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PanDemonicA/0 -パンデモニカ/第0部-  作者: フジキヒデキ
ロータスマリーの赤ちゃん
32/96

31 : Day -60 : Ukimafunado


 自分の遺伝子の正体について知見を得ることは、その悪魔召喚術の本質に迫ることをも意味している。

 テトラソミー・モザイク。

 チューヤの遺伝子が持っている、もっとも顕著な特徴である。


 有名なダウン症(21トリソミー)は、21番染色体が3本あることだ。

 一方、ターナー症候群は、X染色体が1本しかない状態を指す。

 四倍体のことをテトラソミーといい、15や18のテトラソミーには、生存可能性がある。

 だが一般的に、染色体異常と診断されれば、生存不可能とされるパターンが多い。


 チューヤは「テトラソミー・モザイク」と診断された。

 特定の染色体に分散してテトラソミーを描く、ごくめずらしい症例だ。

 妊娠中に異常な成長をくりかえしたことから、当初は成長不可能の染色体異常と診断された。中絶をお勧めします、と。

 そのとき母親は、セカンドオピニオンを求めて全国を走りまわったらしい。


 チューヤはみずからの出生について、断片的に聞き知ったことを思い起こしていく。

 いままでは封じ込めていた。

 ──母親は、この無理な分娩によって死亡した。

 悲しい記憶が意味する真実から、もう逃げてはならない。


 事実、危険な妊娠によって死亡した以上、ファーストオピニオンにおける中絶の勧奨は、まちがいではなかった。

 だが、育った赤ん坊にとっては、もちろんまちがいだった。

 あのときの母親の選択がなければ、チューヤはここにいない。


「てめえ、俺のなにを知ってるんだ」


 チューヤは強く足を踏ん張り、目前に立つ忌まわしいものを凝視する。

 母親をすこしでも冒瀆したら、殺してやろうと心に決めて。

 ──結果として文字どおり命を懸け、チューヤを産んだ母親。


 母親の肉体は破壊されたが、赤ん坊の肉体には問題がなかった。

 すくなくともいまのところ、染色体の異常が生命維持の支障になっていない。

 母親は、自分の()()()()()がせることに成功したのだ。

 彼女は半分正しく、半分まちがっていたわけだが、子どもが生きて成長していることを知れば「全部正しかった」と言って笑うだろう。


「知らんのか、クズめが。自分のことを知らんで、いったいなにを知ろうというのか。きさまに殺された女も、浮かばれんなあ」


 吐き捨てる院長。

 ──きわめてめずらしい症例で、検査の「ミス」や「誤差」とされたこともある。

 ふつうの赤ん坊なら、それで済ませることができる。現にふつうの子どもとして成長した。

 だが一方で、母親の胎内では異常な成長をし、母体を死に至らしめてもいる。

 彼は異常なのか、それとも正常なのか。


「俺は、殺してない……」


「いいや、殺した! もちろん褒めている。他人を殺して、自分が生きるのだ。()()()よ。正常に決まっている。おまえは、正しい人類の道を歩んでいる。おまえを()()()()()。おまえの染色体をくれ、わしに。()()()()に、これほど豪華な()()()()()()()()()()()()のだ」


 ぎくり、とチューヤの背中が揺れる。


「どういうことだ。この病院が境界化したのは……」


「おまえたちは、蜘蛛の巣に捕らえられた餌だ。四倍体、4体同時召喚! すぅばらしい。……たった1体の悪魔を飲み込んですら、これだけの力だ。あと3体の悪魔を飲み込めば、わしの力はどれほど伸張するだろう。

 悲劇的実験だった。そのために何人もの患者が犠牲になった。くりかえされた責任は、きさまにもあるのだ。きさまがさっさとわしのところに来ていれば、犠牲はもうすこし、すくなくて済んだかもしれぬ」


