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PanDemonicA/0 -パンデモニカ/第0部-  作者: フジキヒデキ
浜田山ゾンビライン
25/96

24 : Day -60 : Eifukuchō


「それってさ、超レア悪魔なんじゃね?」


 ワクテカが止まらない顔で、チューヤがとくに盛り上がっている。

 そんな一同に取り巻かれ、ケートはやや居心地が悪げだ。


「なにがよ」


「ハルキゲニアなんて悪魔、見たことないよ!」


「古生物だからな。悪魔じゃないんだろ」


 そもそも「悪魔」という言葉からしてどうなの、とケートは思っている。


「だってそこにいるじゃん! 海外勢かな?」


「たしかにしょっちゅう海外には行くが、最近は日本から出てないぞ」


 チューヤはうろうろとその場を歩きまわりながら、


「葛西に用事が多いってことはさ、羽田を通過するじゃん?」


「まあ川の手線を使えば、そうなるな」


「羽田さ、たまに外国のレア悪魔が出現することで有名なんだよね、目当てのマニアが常駐してたり……」


「悪魔はだいたい外国だろうが。なにが言いたい?」


()()()()()勢、どこよ!?」


 蒐集癖が暴走する。

 これは悪魔使いにとって、いい傾向だ。


「知らんがな。こいつに出会った場所なら」


「それよ、どこ!?」


「いや南千住に用があったときに……」


「南千住はスサノオでしょ!」


 ケートは辟易しつつ、


「だから知らんて」


「ええと、南千住……常磐線、日比谷線、つくばエクスプレス……近くに都電荒川線もあるけど……」


 スマホ上にオフラインマップを呼び出しつつ、ぶつぶつつぶやきながら考えるゲーム脳チューヤ。

 呆れて距離を置くサアヤたちに代わり、しかたなく相手をするケート。


「都電なんか乗らん。あそこ、なんか空恐ろしい雰囲気ないか?」


 それじたい、チューヤにとっては重要な示唆である。

 ケートが本能的におぼえた恐怖感は、故なきことではない。


 ハエの魔王、すなわちベルゼブブが支配するのは、なぜか都電荒川線のターミナル、三ノ輪橋と設定されている。

 都電にどんな魅力があるのかは謎だが、三ノ輪橋といえばベルゼブブ、ベルゼブブといえば都電荒川線、と『デビル豪』マニアのあいだではよく知られている。

 地元住民にとっては「蠅の王」かよ、とあまり評判は芳しくない。


 背景としては、つぎのような理由が想定されている。

 三ノ輪橋周辺から南千住にかけては、仕置き場──かの有名な小塚原が、二百年にわたり存在した。

 その間、20万ともいわれる刑死者を飲み込み、周辺寺社の火葬場機能も盛り込んで、19世紀初頭には、江戸の北の一大火葬埋葬センターとなっていた。

 沿線の拡張工事のたび、掘り返すたびに骨が出る、と言われるこのエリア。


「たしかに、そう考えると、山のような死体に群がるハエの大群と、魔王ベルゼブブこそがふさわしいのかもしれない……」


 魔王クラスの攻略は非常に困難なので、このエリアはゲーム内でも、たいてい後まわしにされる。

 荒川線の駅はベルゼブブの配下で多くが占められ、その難易度はかなり高い。

 都電は「終盤の難所」と言われつつ、楽しまれてもいる路線だった。

 ──チューヤの悪魔趣味は、役に立たないこともないようだが、この会話に意味があるかは微妙だ、とケートは考えはじめている。


「で、いつまでゲームの話をするんだ?」


「まちがいないんだよ、そのハルキゲニアは、つぎのアップデートで追加される新悪魔なんだ。告知もされてる。けど23区内の駅は、もう全部埋まってるはずなんだ」


「駅? なら、南千住の近くに、もうひとつあるだろう。所用で行ったはいいが、ちょうどフェスティバルの準備がどうとか……」


 ぴん、とチューヤの脳内に閃きが走る。

 画面を疾駆する指。オフラインなのでネット検索はできないが、地図アプリにダウンロードされている関連ワードから、情報が脳内に交差し、電球がピカッと光る。

 このへんの直感力を「デビル脳」という。


 ──なるほど、そういうことか。

 隅田川駅貨物フェスティバルの告知を発見するに及び、答えは出た。


「貨物ターミナル……だからか。一般の旅客は、ふつう行かない」


「おいチューヤ」


「そういうことなんだ! 新系統悪魔は、貨物専用駅に関連付けられている!」


「いや、そのときはインドから届いた貨物の話をだな」


 チューヤはケートの首を締め上げ、


「行ったんでしょ、隅田川駅!」


「あ、ああ。だから輸入した……」


「隅田川駅は旅客の発着がなくて、ふつーの人は行かないんだよ。そういうことか、アップデートで言ってた新しい隠し要素、これのことか……」


 隅田川駅をはじめ、東京貨物ターミナル駅、新小岩信号場駅、田端信号場駅、越中島貨物駅など、普通の鉄ちゃんですらあまり知らないマイナーな貨物駅は、都内にもいくつかある。

