表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/96

14 : Day -63


 世界が月曜日だったとしても、引きこもりには、なんの関係もない。

 曜日感覚がなくなって、はじめて一人前なんだぜ。


 チューヤは自分がどれだけ甘えているか、気づかないふりをして、ベッドで過ごす3日目を満喫する。

 満喫、という言葉が当たるほど有意義な時間ではない。

 ただ、時間だけが解決してくれるものもある。

 そう信じて、チューヤは逃亡生活をつづける。




 コンコン。

 窓からノックが聞こえる。

 ありえない。ここは4階だ。

 羽の生えた妖精でもなければ、ノックできるはずがない。


 コンコンコン。

 ピクシーなんてこの世に存在しない。ゲームのなかの話だ。

 現実とゲームの区別がつかなくなったら危険、だろ?

 地上10メートルの出窓から聞こえるノック?

 風だ、風。そろそろ冬がくるな。


 コンコンコンコンコン。

 台風でもきてるのかな。まあ東京は災害に対して強靭化されたはずだからな。

 洪水にも強いし、地震対策もかなり進んでると聞いた。

 それでも自然災害は怖いからな。たしか冷蔵庫の横に避難用のハザードマップあったな。


 ココココココココココンコンコココンコン!


「うるせーな! 開いてるから勝手にはいれ!」


 16連打ノックが始まるに及んで、ついにチューヤも現実を認めた。

 こういうノックをする人間に、心当たりがある。

 もちろんピクシーではない。

 数年来、この方法で迎えたことはなかったが。


「こんばんはー、チューヤ元気?」


 ひょい、と出窓を()()()()開けてはいってきたのは、あたりまえのようにサアヤ。

 隣に住む幼馴染のデフォルト設定、窓からの出入り。

 彼女が引っ越して以来は長らく封印されていたが、久々に活用されることになったわけだ。


「病気だ。移ると困るからな、早く帰れ」


「もう、えっちぃことしてるかと思って、遠慮してたんだよ」


「遠慮してるやつが何十回もノックするか!」


「またまた、うれしいくせにぃ。はい、これお見舞い」


 差し出されたタッパー。

 中身はわからないが、大方の予測はつく。


「そのへん置いとけ」


「温めてこようか?」


「いらん。リョージの料理は冷めてもうまい」


「そうだけど、やっぱり温かいほうがおいしいよぉ」


 返事を待たず、サアヤは勝手知ったる中谷家のキッチンへ向かう。

 遠くからレンジの音。

 チューヤはふりかえりもせず、PC画面に流れる『デビル豪』のプレイ動画を眺めている。


「おばさん、まだ帰ってなかったね」


「あの人もワーカホリックだからな。うちのオヤジといい勝負だ。家賃がもったいない」


 背中を向けたまま廊下を隔てたやり取り。

 年ふりた夫婦のようだ、と思っても言わない。

 介護でしょ、と返されるのがオチだ。


 発田家が一戸建てに引っ越して去った後、空き家になるはずだった隣家には、当初、サアヤの叔母が彼氏とふたりで引っ越してきた。

 結婚を前提に付き合っていたが、一年ほどまえ、その彼氏が突然、病気で死んだ。


 この家は呪われている、と一部の関係者の間で一時、騒ぎになった。

 彼氏の死ぬ数年まえ、サアヤの弟が交通事故で死んでいたからだ。

 住む人間が、つぎつぎと死んでいく家。


 気持ち悪ければ引っ越していいのよ、いいえ、引っ越しなさい。

 発田家の人々は、申し訳なさそうに、すこし強めの口調で叔母さんを説得したのだという。

 だが。


 ──わたしは科学者よ。彼が死んだのは病気。

 病気を治せなかったのは科学の敗北。

 勝利するために、わたしは研究をつづけなきゃならない。


 以来、おばさんはほとんど家に帰ってこなくなった。

 職場である研究所にいる時間のほうが、はるかに長くなった。

 きょうもきょうとて、泊りがけの研究所生活をつづけているようだ。


「親戚とはいえ、勝手にはいったらまずいだろ」


「べつにいいって、おばさん言ってくれたよ。ついでに掃除しとく条件で」


ていのいいハウスキーパーだな。……いただきます」


 冷めてもうまいリョージ鍋は、温めなおしたらさらにうまかった。

 がっつくチューヤを眺めながら、サアヤはゆっくりと問いかける。


「……でさ、なにがあったの?」


 一瞬だけ動きを止めるチューヤ。


「おぼえてないなら、そのほうがいい」


 そのまま食事をつづける。

 ──サアヤは「死」に対して、ひどく敏感で、脆いところがある。


 弟が死んだとき、もう五年もまえのことだが、あのときのサアヤは本当にひどかった。

 おばさんの彼氏が死んだときも、弟ほどではなかったものの、悲しみの深さはよく伝わってきた。

 とにかく「死」というものから、彼女は引き離しておかなければならない、とチューヤは思っている。


 今回、親戚でもなんでもない、無関係の人々とはいえ、目のまえで数人が、そしておそらくは何十人規模で行方不明になっているこの事件。

 このことを彼女がどう考えているのか、それについて問うことじたいが恐ろしく、できればスルーして済ませてしまいたい。


 この世にはアンタッチャブルな物事が、いくらでもあるものなのだから。

 ……するとサアヤは、そんなチューヤの気持ちを忖度したかのように、問わず語りにゆっくりと語りだす。


「ほんのちょっとね、記憶はあるんだよ」


 咆哮するワニの衝撃波に包まれて、吹っ飛ばされた。

 剛腕がなにかをつかみ、なにかをむしり、なにかを嚙み砕いた、そんな印象が記憶のどこかに残っている。

 赤いものが飛び散って、悲鳴が交錯していた。

 すべて、金曜の夜から土曜の未明にかけて起こったこと。


 目のまえで幼児が嚙み殺されたところを、はっきりと見ていたわけではない。

 その記憶もあいまいだ。

 命の恩人のおじさんが殺されたことも、よくわかっている。

 その場面に出くわして、自分はそこから逃げたのだと思っている。


 だけど、それじゃいけないと気づいた。

 自分には力がある。すくなくとも、死にそうな人を助けてあげられるかもしれない力を、手にすることができた。

 この力で、なにかできることかあるのではないか?


「だけど、私の考えを押しつけるつもりはないんだ。チューヤはチューヤで考えて、結論を出せばいいと思うよ。……じゃ明日、学校でね」


「…………」


「おやすみ、チューヤ」


 空っぽのタッパーを手に、部屋から去る幼馴染のことを、チューヤはそれから長いこと考えつづけていた。

 明日までに答えは、出そうにないが。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