を食わずに済んで、あの殺人容疑者も一生感謝すると思うよー」


 ケートはうなずきながら、


「手配は早かったよな、お嬢。きみが動かなければ、ボクが手をまわしてやっていたところだが」


「経済事案であれば、あなたの顧問弁護士に任せたほうがよかったでしょうけれどね」


「いやー、友情ってありがたいね。あのバカチンには、これから土下座をさせるよ」


 電車が減速する。


「つぎは西荻窪、にしおぎくぼ。JR中央線はお乗り換えです」


「おはよーおっすぅふぁあ……」


 一同のなかでいちばん疲れた表情のチューヤが、いつもの登校風景に合流する。

 彼らに共有される疲労感は、もちろん目前に横たわる共通の難題が理由だ。

 それぞれ悪魔に対するスタンスは微妙にちがうものの、体内に巣食うナノマシンは、着実に境界の側の論理を、彼らに強要する。


「なによチューヤ、あれからまた夜遊びしたの?」


「遊びじゃないのよ涙は、ハッハーン」


「あくびの涙、素直でいれたらいいね!」


 昭和の歌娘に涵養されたメンタリティは、一瞬にして空気を換える。

 そのまとわりつく昭和な雰囲気を振り払うように、


「……中谷くん。きのうのお約束どおり、お付き合いいただけるわね?」


 理解不能のやり取りを無視して、切り込むヒナノの言葉は単刀直入だ。

 衝撃を受けるケートとサアヤ。


「なによ、おまえら付き合うことにしたの?」


「ちょっとチューヤ、そこに座りなさい」


「いや学割で乗ってるから、席に座るのは申し訳ないよ……」


「心配するなサアヤ。捨て犬のキミを、ボクが拾ってやろう」


「わーい。聞いたチューヤ? あんたがいなくても代わりはいるのよ」


 ヒナノが突っ込まないので、しかたなくチューヤから話題をもどす。


「はいはい。──それよりお嬢、付き合うのはいいけど、それって」


「このまま行きます。目的地は、東京拘置所です」


 電車の停止に合わせて、ぴたり、と一同の動きが止まった。


「上石神井、かみしゃくじい。西武新宿線はお乗り換えです」


 ほどなく再起動する揺れに身を任せ、チューヤは話を継ぐ。


「ええと……それって……?」


「たしか、小菅(こすげ)とかいう駅が近いと聞きましたが」


「ああ、そうね。東拘(とうこう)の最寄りは東武の小菅だけど……じゃなくて、なんで、というか、いまから?」


「電車で行くのが面倒なら、車を呼びますが?」


「いや、面倒ではないけども」


 そこでようやく、ケートが会話に割り込む契機を得た。

 この話ばかりは、黙って聞いているわけにはいかない。


「どういうことだよ、お嬢? せっかく警視庁から解放してやったのに、こんどは拘置所に放り込んでやろうって話か?」


 サアヤもうんうんとうなずき、


「だから言ったでしょチューヤ、美女は罠を張るのよ。ちょっと塀の向こうで頭を冷やしてきなさい」


「はーい。……などというバカな話は」


「おいといて。どういうことなの、ヒナノン?」


 ヒナノはつんと視線を高みに置いたまま答える。


「あなた方には関係ありません。それで、小菅まではどのくらいですか?」


 ナビゲーター・チューヤの脳内自動乗換システムが起動する。


「任せて! 現在、川の手線の右回りで赤羽に向かっている。最少の乗り換えなら、このまま西新井まで行って東部スカイツリーラインに乗り換え、そっから駅3つだ。しかし、そのルートを使うと、乗り換えがたった1回で済んでしまう。もっと東京を楽しみたいなら、たとえば赤羽で乗り換えて」


 ずいっ、と割り込むのはサアヤ。


「ヒナノンたら、そういう訊き方をしたらだめだよ。このアホは、できるだけ長く電車に乗ろうとするから。……最短ルートをとれ、乗換案内チュー機チ」


「はい!」


 直立不動で敬礼するチュー機チ。

 この特殊な生体ナビの使用法では、サアヤに一日の長があった。

 ヒナノはため息交じりに軽く肩をすくめ、


「では、そのルートで参りましょう。発田さんも、よろしいわね?」


「はにゃ? よろしいって……えっと」


「きのう、あなたの彼氏には依頼しておきました。きょう、拘置所へ付き合っていただきたいと。ご了解いただけたと思いますが、恋人であるあなたもいっしょに来てもらったほうが、いろいろと誤解を与える余地もなくて助かりますわ」


「……はあぁ? おいチューヤ、なんの話だ、初耳だぞ」


 サアヤの鋭い視線を受け、チューヤは腕組みをして考える。


「えっとぉ、俺もどっちかっつーと初耳の部分があるんだけど……いや、付き合ってもらいたい場所があるっていう話は聞いたし、了解もしたけど、なに、それっていまから? 放課後じゃなくて?」


「拘置所の面会時間は、放課後では間に合いません。警察関係者でしょう、そのくらいのことは」


「いや、お役所仕事だからそうだろうけど、いまから? うーん」


 考えるふりをするチューヤに、見透かしたように言うケート。


「おまえ、しょっちゅう休んでるし、いまさら1日くらい増えたところで関係ないだろ」


「いや、べつに休むのはいいんだけどさ」


「いいのかよ!」


 左右から同時に裏手を入れるサアヤとケートの息はぴったりだ。


「そうだね、じゃ行こうか。……そういうわけだからサアヤ、担任にはうまいこと伝えといてくれる?」


 チューヤの目論見は、もちろんただちに挫かれる。


「どう伝えようが、担任の受け取り方はもう微動だにしない位置にいるでしょ。それより、おいチューキチ! おまえ、ほんとにヒナノンとふたりでデートできると思ってる?」


「ええと……まさかの?」


「友達のためだもの! しかたないから、付き合ってあげるよ」


「わたくしも、それがよろしいと思いますわ」


 どこかホッとしたように言うヒナノ。

 能力は認めているものの、チューヤとふたりで行動することには、かなりの嫌悪をおぼえているらしい。

 衆議一決に際して、ケートが最後の一石を投じた。


「ボクも行く」


 ケートに視線を集め、おおむね批判的な一同。


「なんだよ、ケート。学校サボるなんて、よくないぞ」


「そうだよ、チューヤみたいなダメな子になっちゃうよ」


「サボりの口実にされたくはありませんが」


 ケートは肩をすくめ、チューヤからヒナノへ順に視線を転じながら、


「どの口だ。成績の心配してもらうほど、落ちぶれちゃいないよ。いいだろ、お嬢。戦力は多いほうがいいはずだ」


「……かまいませんが、あなたにもなにか事情が?」


 電車が減速する。


「つぎは石神井公園、しゃくじいこうえん。西武池袋線はお乗り換えです」


 いつもなら降りる駅。

 だが、だれひとり、降りようとはしなかった──。



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