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52 廊下は危険地帯

 学園に通い三週間が過ぎた。

 王子宮の一室でバラティナの着替えを手伝うチルシェが心配そうにバラティナの体をチェックしていく。


「生傷が絶えませんね」


 スネやふくらはぎ、太もも、肩、腕、大きなものではないし大怪我というものではないがコイン大のあざがいくつもある。


「私が鈍いから……。この程度なら何でもないわ。でも、今日はドリー様も巻き込んでしまったの。ドリー様にお怪我がないといいけど」


「医務局に行かれなかったのですか?」


「うん。ドリー様が平気だって言うから」


「では、ご様子を伺って参りますわ。バラティナ様はごゆるりとお茶をなさってください」


「ありがとう。そうするわ」


 ドレスからワンピースに着替えたバラティナは夕食までの一時に自室のソファに身を沈め学園でのことを思い出していた。



〰️ 〰️ 〰️



 休み時間にドリーティアとバラティナが並んで廊下を歩いていた。反対側から来た生徒たちのために少し端により歩みを進める。


『ドン!』

「いたっ!」


 バラティナより少し体格のいい女子生徒の一人がバラティナの肩にぶつかってきてバラティナはよろめいてお尻を付く。


「ごめんなさぁい!! 躓いてしまったわ」


「だ、大丈夫ですわ」


 バラティナは少し捲れたスカートを慌てて直した。その女子生徒がバラティナに手を伸ばす。ちょっとだけ訝しんだが拒否をするような状況ではなくその手を取った。バラティナの腰が浮く。


「きゃあ!」

『ドサッ』

「っ!!」


 その女子生徒が再び躓くような仕草をして手を離してしまいバラティナはもう一度転んだ。


「ごめんなさぁい」


「バラティナ!」


 今度はドリーティアが助けの手を伸ばした。


「ありがとうございます……」


「いいのよ。怪我はない?」


 二人が振り向くとそこに女子生徒たちはすでにいなくなっていた。急なことなので顔もよく見ていない。顔を認識したところでわざとではないと言い切られて終わりだろう。


「姑息だ……」


 ドリーティアは奥歯を噛み締めた。


 その様子を成功と見たのか日に二度三度と似たようなことが起きた。三度目には手を差し伸べることもなく口だけ謝罪し去っていく。同じ生徒ではないからたちが悪い。

 ドリーティアが怒りを表そうとするとバラティナが止めるので息を吐いて我慢する。


 それが数週間も続いた。ドリーティアはバラティナに解決策を施すことを提案したがヨンバルディ婚約破棄作戦のためには一人でも多くの者から何かしらの攻撃を受けたほうがわかりやすいとバラティナが訴え耐え続けていた。


 しかし、今日の体当たりは殊更勢いと角度がよくバラティナはドリーティアを巻き込んで転んだ。

 マルティとその友人たちが駆けつけて二人を立ち上がらせる。


「ありがとう」


「アイツら……。やり過ぎだ」


「マルティ様。私なら大丈夫ですから。

ドリー様。お怪我はございませんか?」


「平気よ」


「医務局へ行きましょう。俺が案内します」


「本当に大丈夫。それより、この辺りは子爵家か男爵家の者が多いのよね?」


「七組の近くなのでそうですね」


 マルティはキョロキョロして行き来する者たちの顔ぶれを確認する。


「そう……」


 ドリーティアは目を細めた。


〰️ 〰️ 〰️


 バラティナの部屋にチルシェが戻って来る。


「ドリーティア様は特にお怪我はないそうです。それよりバラティナ様のご心配をなさっておいででした」


「何も言わなかったわよね?」


「もちろんです」


「こういうときは淑女でよかったわね。男同士ならズボンを剥ぎ取られて検分されてしまうわ」


「ふふふ。そこまでなさいますか?」


「男の更衣室なんてそんなものよ。乗馬訓練の後なんか怪我自慢大会になるのだから」


「バラティナ様はいつも上位にいそうですね」


「まあ! 失礼ねっ! でも本当だから反論もできないわ」


 バラティナの拗ねたフリにチルシェが笑う。


「女性の靴って硬いのよねぇ。あと扇も何気なくあちらこちらに当たるのよ」


 自分の靴のヒールやつま先でスネやふくらはぎにあざができていると自覚のあるバラティナはスカートの上から自分の足をさすった。


「装飾品をお付けになると尚更ですよ」


「まあ! 装飾品って武器なのね」


 戯けるように驚くバラティナにチルシェは苦さを含めて微笑した。


 〰️ 〰️ 〰️


『ドンッ!』


「あらぁ! ごめんなさいね」


 今日もまた女子生徒たちがそのまま立ち去ろうとした。


「おまちなさいっ!」


 女子生徒たちが振り返ると凛とした立ち姿のドリーティアが片手を腰に当ててしっかりと立っているので、女子生徒は目を見開いた。


 女子生徒は舌打ちが聞こえてきそうなほどに顔を歪めた。

 

『ヨンバルディ殿下のご寵愛の方に直接やるつもりはなかったのに…。』


 制服ではない二人組の女子生徒にまるで気が付かなかったかのようにぶつかるという行為だったため、わざとドリーティアたちの方を見ないようにしていた。だから今までも二人のポジションを確認せずにぶつかりにいっている。

 バラティナにぶつかりに行ったつもりである女子生徒が青ざめていく。

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