53 ひけらかす爵位
先日まではドリーティアを守るためバラティナが真ん中に近い方を歩いていたが今日はバラティナを壁側にしていた。
誰かとすれ違う度に腹に気合を入れていたドリーティアは体格がバラティナよりよいということもありぶつかられても転ばない。
「な、何かしら? 彼女は謝罪はしておりましたわよ」
ぶつかってきた女子生徒ではなくいかにもこのグループの中心人物と思われる女子生徒が答える。開き直った女子生徒は顎をあげて腰に手を当てた。
『下の者にやらせたのか……。姑息な……』
ドリーティアは尚更見逃す気を失せさせた。
「ええ。わかっているわ。
それにしても貴女、高位貴族のご令嬢よね? 後ろの皆さんもかしら?」
ドリーティアは扇を三本ほど開け顎に当てると見下すような微笑みを見せる。
「は?」
女子生徒は扇を三割ほど広げて口元を隠した。
「そのどうみても高価そうなお靴もやけにケバケバしい髪飾りも学び舎に相応しいとは思えない扇も、子爵家や男爵家のご令嬢にやすやすと買えるものではないわ」
「ええ。そうよ。わたくしの家はマーキス侯爵家。貴女より爵位は上! なの。
こちらの皆様も侯爵家か伯爵家の者よ」
自分の後ろにいる四人の身元も説明する。四人もなかなかに高価そうな小物を身に着けている。
三人の女子生徒もまた怒りを顔に出していた。ドリーティアにぶつかった者だけが顔色が悪い。
『私は王族、バラティナはデューク公爵家だけどな』
心の中で嘲笑う。
「侯爵家のご令嬢がここまで態々…………」
侯爵令嬢がこめかみを引くつかせた。現場は三年七組の前であり、侯爵令嬢は普通三年三組より下位クラスには所属していない。
「まさか三組から落ちてしまっておりますの?」
「そわなわけないでしょっ! お友達にご挨拶に来ただけよ。わたくしがここを通ることに何か問題でもあるのかしら?」
「ドリー!!」
ドリーティアたちの後ろから声がした。
「ルディ! 来ないでっ!」
「だがっ!」
ドリーティアが振り向いて手を翳して止めるとヨンバルディは走ってきた足を一度止めたがゆっくりめに歩いて近付く。
「シアゼさん、テラゾン」
「殿下。ここはドリーティア様にお任せいたしましょう」
二人に腕を掴まれてヨンバルディは渋々頷いた。
「口は挟まぬ。だが、この国の学園内での揉め事は把握したい」
ドリーティアたちの声がぎりぎり聞こえるあたりで足を止めそれを見たドリーティアは再び侯爵令嬢に向き合った。
ヨンバルディの登場に侯爵令嬢とその一団五名は顔を青くしている。侯爵令嬢はお腹の前で扇を握りしめて震えいる。
「今のことについてはヨンバルディには口を出させないから安心なさって」
侯爵令嬢は今度は怒りで顔を赤くする。
『淑女だろう? コロコロと顔色を変えるなよ』
ドリーティアはそれは言わないがわざとそれを表現するように目を細めて涼やかに笑った。
「この学園のご令嬢方は足腰がお弱いのですね」
バーリドア王国より体格が良く女性でも武道に携わる者が多いオミナード王国の学園の生徒がそんなわけがなく、野次馬の女子生徒たちもざわめく。
「そのようなわけがございませんでしょう! 貴女は午後の授業にご出席されないからこの学園の女子生徒の剣術を知らないのではありませんか? まあ、王都から離れたところでお過ごしなら仕方が無いのかもしれませんけど」
『爵位で脅してからの田舎者扱いねぇ。母上の特上嫌味を散々聞かされた私にはそよ風に感じるわ』
ドレスの罰で受けた母親王妃陛下や祖母上王后陛下からの口撃はまさに強烈なものであった。
「ここ数週間、たくさんの女性の方が何度もおよろけになっておいででしたわ。そぉんな踵の低い革靴で体勢を崩すなど、私の知る本物の淑女の皆様にはありえません。
その方々は十センチを越えるヒールを履いても優雅に気品溢れるウォーキングとダンスをなさいますもの」
ドリーティアとバラティナとシアゼの頭の中にダンダダーーンと効果音が鳴り響き六人の淑女の姿が浮かび上がる。
王妃陛下はドリーティアにウォーキングレッスンを施す時に足運びの手本を見せるために足元を見せてくれた。
バラティナの母親公爵夫人は茶会の席で極太ヒールでは鳴らすことのできない気品ある靴音を響かせていた。
シアゼの母親侯爵夫人は市井の視察と茶会では明らかに身長が違うことをシアゼは気がついていた。
自分たちの婚約者の足元は『ドレスの罰』の際に確認させてもらっている。ラッキースケベはオマケである。
「私はその女性たちが何もない廊下で足元を崩す姿など見たことがございませんの。
特に高位貴族の淑女の方はお酒をお召になってもすべてが優雅で上品ですわ。
ですからこの学園の皆様の足腰が心配で心配で……。まさか学園内でご飲酒なさっているわけではございませんでしょう?」
扇を深くして目線を斜め下に向けた。