 日本貨物鉄道は多数の駅を保有するが、その大半は旅客鉄道と共有しており、多くは定期貨物列車の設定すらない。

 そんななか、貨物専用で運用される数少ない駅に、超レア古生物悪魔が住むのではあるまいか。


「おもしろい。じつにおもしろい!」


 チューヤが喜んでいるのは、ゲームの謎がひとつ解けたかららしい。

 その残念な感情の発露を、仲間たちが皮肉な表情で見守っている。


「元気になれてよかったな」


「これが新悪魔……ハルキゲニア」


 陶然とした表情で、チューヤはケートのガーディアンを見つめた。

 ──ハルキゲニアは、約5億2500万~約5億500万年まえ、古生代カンブリア紀前期中盤に存在していた、海中生物である。

 まじまじと観察すべく、チューヤが顔を近づけた瞬間、ずいっ、と動いてトゲの隙間から声が聞こえた。


「ねじを巻け、騎士団の長よ。きみの世界は84だとしても、カフカは羊飼いとともに、終わりの世界をめぐるだろう」


 悠然とその頭をもたげ、明確な言葉を紡ぎ出し、一同の注目を集めるハルキゲニア。


「……こいつ、しゃべるぞ!」


 飛び退くチューヤをはじめ、いちいちおどろく一同に、ハルキゲニアとケートは泰然として動じない。

 ハルキゲニアという名の「悪魔」に昇格することで、いかなる能力に達したか、ケートは知っている。


「そりゃしゃべるだろ。なかなかおもしろいやつだぞ、なあハルキゲニア」


「それは趣味の問題だ。ぼくはきみから嫌われるかもしれないし、そうでないかもしれない。だけどそれは、ぼくには関係がない」


 特有のハルキゲニア節が展開されていた。

 さほど悪魔に興味のないサアヤをもってしても、こうなってくるとおもしろい。


「なんか、おもしろいね、これ。こんちは、ハルキン?」


「ぼくがしゃべるのは自由だが、きみがそうする自由について、ぼくの力は及ばないだろう。たとえそれが、ぼくの名前ではなかったとしても」


 それはゆっくりと歩き、見上げてくる。

 進化の象徴としての登場。トゲの生えたミミズのようなもの。

 ケートは頭のうえに載せたハルキゲニアに向け、


「変な趣味のやつがいるようだからな、拉致されないように気をつけろ」


「与えることと得ること、奪われるものと失うもの。完璧な絶望が存在しないように、完璧な孤独もない。さあ、スパゲッティを茹でてくれたまえ」


「あいよ、家に無事、帰れたらな」


 チューヤは、噛み合っているケートとハルキゲニアを、半ば感心して眺める。

 ハルキゲニア節……なんだかよくわからないが、きっと奥深い理由があるにちがいない!


「なんか、めっちゃ文系な感じだな、こいつ」


「そうか? 意外に理系トークで盛り上がれるぞ。なにしろ5億年まえのこととか知ってるからな。もっとも地球には45億年の歴史があるし、ハルキゲニアさえ、たった5億年くらいまえのことしか知らない、とも言えるわけだが」


 理系のケートに、文系を混ぜたハルキゲニアは答える。


「45億年とは心外だ。それはただ確認できる最古の()()()()から、単純に計算しているにすぎない。だが、つぎの知らせはワインの傾きにつれて、聞くとしよう」


 古生代カンブリア紀。

 澄江生物群、および、バージェス動物群に属する動物。

 有名なのはアノマロカリスで、2メートルほどもあったという説もあるが、もっとずっと小さかったという説もある。


「けっこう小さいんだな」


 ハルキゲニアを見つめて言うチューヤの素朴な感想を、ケートが言下に否定する。


「バカはこれだから困る。ハルキゲニアは本来、もっと小さい(全長5~30ミリメートル)んだ。5億年かけて成長したんだよ、ここまで」


 言いつつ、耳につけた巨大なピアスをピンと弾く。

 3センチ程度のそれは、たしかに化石を意匠したピアスであり、おそらくは本物の化石なのだろうと思われた。


「そ、そうなのか」


「キミの大好きな悪魔ってのは、要するに()()の存在だろ? 微生物由来の〝病魔〟だって、場合によっては目に見えた形をとる。ペストという名の死神はよく知られているな」


