46 : Day -58 : Nerima-kasugacho
「研究エリアが足りなくなってね、地下を拡張することにしたのよ」
周囲を警戒しながら、ナミは照明の落ちた階段を、ゆっくりと降りていく。
脈絡と理屈にこだわるタイプ、チューヤはうなずき、
「もう東京は上下に拡大するしかないですからね」
「そういうこと。で、京都とかだと、たまに遺跡とか見つかって大変なことになるじゃない?」
「よく聞くね、そういう話」
サアヤもうなずいて応じると、ナミは結論を引き受けて言った。
「これがまた偶然か必然かわからないけど、見つかっちゃったのよね、地下に、岩戸が」
岩戸。
科学者というより考古学者の口にふさわしい言葉だが、そもそも生きる力とか魂とか、超心理学的な話題とも思える展開が連続している。
悪魔だって召喚する世界なのだから、なにが出てきてもおどろくにはあたらない。
「岩戸って、あの神話にある岩戸ですか?」
「まあ、そうなのかな? わたしは考古学にはそんなに興味なかったんだけど、なんかピンとくるものがあってね、社長にお願いして、極秘に調査させてもらったわけ」
「女の魅力で社長をたらしこんだのね、さすがおばさん」
「ナミさんの魅力も、まだまだ捨てたもんじゃないでしょ。まあ、冗談はさておきよ。科学者としての直感があったのはたしか。このさきには、なにかあるって。じっさい、上で見た観測装置の反応が、岩戸の周辺でおそろしく顕著になった。エキゾタイトの存在証明が有意に高まる」
やがてそれは「黄泉の岩戸」と名づけられた。
エキゾタイトの地球上における偏在性を調査するために、必要不可欠の地下遺構。ここからエキゾタイト調査システム「AMTRS」が開発されていく。
「AMTRSって?」
「アニミスティック・マグネタイト・テレストリアル・リサーチ・システム」
「地磁気の観測?」
「いいえ、生体磁気よ。アニミスティック・マグネタイトは、汎霊説を担保する特殊な磁場の意味。要するにエキゾタイトのこと。これらの地上における偏在性を調査するシステムで、ネットワーク端末は頭文字をとってアマテラス、って呼ばれてる」
ぎくり、とチューヤの肩が揺れる。
──光が丘。
そこに巣食う悪魔(と呼ぶのも違和感はあるが)の名も、アマテラスだ。
「あなたたちの持ってるおマグりは、このネットワークに接続しているの」
「マグって、マグネタイトのことだったんスね」
本来の意味は磁鉄鉱だが、いろいろな意味が付与される言葉ではある。
「それを模して造られた言葉だからね、エキゾタイトは」
「エキゾチックな造語だね」
「じっさいエキゾチック物質の考え方も、とても魅力的ではあるのよ」
それはテレストリアル、すなわち地球上にたしかに存在する。
その偏在性をネットワークしたシステム。
昨夜まで、岩戸に接続されていたAMTRSを経由して、チューヤのおマグりに無尽蔵に供給されていたエキゾタイトが、いまは停止している。
エキゾタイトは電気のようなもので、蓄積するのはむずかしいが、電源につないであればいくらでも使えるのだ、という。
「その発電所が、停止したわけか」
「というより、チュービングがスタックした、って感じかな」
発電というよりは、発電所の前段階、石油掘削施設に近い。
なんらかの燃料を燃やしているわけではなく、そこに貯留している石油を掘削、吸引しているだけだからだ。
現状は調査という名目だが、これがいずれどういう形に発展するかはわからない。
「どうして停止したんですか?」
「岩戸が開いたのよ……」
「え?」
「いまから連れて行く場所に、岩戸がある。いまは無理やり押さえつけて、どうにか閉じているけど、またなかからわがまま娘が飛び出そうと暴れているのが、伝わってくるでしょ?」
足を止めれば、地響きのようなものが、たしかに下のほうから響いてきていた。
「ええと、わがまま娘って」
