表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/96

41 : Day -59 : Hikarigaoka


 光が丘駅は都営大江戸線のターミナルにあたり、川の手線(西線)に接続している。

 チューヤたちが通う高校、石神井公園駅のひとつ隣で、北東から東に進行方向を変えながら、そのさき西線と北線の境目にあたる新赤塚(地下鉄赤塚・下赤塚)駅へとつながっていく。

 ──新興住宅地と公園が広がるエリアのなかに、ぽつんと、その民間研究所はあった。


「生体医療工学研究所……ひさしぶりに来たな」


 深夜、チューヤたちの見上げる門扉は当然のように固く閉ざされ、何人の侵入もまっぴらお断りしている。

 チューヤは斜め後方を顧みて、あらためて事情を問いただすが、サアヤは憤然として、


「わからないから行くんでしょ!」


「ふしぎ探検隊か! 行く理由くらいはあるだろ」


「……これ」


 差し出されたスマートフォン。

 おばさんとの通話の録音だという。

 サアヤにしては用意がいい。


「ああ、それまえに俺が入れてやった全録アプリな」


「たまには役に立つな、チューヤも」


 たどたどしい動きで、再生画面を模索するサアヤ。


「地名とか道の説明をまったく理解しない方向音痴が、何度も聞き直せるようにしてやったことが、まさかこんなとき役立つとはな」


「ふん、いまはおじいちゃんでも使える簡単地図アプリとかあるし」


 おじいちゃんにすら及ばないサアヤが、使いこなせるかは疑問だ。


「GPSに誘導されても道に迷う時点で、もう手遅れだろ。いいから再生しろよ」


 言われるまでもなく、ようやくプレイコマンドにたどり着く。

 再生。ふたりはスピーカーに耳を傾ける。


「……あ、もしもし、サーちゃん? ごめんね、お願いがあるんだ、しばらく家に帰れそうにないから、郵便物とか……」


 冒頭部分を聞き流しながら、苦言を漏らすチューヤ。


「なんだよ、ふつうの会話じゃないか」


「最初はね。しばらく帰れないってのは()()()()()()だけど、まあ以前にもなかったわけじゃないし」


「よく泊まり込んでるもんな」


 録音はその数秒後、突然、空気を一変させる。


「チーフ、ゲートが、AM──」


 突然、音声が遠くなる。

 外部の叫び声が混じり、警報音も聞こえる。


「……ブツ……取り押さえて……っ田尾、向こうへ逃げ……ブツ……兼井、ゲート閉じて……ザッ……どうなってん、プツッ……ツー」


 切れ切れの指示とノイズ。

 断線。

 その後、何度かけなおしてもつながらなくなった、という。

 さすがのチューヤも途中から顔面をヒクつかせ、再生が終わるや否や、


「これ警察沙汰だろ!?」


「だと思ってさ、とにかく行ってみたのよ」


 電話を受けた直後、サアヤは部室から駆け出し、この場所まで直行したのだという。

 道に迷いがちな地図の読めない少女ではあったが、GPSという便利な道具の恩恵を受け、チューヤなら3分で着くところ、5倍くらいの時間をかけて到着。


 正門から突撃したが、すでに門は固く閉ざされ、奇妙な雰囲気にあったという。

 警備員らしい人間が出てきて、24時間稼働の実験中です、所内に問題はありません、部外者ははいれません、業務中の外部との連絡は制限されています、と言って入れてくれるどころか、取り次いでもくれなかった。

 チューヤは、冷静に考える時間を得て、努めて心を落ち着かせる。


「会社としては、まあ、ふつうのことじゃないのか。よほどの緊急事態ならともかく」


「緊急でしょ! こっちには録音があんのよ?」


「たしかに、なにかしらトラブってる気配だけど、業務上のトラブルなら日常的にありそうなことだし、それを解決するのも業務っちゃ業務だろ」


 それが世間の常識だとしたら、サアヤは非常識なクレーマーなのか?

 すこし考えこむチューヤに、たたみかけるように訴えを重ねるサアヤ。


「じゃあこのまま、なにもせず帰ろうってのね。私はひとりでもこの怪しげな会社へ侵入し、おばさんの無事をたしかめようという気満々だったところへ、ヒナノンから連絡がきて、しかたなくチューヤ回収すんの付き合ってあげたのに。この一週間、部員のみんなのため、溢れる愛に駆動されて八面六臂に大活躍の私を、ここに置いていこうってんだね、あんたは。たいせつな仲間の窮地を黙って見捨てて……」


「わかったわかった、とりあえずもう一回、訊きに行ってみようぜ」


「さっさと行ってこい、チュー(ヤ)キチ(ンとやることやれ)」


 蹴り飛ばされるように数歩、進んでからふりかえり、


「なんだよ、こないのか」


「私はさっき行ったばっかなの。しつこいなこの女、とか思われたら失礼こいちゃうでしょ」


「しつこい女がしつこいと思われるのは妥当な感想だと思うが、まあいい。とにかくここで待ってろ。別口で同じ人を訪ねてきたら、向こうも多少は態度を変えるかもしれないからな」