 学問的な問題になってくると、途端に口数の減るチューヤではあるが、新規探索傾向は他の「男の子」たちにも引けは取らない。

 とにかくケートのスキル「ニードルストライク」と「麻痺針撃」はハルキゲニアから受け継いだもののようだ。成長すると「刹那五月雨爆撃」を習得するらしい。


 それ以外にも、ケートはクリスの関係から使える魔法をいくつか会得してもいる。

 ケートの能力はじっさい、リョージに勝るとも劣らないレベルにある。その能力の一端を支えるのが、この超レア悪魔、ハルキゲニアということだった。


「奥が深い! 東京、鉄道、悪魔!」


「おいチューヤ、ゲームの話はもういい」


 ケートがそろそろ怒り出すな、と察したチューヤはすぐにその場で正座をする。


「はい。……で、なんの用で行ったの? 隅田川駅」


「世界を破壊する兵器、ブラフマーストラを輸入してきた」


「……おい」


「ジョークがわからないとアメリカには行けないぞ」


「タチわるい冗談だと思うけどね、この状況だと!」


 意趣返しを果たしたケートは、ふんと鼻先で笑いながら、


「きみは、この状況で延々ゲームの話をしてたじゃないか」


「ごめんよ!」


「とにかく、この国にはボクの知るかぎりでも、4つ以上の勢力がしのぎを削っている状態なんだ」


 一同、あらためて周囲を見わたす。

 東京を支配するいくつかの勢力のうちのひとつが、この地下空間を支配しているのだという。


「それじゃ、ここは……」


「すくなくともインド系の()()()()()勢力は、関係ないはずだが」


()()主義の()()勢力も関係ない、とサレオスは言っているぞ」


 リョージのガーディアンも交えて、現状認識が更新されていく。

 せいぜい、カオス、コスモス、ニュートラルくらいで済んでくれると、ゲーム的にはシンプルでいいのだが、とチューヤは思う。

 その3分割すら、ゆとり仕様で「ごり押し正解ニュートラル」に統一されつつある昨今、それ以上のシナリオ分岐を求めてくるライターは、ふつうに首を切られるんじゃないかな、と無用の心配をしてみる。


「あとは、だれがいるんだよ」


「国際犯罪組織のダーク系。たしかあの蛇女の関係者が、()()()()とつながっていただろう」


「うげ、それって」


 顔面をヒクつかせるチューヤ。

 鼻先で笑うケート。


「さすが組織犯罪課の刑事の息子、川東かわとう連合の恐ろしさは知っているようだな。あとは()()()()だ。ある意味、こっちのほうがやっかいな相手だよ。ガブっちと、いずれは敵対するかもしれないと思うと気が滅入る」


 ケートの認識する世界は、どうやら四つ巴で均衡しているようだった。

 ほへえ、と気の抜けたような吐息を漏らすチューヤ。


「複雑なんだな、世界って」


「むしろ、どれだけ単純化して見ていたんだ、キミは」


「アメリカがいい人で、中国がわるい人とか、もう通用しなくなってるからな」


 中華料理店に勤務するリョージとしては、主に台湾系ではあるが、漢字文化圏に親しい人物が多い。

 現実問題、海外はもとより国内ですらチャイナとのJVが増えている、とゼネコンの末端に位置する父親も言っていた。

 アメリカ生まれのケートは、いつもの反骨精神を発揮して、


「そもそも日本人を何百万人もぶっ殺してくれたのは、アメリカ人だしな」


「ヘイトをまき散らさない! もう、どんどん闇に染まってるよ、みんな気をつけて!」


 サアヤが急いで火消しに走る。

 この会話が無意味なものとは思わないが、なんらかの邪悪な影響を受けていないとは言い切れない。

 男子三人、しばらく顔を見合わせ、意識的に呼吸を整えてから、


「いや、すまん。……この地下空間を見るかぎり、どの勢力にも属さないアウトローっぽいな。アウトローじたいを糾合しているのはダーク勢力だが、あいつらに秩序ある支配なんて期待しようもない」


「つまり井の頭線のゾンビラインは、いわゆる野良勢力ってことか」


 現在、善福寺緑地公園の地下を移動しながら、南を走る井の頭線に沿って、最寄り駅を浜田山から西永福、永福町へと向かっているところだ。


「ゲームにそういうストーリーはないのか」


「だから言ったと思うけど、このゲームにストーリーはないの。設定だけ放り込んで、あとは自由に遊んでください、っていうゲームなの」


「ゲームの話はもういいと言っただろうが」


「あんたが訊いたんでしょ!」


 相方を組み替えて盛り上がるチューヤたちを制し、リョージがすこし進んで遠くに目を走らせる。


「おい、ドツキ漫才している暇はないぞ。そろそろ朝だ。動くなら、いましかない」


「ようやくか。それじゃひとつ、実力を示してこようかね、ハルキゲニアくん」


「きみがそうすると決めたことを、きみがやる。ぼくはそれを見守り、時に手を貸すかもしれないが……」


 再び呼び覚まされる、悪魔の力。

 4人の人間と、そのガーディアンたち、そして召喚される4体の悪魔。


 すべての戦力を駆使し、若者たちは勝利へ向けて駆け出す。

 戦いは再びはじまり、そして日の出とともに幕を閉じる──。



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