58 婚約破棄宣言
それからニ時間ほどのパーティーでヨンバルディが婚約者ケイナーシェに声をかけることもなくケイナーシェも近寄ってくることもなく時間は過ぎていった。ケイナーシェは誰とも話しもせずダンスもせず壁際に立っていて存在を忘れらているかのように生徒たちの話題にもあがらなくっていた。
そろそろお開きかという時間になり生徒会のメンバーが動き出した。
テラゾンが生徒会長の元へ行き何やら耳打ちしてからヨンバルディに頷いて合図を送った。
ヨンバルディがドリーティアをエスコートして舞台へ上がる。
「ケイナーシェ! 前へ来てもらおうかっ!」
壁際に視線が集中する。
ケイナーシェは逃げることも叶わず怯み扇を握る手がカタカタと震えた。震えを抑えながら舞台を見るとヨンバルディと目が合う。ヨンバルディは目を細めて怒りを表しているようであった。
『とうとうこの日が来てしまったのね。私……明日からどうしよう……。
ううん……今日でさえどうすべきかわからないわ』
不安であるがヨンバルディの呼び出しに拒否権があるはずもなくビクつきながらも一歩踏み出す。
『私、とうとう婚約を破棄されるのね』
ずっと畏れていたことが目の前にやってきて心痛に蹲りたくなる。眉が下がり今にも涙が出てしまいそうだが下唇を僅かに噛んで必死に耐える。一歩一歩息を整えるように呼吸しながら歩き舞台下までやってきた。
口を開けば憂慮で泣き叫びたくなるので声を出すこともできなかった。
『怖い……』
後ろからの不遠慮な視線とあざ笑う声と罵り、そして舞台上から見下す王族。ケイナーシェは倒れないようにするだけで手一杯である。
「ケイナーシェ。お前が僕の愛するドリーティアを苛めあまつさえ危害まで加えたこと、赦すわけにはいかないっ!」
「え?」
ケイナーシェは予想だにしないヨンバルディの発言に口をパカンと開けた。恐怖も震えも一瞬にして止まりただただ唖然とする。
「公爵家の名を使い女子生徒たちにドリーティアへの嫌がらせを強要していたという証言は一つや二つではない。
そのような卑劣な行為をするような者とは婚姻などせぬっ! 今日をもって婚約は破棄とする」
小さな歓喜声があちらこちらからした。
「お、お待ち下さい、ヨンバルディ様! 私はそのようなことはっ!」
「黙れっ!」
ヨンバルディはケイナーシェに最後まで発言させずに遮った。
「お前の言い訳など聞きたくもないっ!
衛兵っ! ケイナーシェを貴族牢へ入れておけっ!」
「「「はっ!」」」
ケイナーシェはあっという間に拘束され連れ出された。あ然とする生徒もやらしく笑う生徒もいる。
ドリーティアがやらしく笑う生徒の一団を睨みつけるとその一団から尚更笑いが飛ぶ。
「あのような者たちが蔓延っているっていいのかしら」
ドリーティアは仲間にだけ聞こえる声で言う。
「あれもまた社交界の一部ですわ。どの国にもある面です。
残念ながらあれらを完全排除することは不可能ですし、完全排除したとしてもまた違う形で湧いてくるのです」
「リア……。貴女はあれらのような者たちも束ねていかねばならないのね」
「はい。しかし蔓延らせはしますが浮上はさせません。間接的に永遠と縁の下にいていただくつもりですわ。本人たちには気取らせず……」
リアフィアの妖しい笑いに男たちは――女装の男たちも含めて――ブルリと震えた。
「わ、私には耐えられなそうですわぁ……」
消え入りそうな声のバラティナにリアフィアの輝く笑顔が戻った。
「バーバラ様もルルーシア様もわたくしの大切なお友達でお味方で協力者ですわ。うふふ」
バラティナが顔を青くしてシアゼは顔を赤くした。バーバラはバラティナの婚約者で、ルルーシアはシアゼの婚約者である。
『僕の婚約者は怖いのかも……』
『社交界の荒波を乗り越える俺のルルーシア……。かっこいい……』