 そう言ってゲートに近づくチューヤ。曲がり角からそれを見つめるサアヤ。

 しばらく観察していると、サアヤの目から見て、おかしなことが起こりはじめた。


 ゲートのまえで足を止めたチューヤは、だれもいない空間に向かって、なにかを話している。

 指向性スピーカーとでも会話しているのか? だが、どうも態度がおかしい。

 すぐ目のまえにだれかが立っているかのように、所内を指さすゼスチャーも交えて、しばらく話していたが、やがて踵を返してこちらにもどってくる。

 そうしてサアヤの眼前に立つや否や、


「話のわからん警備員だ。秘密の研究中だから、どうしても取り次げないの一点張りで」


 サアヤは怪訝な顔で、チューヤの寝ぼけ眼に人差し指を突きつけ、


「それはいいけど、だれと話してたの? スピーカー?」


「は? だから警備員だって。目のまえに出てきていただろ」


「……目のまえ? いなかったよ、だれも。チューヤ、正門まえのちょっと離れたところでアホヅラさらして、ひとりでなにかしゃべってた。見るひとが見たら職質案件の、完全にアブナイひとだったよ」


 すくなくともサアヤ視点では、その言葉にウソも誇張もない。


「待て。あんな近くにいた警備員が、見えなかったのか?」


 ふたりで同時にふりかえる。

 もう門の外にはだれの姿もない。


 チューヤの意見では、自分はあの場所に立って、目のまえ数十センチに立っている警備員と押し問答する勢いで、ナミおばさんの無事をたしかめようと奮励努力した。

 ある意味、サアヤに対するアピールも含めたオーバーリアクションを彼自身、認めている。


 サアヤの見解では、ひとりでトチ狂ったかわいそうな高校生が独壇場を繰り広げる、寂莫たる巷であった。

 他人のふりをして帰ろうかと思った、と突っ込みどころを用意してから、そういえば、とサアヤは語りだした。


「──それ、石神井公園のときもあった、って聞いた」


「どういうことだ?」


 ぞくり、とふたりのあいだにイヤな共通記憶が鎌首をもたげる。

 ──先週、石神井公園が変になった。

 あれ以来、毎日のように変なことに巻き込まれている。


「そのとき、その空間は()()()()()()()()()と思う?」


「そういえば……そうだな。出ようと思っても出られないわけだが、はいろうと思えばはいれるかどうかは、わからん」


 コペルニクス的、というほどではないが、視点を変えてみると見えてくるものがある。


「なんかね、石神井公園がガス漏れ点検かなんかで一時的に閉鎖されています、みたいなことを言う警察っぽいひとに、なかにはいろうとしたら止められた、みたいなこと言うひといるらしいのよ」


「……警察ぐるみの陰謀論?」


 登校拒否児のチューヤは、サアヤが学校で集めてくるうわさ話についての知見はもたなかったが、彼女がそんなウソをつくはずもないことはわかる。

 サアヤは首を振りながら、


「わかんないけど、とにかく、なかにはいろうとするひとを穏便に追い返そうとするひとが、じっさいいたらしいの。だから夜中じゅう、ずっと公園にはいれなくても、そんなに騒ぎにならなかったんだと思う」


「……つまり、あれは?」


「ああいうおかしなことが、あちこちである程度()()()()()()()で、何者かが()()()()混乱を減らすための()()()、とか?」


「そういう陰謀論、できれば否定したいところなんだけどな……」


 言いながらも思い出す。さっきの警備員のようす。

 目に生気がなく、まるでロボットのようだった。

 サアヤに言わせれば、こちら側からは目視できない()()()()()()だった、ということになる。


「……民間警備会社だった?」


「企業なら自前の警備員くらい雇ってるんじゃないの」


「そうだけど、警備員を外部に委託して派遣してもらうのは、よくあることみたいよ」


「ああ、そういや……見たことのあるステッカーあったよ、たしかアルコップだっけ」


 ──民間警備アルコップ、警報警戒アルコップ、いまそこにある、アルコップ!

 というCMソングで知られる警備会社の老舗アルコップは、制服が警察官に似すぎていると指摘を受けたこともあるくらい、見た目も精神も警察官僚的な組織構造をとっている。

 経営者自身、そこに警察官が()()かのような、安心感()()警備会社を目指している、と標榜もしていた。


 各地で封鎖にあたっているのがアルコップだとすれば。

 ここに切り込むべき時期も、いずれくるかもしれない──。


 とにかく、やるべきことはやった、全力は尽くした、もう帰りたい、と言い出すチューヤ。

 彼の危機管理本能が、このさきには行かないほうがいいと非常警報を鳴らしている……のだとすれば、むしろ行くべきだ。

 しかたなく、サアヤは懐から切り札を取り出した。


 彼女のポケットから、ゆっくりと現れる。

 それは、赤黒い、人間の、生爪──。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