「わたしたちは、力の源泉を岩戸に閉じ込めたまま、エキゾタイトだけを、観測という名のもとに抽出しつづけていたかった。ところが、岩戸のなかの住人が、もういやだ、ここから出せ、ってね」
わざとらしい連想ではあるが、天岩戸の神話が想起される。
あれはアマテラスが閉じこもったのを、周りの人間が必死になって引っ張り出す物語だった。
だがナミたちはいま、どうやらその逆のことをやっているらしい。
そのほうが、むしろ人類的である、とでも言うかのように。
いやがる人間を岩戸の奥に閉じ込め、彼女の生産する利益だけを、外部の人間が吸い上げつづける、という構造。
利益を生み出す家畜が、外に出ようなど断じて許されることではない。
厳重に岩戸を押さえつけ、永遠に閉じ込めておかなければならない──。
そのような想像をめぐらせると、チューヤの頬は自然とヒクついた。
「神さまを閉じ込めて、そのエネルギーを吸い取ってたんですか?」
「人聞きのわるい言い方をすれば、そういうこと。だって油田みたいなものでしょ? 神さまなら、人類に恩恵を与えてくれてもいいじゃない」
「その考え方、すごいというかなんというか……」
「神話と逆だね。神話は岩戸に閉じこもったアマテラスをどうにか引っ張り出そうとしているけど、現実はアマテラスを岩戸に閉じ込めて、エネルギーだけ吸い取り……ヒドっ! 冷静に考えるとヒドっ! おばさんヒド!」
親戚なるがゆえ、直球の弾劾。
一周まわって無感情になったかのように、ナミは肩をすくめ、
「科学ってそういうもの。石油だってほら、大事故が起こるときは起きるでしょ。今回、石油とちがうのは……いざ、その穴が必要以上に開かれてしまったとき、石油のようにあふれ出すのではなく、逆にこちらからエネルギーを吸い込むような挙動がみられる、ってこと。科学者としては興味深いけど、不測の事故に対応する責務もまたあるのよね」
あらゆるデータが有益なものとして蓄積されていく。
トライ&エラーのすべてが正当化されるロジックだ。
チューヤは現状をより正確に更新しながら、
「だからいまは、悪魔を呼ばないほうがいいのか」
「その爪に蓄積されたエキゾタイトが尽きたら、たぶん、あなたの生命力が吸われる結果になるだろうからね」
「なるほどです」
そうやって悪魔を使いこなすのが、本来あるべき召喚士だという気もする。
ナミはチューヤたちに向けて、立てた人差し指を振りながら、
「それが偏在性の問題ってやつで、わたしたちはその具体的な〝確率〟を調査してる。いろいろ数式化もできるんだけど、まあ、あなたたちに理解できるように言うなら……そういう場所だからというくらいしか」
科学者が量子力学を説明するときにも使う定型句が、ここでも用いられていた。
再び地面が振動する。吸い取られるエネルギーが増えた気がする。
「アマテラスさん、だいぶお怒りのようですね」
「小娘が、わがままばかり……」
まるで知り合いのように、アマテラスを腐すナミ。
むしろ彼女こそ何者か、と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、
「最初は、なんか呪いのお守りかと思ってたんですけど、じゃ、このお守りは結局、俺たちを助けてくれてたんですね」
「そう、そこには、生きるか死ぬかのとき、生きるほうを選択する力が込められている。どんな事故に遭ったときも、あなたたちには生き残ってもらいたい。お守りって、そのためにあるものでしょう?」
非常に納得のいく理屈だ。
そのお守りを手にするかぎり、勝ちの目がある勝負であれば、勝てる。
エキゾタイトという特殊な研究課題を、ここまで具体化させた彼女は、たしかに天才と呼ぶにふさわしい。
「このさき。気をつけて。ときどき、蓋が開く。空気が吸われるように、精気を吸われていくから」
最初、研究所にはいるときに感じた扉の陰圧は、この場所のせいだったというわけだ。
