48 パーティでのテクニック
「他にもパーティーでしたら転んだ方に躓いたフリをして手にしている飲み物や食べ物を落とすこともありますし、学園でしたらインクの付いた羽ペンやインクビンを落としたりということもあります」
「きっつぅ」
レライの説明にヨンバルディが思わずこぼす。
「リアフィア嬢もこのようなことを知っておられるということですね?」
ヨンバルディは先程リアフィアが『転ばされただけか』とバラティナに聞いた件を確認する。
「ええ。それもこれも社交術の一つですので。
わたくしはそのような手段をとることはございませんよ。ですが、やられることはあるかもしれないと思うことはあります」
「え!!」
ドリーティアが目を見開いた。
「ドリーティア様。リアフィア様は王太子妃候補様方の集いに何度もいらしておいででした。そういった集いほどこのような行為が過激な場所はございません」
レライの説明で自分のためにリアフィアがいじめられていたことがあったかもしれないことにドリーティアは顔を青くした。
「実際に逃げ出したご令嬢もいらっしゃいましたわ。
でも、大丈夫ですわ。それなりに対策いたしますから」
防衛術の一つかもと思ったシアゼが聞きたそうに身を乗り出す。
レライが手を伸ばしてリアフィアが立ち上がる。
リアフィアはスカートのサイドをぎゅっと握りしめた。
「危険そうな人物の脇を通る時にはこのようにいたしますの。踏まれてもその力に負けないようにですわね。
ふふふ。タイミングが良ければここで手を引くと」
スカートを握るサイドの手を前へ持っていく。
「踏んだ方がお転びになることもあるそうですわ。わたくしは経験しておりませんけどお尻を床に付けて転んでいるご令嬢を見たことはございますね」
スカートを踏まれて転べば膝を着くのだから尻を着いているのは先に手を出した方なのは当然の理である。
四人の頭の中にも状況が蘇った。
『確かにパーティーの最中に膝つきや尻つきする不自然に転んでいる女性を見たことはあるぞ』
メイドによって直ぐ様助けられるしその淑女は即座に帰るので話題にも登らないことがほとんどであったため真実を知らなかった。
「後は踏まれた瞬間に立ち止まって即座に振り返るのです。踏んでいらっしゃる足が滑ってこれもお転びになる場合がございますし、半身だけ振り向けば踏んでいることを視認できます。
レライの説明のようにさりげなければスルーがマナーですが現行犯ならいろいろな形で応酬できます」
「すごい……」
シアゼは攻防戦に目をキラキラとさせたが他の男たちは複雑な顔でげんなりしている。
「パーティーに数回臨めばわかることですしわかればやられないテクニックを持つだけですから、お転びになられていらっしゃるのは大抵はデビュタントの年かそれに近い方ですのよ」
バーリドア王国もオミナード王国もデビュタントは十五歳である。十八歳になるリアフィアたちはすでに何度も格闘場もといパーティー会場に足を踏み入れている。
「デビュタントパーティーに行く前に教えてあげればよいのでは?」
「大抵のご家庭ではお教えすると思います。しかしデビュタントの年では舞い上がっていて当然ですので、そのような教育は頭から飛んでおりますわ。実際に体験するなり目の当たりにするなりしなければ思い出しませんでしょうね」
レライがリアフィアを座らせるようにエスコートしながら答えた。
「確かに男でも緊張でダンスのステップを忘れる者が多発しますね。飲み物を零す者もいるほどです」
ヨンバルディの指摘に男性たちは賛同した。
「淑女の世界って恐ろしげな世界だったのですね」
バラティナは口に手を当ててレライを見つめて震えている。
「うふふ。慣れてしまえば仔猫たちの戯れ、蝶たちのダンスですわ」
リアフィアは優雅に笑ってお茶を口にしてゆっくりとテーブルに置く。
「殿方にも転ばせるという手段を用いることがありますわよね?」
「確かにやる者はおりますがやってから隠れたりはいたしませんわ」
ドリーティアは閉じた扇を顎に当て思案気味に答える。
「隠れるどころか『やったのは俺だ! 文句あるのか?』と言う意味を込めてニヤついたり睨みつけたりしていますね。暗黙の了解で見て見ぬふりなどないですよ」
『悔しいなら俺を追い抜いてみろという気持ちが込められているという建前があるが単なるイジメでやっている者たちも少なからずいるんだよな』
シアゼは騎士団の新人への洗礼のようなイジメの風習が好きではないがあるということはわかっているのでほんの少し鼻で息を吐く。
「それに転ばせた後に物をかけることは余程の悪関係でない限りやらないと思いますわ」
「兎にも角にもバラティナ様に大きなお怪我がなくてよろしかったですわ」
リアフィアに笑顔を向けられてバラティナは困り笑顔をした。