 多数の実験材料が、狂気の実験の犠牲になるのは、歴史的に見ればよくあることだ。

 それはたとえば、悪魔とのハイブリッドをつくりだす、合体実験。

 むこう側で盛んに行なわれている悪魔の所業が、こちら側にもそのトレンドを広げてきたということ。


 多重人格者は、多数の悪魔を同時に呼び出すことができる、という伝説がある。

 じっさい、それをやった狂人も多くいたし、ここにもいる。

 結果、でっちあげた魂の数だけ、悪魔に食い散らされて終わった。

 技術は、ひとつの壁にぶち当たっていた。


 一時的に複数の悪魔を召喚することは、できない話ではない。その後、ほぼまちがいなく殺されるリスクを覚悟で、試してみるのもいい。

 だが欲望は、安定的に強力な力を欲している。


 四倍体モザイク。すばらしい。

 こいつの力を食えば、もっと強くなれる……。


「データは見た。非常に興味深い。協力してくれるだろうな? してもらうよ」


 染色体が悪魔の味覚に及ぼす多角的な影響。

 自分が悪魔の論文の素材になっている事実を、チューヤははじめて知った。


「ふざけんな、てめえ」


「いいのか、女ども。さっさと先生を助けに行かなくて、いいのか」


「チューヤ……」


 複雑に揺れる女たちの視線。

 マフユはもう体半分、動き出している。

 もちろん彼女たちが戦線を離脱するのは痛いが、チューヤはこのとき、なぜか自分の心が英雄的になるのを感じていた。


「行けよ、先生を助けてやれ、マフユ、もし成功したら、なんかおごれよ」


 まさか少年漫画の「ここは俺に任せて先へ行け」を、自分がすることになるとは夢にも思わなかった。

 マフユは背中を押された瞬間に動いた。


「……わかった。必ずもどる」


 口先だけだとわかっていても、チューヤは彼女の速断を是とした。


「チューヤ、でも」


「おまえの回復魔法はぜったい必要だろ、サアヤ。──安心しろ。俺は強い。ひとりでこんなハゲモノ、いやバケモノ、簡単にぶっ倒しちゃうぜぇ?」


 こうして胸を張ることを、一般には虚勢を張る、という。

 男子が意地を張っている。女子としてどうすべきか?


「わるいが急ぎなんだ、サアヤ」


 決断の速さは、マフユの優れたところでもあり、寂しいと感じる部分でもあるな、とチューヤは思った。

 サアヤがマフユに担がれて去ると、室内にはチューヤとハゲモノ、もとい院長だけが残された。

 もちろん院長は、これから目のまえの子どもを解体し、自分の能力の拡張に使用するつもりでいる。


 一方の高校生も、自分の召喚士としての全力で立ち向かった結果、負けるならしかたない、と覚悟を決めた。


「セベク、リャナンシー、ケットシー、ピクシー! そういうわけだ、がんばってもらうぜ」


 召喚に応じ、つぎつぎに出現する悪魔たち。


「承知した。その心意気、諒とする」


「無茶なご主人だ。そういうところもまあ、わるくない」


「新しい恋人候補にして差し上げてもよくてよ」


「心震えたよ、あたし進化していいかな、チューヤ、燃え尽きるほど進化を刻んでもいい、かなかな?」


「よくわからんが、燃え尽きない程度に、どうぞ」


 チューヤに促され、舞い上がるピクシー。


「しゃおら! 伝統のピクシー進化、いっとくぅ?」


 くるくると回転しながら、その軌跡がひとまわり大きなシルエットに重なる。

 やがて舞い降りた、その魅惑的なボディラインは、少女から大人への脱皮。


「おー」


「あたしは妖精ハイピクシー。今後ともヨロシク」


 基礎的パラメータが上昇し、いくつか上位魔法を習得した、という程度の強化。

 それでもないよりはマシだろう。

 とりあえず戦隊ヒーローの変身を待つくらいの心意気はあるらしい院長は、全身に魔力を満たす。


「茶番は終わったか。それでは、そろそろ死んでもらうとしよう。……いや、生かしたままのほうがなにかと都合はいいか。では半殺しあたりで」


 立ち向かうチューヤの動きは機敏だ。


「戦略的に動いてもらうぞ、みんな。相手の行動ターンは……2か。すばやさではピクシーとケットシーが上、と……」


 ナノマシンの力により、その目には彼我の戦闘パターンが予測されている。

 人間には「魔法節約」と命令してみたところで言うことを聞かない女たちだが、悪魔に関してはほとんどチューヤの指示どおりに動く。混乱やバインドの魔法にかかってでもいないかぎり、戦闘指揮はすべて彼の思いどおりなのだ。

 これを活用するのが、悪魔使いの本領なのだと理解してきている。


 ゲームでも採用されている、「はやさ」と「うん」に依存したターン制を、チューヤの解釈で実用に供するとしたら、こうなるというひとつの解答。

 それは()()()()で、同じ名前で呼ばれるもうひとりの召喚士が得意としていた、リアルタイム戦闘制御という特技──。



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