それは「岩戸」というより「石棺」に近かった。
地面に横たえられた長辺3メートルほどの石板が、上から重機によって押さえつけられている様相は、ひどくシュールだ。
かつて、ここに古墳があって、おそらく高貴な人間が葬られ、祀られていたものなのだろう。
それから千数百年、東京の地下深くに眠りつづけていたものが、このような形で目を覚ますことになろうとは──。
近畿とは比べ物にならないが、23区内にも、古墳と呼ばれる遺構は数多く存在する。
古墳をどう定義するかにもよるが、日本史では一般に3世紀から7世紀にかけての築造を指す。
23区内で発掘される古墳は、名のあるものだけで数十を数え、名もなき地下に眠る古墳となると、さらに相当数あるにちがいない。
──今回の場合、地上部分や周辺状況が判然としないので様式を断定はできないが、棺として採用されているのは、もっとも堅牢で密閉性に優れた石棺である。
なかでも古墳時代の特色とされる大型のもので、関東では群馬県などで出土している家形石棺に近い。
蓋石四方の傾斜部に断面長方形の縄掛突起があり、古墳時代の中期から後期のものであろうと想定される。
「だいぶバチあたりな感じですけど……」
「そう? ちゃんと敬意は表してるわよ。わたしたちの努力も、いずれは祈られ、讃えられるときがくる。石棺仏のようにね」
古墳時代につくられた石棺などを近世に発掘し、当代の仏師が、そこに仏像を刻んで祀る、という風習がある。
関東での類例はすくないが、渋谷区に見学可能な状態で保存されているものもある。
エジプトでも、ピラミッドの石を後世の王などが自分の工事に転用するのは、日常茶飯事だ。この手の類例は世界中、枚挙にいとまがない。
言うなれば古代の遺産を、現代の必要に応じて再利用させてもらっているわけだ。
けっしてわるいことではない、と強弁されれば、理屈としては反論しがたい部分もある。
「いいのかなあ」
「いいもわるいも、これが現実ってこと」
その瞬間、彼女の言動をバチ当たりと感じる者の意思であるかのように、地面の揺れが激しさを増し、石棺がガタガタと揺れ動いて、わずかに開いた隙間から急激に空気の流れが起きる。
じっさい、空気そのものは動いていないのだが、なにかが「吸われる」という感覚は、その場にいる全員が感じていた。
「……田尾! いる? プレッシャー上げて」
ナミの叫びに応じて、重機の影からひょこりと顔を上げた人物がいた。
ひげ面の中年研究員で、薄汚れた白衣はボロボロに引きちぎれ、憔悴しきっている。
「もう限界ですよ、チーフ」
田尾と呼ばれた男は、弱々しい声を返しながらも、手元の機械を操作して重機の角度を調整する。
より強い力で石棺を押し込むと、揺れも徐々におさまっていく。
代わりというわけでもないが、周囲に実体化する悪魔たちの影。
「また出たわね、黄泉の兵隊ども」
ナミは疲れたようにため息を漏らしながら、壁に立てかけられていたバールを手に取る。
「敵ですか?」
この手の悪魔との戦闘経験があったから、チューヤが悪魔を召喚してもそれほどおどろかなかったのかもしれない、と理解した。
ナミはうなずいて、手近の霊体をぶん殴って散らしながら、
「人間たちを食い散らかしてくれる他の種族を敵であると定義していいなら、そういうことね」
「わかりました。……行くぞ、みんな!」
ナカマたちを召喚するチューヤ。
がくん、と力が抜ける。
視界に浮き上がるナノマシンが、刻一刻と減少する内蔵エキゾタイトの量を告知する。
フリーモードから切り離されていることは、承知している。
それでもしばらくは、この召喚を維持できる目算があって、チューヤは動きを開始した。
──ヨモツシコメが現れた!
先手必勝、迅速決戦を目指し、チューヤは戦略を練り上げる。
「索敵、支援、吶喊!」
悪魔使いの真骨頂を、再び示すべく。




