45 優男のアピール
「天使ちゃん。大丈夫かい? 制服じゃないからスカートが長くて踏んでしまったのかな?」
この学園は全校生徒が制服であるがドリーティアたちは短期かもしれないと見せるためあえて制服にはしなかった。もちろんドリーティアたちは短期のつもりだ。
バラティナのドレスはAラインとエンパイアの中間の形で後ろは長めであった。
『普通、転入生のスカートを踏む?』
バラティナは呆れていたがそれより目の前のニヤケた男をどうにかしなくてはならない。
差し出された男の手を取らずに立ち上がる。
「お手間をおかけするほどではございません。私は大丈夫ですわ。どうやらおみ足が長すぎる方がいらっしゃるようですのでそちらの方のご心配をなさってください。きっと日々不自由な生活をなさっておいでですわ」
振り向きもせずに釘を刺したバラティナにドリーティアは転んだ原因を知ってわざと扇を下ろしてバラティナの背中側の六人ほどの女子生徒を目を細めて睨むように見るが澄ました軽いニヤケの者たちばかりで犯人が誰かはわからない。
「メイドにお願いして明日からは皆様のおみ足の邪魔にならない服にしてもらいますわね。
ですから私の心配はご無用ですわ」
「そんなこと仰らずに。僕たちの目の保養になってください」
ニヤケから女性を虜にするために研究したであろう笑顔を見せた。
バラティナはドリーティアより可愛らしい様相である。ピンクを基調としたドレスは首までレースであるが腕にはレースはなく肘までのバルーンスリーブが可愛さを引き立てていて水色のボブのカツラによく合っている。
「あら? わたくしなら質素なお衣装でも貴方を魅了することなど容易いですわ。ご心配なく。
魅了はいたしますがお相手はいたしませんので誤解はなさらないでくださいませね」
女子生徒たちから殺気が上がる。極上の笑顔を見せたバラティナは真顔に戻ると唖然とする男子生徒の脇をすり抜けて席へ座った。
「ドリー様。授業が始まりますわ。お座りになって」
「わ、わかったわ」
ドリーティアに危害を加えるものはなく席に着くことができた。
男子生徒が振り返り自分の席へ戻る。
「俺はマルティ。いつでも声をかけてよ」
マルティはバラティナの斜め横前に立ち覗き込むように言った。僕から俺に変わったのは本気度の違いかもしれない。
「謹んでご遠慮申し上げますわ」
「うーん! 楽しみだぁ!」
マルティはカラカラと笑いながら席へと戻っていく。
『勘弁してくれ』
バラティナは本心を隠して無表情を貫きドリーティアも小さく嘆息してから真顔で前を向くとちょうどよく授業の教師が入室してきた。
午前中の授業が終わり二人は立ち上がった。勉強の内容は問題ないがオミナード国語の勉強になるので授業はなかなかに楽しめるものであった。
「食堂へ案内するよ」
マルティがにこやかに近寄ってくる。
「ご心配には及びませんわ」
「うーん……。なら!」
マルティはいきなり跪き手を伸ばす。
「バラティナ嬢。わたくしめにご案内させてください」
「かるっ!」
「え?」
バラティナの扇の奥の呟きはなんとか聞こえなかったようだ。バラティナが断ろうと口を開こうとすると外から声がかかった。
「ドリー! ランチへ行こう!」
振り返るとそこにはヨンバルディがいた。教室が色めき立つ。
そんなものを清々しくお構いなしに扱う輝かしい笑顔のヨンバルディがドリーティアたちのところへ行くと跪くマルティが固まっていた。
「何だ? お前は?」
ヨンバルディは百八十度変わった態度と声音になるとマルティが慌てて立ち上がる。
「お二人とクラスメートになりました子爵家次男マルティと申します!」
「ドリーティアに何か?」
ドスの利いた声にマルティは肩を揺らした。
「いえ! 私はバラティナ嬢を食堂へエスコートしようと思いまして」
「なぜ?」
短い語句が迫力を増させる。
「お二人は食堂の場所を知らないと思われますしドレス姿のバラティナ嬢は先程も躓かれましたのでエスコートが必要かと思いまして」
ドリーティアがわざと渋い顔をした。それを見たヨンバルディはバラティナが何もないところで躓いたわけではないことを察する。
「必要ない。
テラゾン。バラティナ嬢のエスコートだ」
「はい」
テラゾンはヨンバルディの側近であり王子宮の使用人の一人だ。伯爵家の三男でヨンバルディと同年齢なので学園内での護衛を兼ねている。旅程の伯爵邸の持ち主の家の者だ。




