4 王妃陛下からの誘い
イードルとフェリアが入室すると正面の豪華な椅子に座り執務をしていた王妃陛下が顔を上げて紺色の瞳を向けた。赤みの入った金髪はきれいに挙げられて一部の隙もない淑女がそこにいる。
「二人共よく来てくれたわ。そちらへ座って」
ソファに促され並んで座った二人。
フェリアが少し距離を置こうとしたのをイードルが手をギュッと繋いで止めた。体をビクつかせたフェリアだがそれに従った。
「今お茶をしてきたばかりなんだ。何もいらないよ」
イードルが優しくメイドを制するがそれには王妃陛下への嫌味が込められている。
『フェリアとの楽しい時間を母上に邪魔されるとはっ!』
「わたくしもとりあえずはいらないわ。
そんなにカリカリしないで。本当に大切な話があるのよ」
王妃陛下もメイドに声をかけ笑って二人の向かい側の席についた。
「早速用件に入らせてもらうわね。
隣国からフェリアへ留学のお誘いが来ているの」
「「え!!」」
二人はハモったが表情は真逆だ。フェリアは喜色めいて笑顔になったがイードルは眉を寄せて不機嫌さを増し増しにさせていた。
「え?」
「クククッ」
イードルの不機嫌さに驚くフェリア。その二人の一連の表情を肩を揺らして笑う王妃陛下。
「もしかしてボイディスの差し金ですか?」
イードルの眉間の皺は益々深くなっていく。
ボイディスはイードルの従兄弟で辺境伯子息である。イードルと同年齢でイードルに兄弟がいないため王位継承権三位である青年だ。二位はボイディスの父親である王弟が持っている。
ボイディス本人にもその父親であり王弟である辺境伯にも王位簒奪の意思がないためボイディスは進んで隣国オベリア王国に留学した。
留学する際、ボイディスはイードルにフェリアに恋慕の情を抱いていたことを明かして行っており、イードルは未だにボイディスがフェリアを狙っていて取られてしまうかもしれないという恐怖を抱えている。
そんなボイディスはその隣国オベリア王国で素敵な出会いがありすでに婚約の意思を固めているのだが、今現在のイードルとフェリアはそれを知らない。
「あら? イードルはボイディスの動向が気になるの?」
王妃陛下が意地悪そうに笑う。イードルがドレスの罰を受けている間はイードルはフェリアの公爵家に出入り禁止にされていて、その際たまたま帰国したボイディスは王妃陛下の策略でフェリアと毎日夕食を共にしていた。
ボイディスがフェリアに恋慕の情を持ち口説くために公爵邸に通っていたと思っているイードルは苦虫を噛み潰したような顔である。
「フェリア。気にしないでただの嫉妬だから。本当に狭量で余裕がないわね。
まあ、自業自得だけど」
笑みを深めた王妃陛下に『自業自得』と言われたイードルの怒りはしょぼしょぼと小さくなり肩まで丸くしていた。
「イードル様。王妃陛下のお話を聞いてみましょう?」
イードルの膝にそっと置かれたフェリアの右手にイードルは自分の左手を重ね小さく頷いた。
「まったくっ! 安心しなさいっ! ボイディスが留学しているオベリア王国とは別のお国オミナード王国からのお誘いよ」
この国は三カ国オミナード王国、トステ王国、オベリア王国に接している。
「えっ!! そこはっ!!」
イードルの嘆きにフェリアはイードルを安心させるため左手をもイードルの左手に重ねる。
オミナード王国にはイードルやフェリアと同じ年齢の第二王子がいる。フェリアがまだイードルと婚約していない頃にフェリアの持つ『第二王子と年齢の合うバーリドア王国の公爵令嬢』という肩書だけで婚約の打診が来たことがある。政略結婚としては当然の打診ではあるがフェリアを溺愛している家族は遺憾に思っていた。更には王妃陛下が幼い頃からフェリアをいたく気に入っていたのが幸いし王妃陛下の権限でズルズルとその話を引き伸ばしている間にイードルとフェリアの婚約が成立したのだった。
その婚約話については相手がバーリドア王国とのつながり強化を望んだからだと理解しているので公爵家としてもすでに怒りなどはない。
「いい加減にしなさいっ! フェリアを信じられないの?
それにっ! ヨンバルディ第二王子にはすでに婚約者がいらっしゃるわよっ」
王妃陛下は怒りというより呆れで声を少々荒らげた。フェリアは王妃陛下に苦笑いで返しイードルはあからさまにホッとした様子を見せた。