43 ヨンバルディの人気
学園へ近づくと人々の声が響くようになってきた。王家の馬車であることに気がついた生徒たちが声を上げているのだ。
二台の馬車は侯爵家以上が利用できる馬車寄せに回り馬車が止まっただけで狂喜の声がする。
あまりの声に後ろの馬車内にいるリアフィアは目を丸くした。
「二ヶ月ぶりにヨンバルディ殿下がご登校なされましたので生徒たちが喜んでいるのです」
「イードル殿下がご登校なされてもこうはならないぞ。イードル殿下も男性として見目も知性も武勇も優れていると思うが?」
「ヨンバルディ殿下は遊び人でお一人の女性とのお付き合いが長くはないとのイメージから『一度でもいいから』とその座を狙う方が多いのです」
「は?」
「そのような印象は受けませんでしたが?」
シアゼは怪訝な声を漏らしリアフィアの質問に大きく同意した。
「ありがとうございます」
メイドは我が事のように嬉しそうである。
「殿下は皆様に対して素を見せていらっしゃることが本当に喜ばしく感じております」
「つまり遊び人は演技ですのね?」
「はい。その理由に付きましては頃を見て殿下からお聞きください」
そうこうしているうちに先頭の馬車からヨンバルディが降り立ち黄色い声がこれでもかと響いた。ヨンバルディはその黄色い声を無視して馬車へ振り向く。
振り向いた意味を予想した生徒たちは水を打ったように静まった。期待と驚愕と願いを込めた視線が馬車に降り注がれる。
その中心となっている人物がとろけるような優しく爽やかな微笑を貼り付け馬車へと左手を伸ばすとその手に制服ではない薄い水色の繊細なレースを纏った腕が伸ばされる。そしてその手がヨンバルディに重ねられた。観衆から息を飲む声が漏れる。
さらにヨンバルディがそっと手を引き馬車から出てきたのは銀糸の長い髪に濃い空色の瞳をした美女であった。
ドレスはデコルテの少し上から喉の中間まで腕部分と同じレースが使われている。胸から足首まではレースより少し濃い目水色の煌めく生地を使っていて胸下で切り返しのあるエンパイアドレスである。
ギリギリとまでデコルテを出すかどうか論議が交わされた。しかし、『少しずつ披露していきましょう』というレライの意見でこのドレスに決まった。
『それなら首や背中の脱毛は必要なかったのではないか?』とドリーティアががっくりしたのは余談である。
ヨンバルディが壊れ物を扱うがごとく丁寧なエスコートで踏み台を降りた美女の腰に触れるか触れないかほどに右手を回した。美女は目線を下げて無表情を貫いていた。それがまた神秘さを瀑揚げしている。エンパイアドレスはこれまで着てきたプリンセスラインよりさらに歩きの美しさが際立つドレスであるがドリーティアのウォーキングが優雅さが損なわれていないのはドリーティアの努力の賜物と言えよう。
ヨンバルディの仕草は二ヶ月前より確実に洗練されているうえとてつもない美女を伴っているため観衆は呼吸をするのも忘れて見つめている。
「そんな……」
「どうして……」
息を吹き替えした誰かが呟くと次々に声が上がり遂には怒声とも狂気とも嘆きともつかない声や泣き叫ぶ声やすすり泣く声までも聞こえてきた。
それを見越したように学園と王子宮とで編成された護衛が女子生徒たちを割るように学園の玄関へと道を広げていき二人はそこをゆっくりと優雅に歩みその後ろ姿さえも目を奪われた女子生徒たちの悲鳴となる。
「本当にすごいですわね」
「ヨンバルディ殿下の演技の賜物と婚約者様の質の違いかと」
「は?」
「え?」
「リアフィア様は未来の王妃陛下として生徒たちにも慕われていらっしゃるのではないですか?」
「もちろんだ! 男女関わらずリアフィア様は大変な人気だ」
シアゼは即答したがリアフィアは顔を赤らめて扇を広げた。
「わたくしの予想ですがリアフィア様を差し置いてドリーティア様の婚約者になり変わろうとする者がいないのだと思うのです」
「普通はいないだろう?」
シアゼはさも当り前にそう言った。
「え?」
シアゼの答えにリアフィアがツッコむ。今度はシアゼが真っ赤になった。
リアフィアとリナーテを挿げ替えようとしたためにドリーティアとバラティナとシアゼがドレスの罰を受けたことはまだ記憶に新しい。
「そそそそそその節は大変なご無礼をいたしましたっ!」
深く頭を下げたシアゼにリアフィアは口を緩めて赦した。
「ふふふ。謝罪を受け入れますわ」
ふとリアフィアは何の反応もしないメイドを不思議に思いメイドに首を傾げればメイドはそれを察する。
「レライ様より大まかな内容はお聞きしております」
当然といえば当然である。男爵令嬢並みに淑女らしい青年がそこここにいるわけはないのだから説明されて然るべきだ。
『王子宮の使用人たちには知られているのかぁ……』
シアゼはがっくりと項垂れた。




