61 公爵家の欲望
公爵家の使用人たちが常識人でケイナーシェを苛めることはなく食事等の世話は普通にされたので生きることに支障はなかった。だがそれはケイナーシェを哀れんだためでも妬んだわけでもなくただ無関心で公爵から言われたことを最低限でしていたにすぎない。
ケイナーシェが学園に入学する少し前にヨンバルディとの婚約話が出て瞬く間に成立した。王家と公爵家の政略婚約であると公爵は理解した。
「王家も我が家を認めているのだ。
ケイナーシェが第二王子と同じ年齢なのは運命だ。引き取ってやったのだから役割を果たせ」
公爵家は家族四人が贅沢過ぎてもっと金銭を欲しがっていてそこに湧いて出た婚約話であったため喜び勇んで飛びついた。
学園ではケイナーシェが婚外子であることは有名だったし十二歳から学んで間に合うわけもなく一組に入れなかったこと、にもかかわらずヨンバルディの婚約者だったので生徒たちからバカにされ無視されていた。
公爵が王家の思惑に気がつくことはなく、王家と姻戚になるから捕まることはないと大喜びで裏事業を拡大させていく。そして公爵家の手下だったティルキィの伯爵家も娘を第二王子の愛人にして地位を盤石にしようとベッドへ送り込んだのだった。
これまで慎重にことを運び尻尾を掴ませなかったが大胆になれば綻びは出てくるものだ。言い逃れができないほどに証拠が揃い捕縛へと繋がった。
貴族裁判にかけられることになるが公爵家も伯爵家も無事で済むわけがない。
ケイナーシェがパーティーに着ていた似合わないドレスは公爵夫人がわざと用意したもので使用人たちはそれを着せただけである。
そんな家なのでケイナーシェに面会も届け物もあるわけがなく、ケイナーシェの服毒自殺の毒が公爵家から持ち込まれたものだというのは噓で、その嘘は家宅捜索の足掛かりにされたのだった。
リアフィアが退室した後、第一王子の差配で配置された衛兵がケイナーシェの公爵家メイドの制服を着たエイミが入室したのを確認している。女性が使用しているという理由で入室を制止された衛兵はその時にはすでにその部屋にケイナーシェはいなかったことを知らない。
ケイナーシェが無実を訴えながら服毒自殺をした――という建前――ことで学園でもドリーティアたちへの苛めについて再調査された。………………というのも建前なのだが。
再調査という名の元、一人一人面接が行われた。ヨンバルディによってそれはケイナーシェに関係がないという証拠が揃えられていたしそもそもケイナーシェと親密に接点のある生徒など皆無なのだから指示のしようがないことは生徒は誰でも知っている。
すでにヨンバルディが学園を退学し城を出ていたので表面上の罰は与えられなかったが調査官に面接を求められたというだけで充分に噂と醜聞の対象になりその後に影を差すことになる。
ヨンバルディもまた、ケイナーシェに冤罪を被せたとして罰を受けることになった。
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四人はその日のうちにオミナード王国の王妃陛下の指示で王子宮を出て隣町の貸屋敷へ移った。
「生徒たちへの主立った罰は無しか。公爵令嬢が他界したことになっているというのにな」
イードルがカトラリーを置いて水を手にする。
「ケイナーシェ様が元平民でありパーティー直後に貴族籍も抜けていらしたのでそうなったと思いますわ」
「それは第一王子殿下が?」
サバラルはナプキンで口元を拭いた。
「言葉はなくとも促したのだろう。公爵家は娘の失態に責任を負いたくないから籍を抜く手続きに喜んで署名した。普通なら数週間かかるが即日に了承されたよ。そして翌日には捕縛だ」
為政者としての勉学になるからと王太子はイードルに衛兵に紛れさせてその場にいさせた。
「公爵家について我々に公式に報告するわけにはいかぬから私に見させたのだろうな」
「モヤモヤします…………」
ゼッドは肉の塊を口に放り込んだ。
それぞれ自分の姿に戻ったイードルたちは貸屋敷の食堂で食事を済ませて解散した。
夜が更けた頃、暖炉がパチパチと火を灯している貸屋敷の応接室の大きな出窓の傍でフェリアは透き通る夜空を見上げている。
「リア。大丈夫か?」
「ドリー様……」
イードルがフェリアの肩にブランケットを掛ける。それを支えるように自分の左肩に右手を置いたフェリアが顔を少し悲しげに歪ませた。
「領民を薬物の実験台にするなんて。あのようなことができる者たちがいるのですね」
フェリアは伯爵領地での話を思い起こしていた。
「多くの金銭を手に入れそのような感覚が麻痺したのか、それとも生来のものか……。
いずれにしてもまともではない」
「はい……」
「我が国ではありえないとは言えない。だが領民が声を上げられる治世にしていきたいな」
「はい……」
フェリアの右手へ重ねたイードルの左手に甘えるように頬を寄せた。
「ケイナーシェ嬢の怪我はこれから快方に向かうだろう」
「お心の傷はゆっくりと癒やしてさしあげたいですわ」
「そうしてやってくれ」
イードルは優しくフェリアの頭を撫でた。




