39 イードルの目覚め
リアフィアがドリーティアの口に吸い飲みを向けた数度目にドリーティアがのどを動かしたタイミングでゆっくりと目を開けた。
すでに昼に近かった。
「リア……」
「ドリー様。おはようございます。お体のお加減はいかがですか?」
「こんなに寝たのは数年ぶりだよ。心配かけたね」
笑顔のリアフィアの瞳から一筋の涙が流れた。その頬に手を伸ばして優しく拭う。
「ご無理をなさらないでくださいませ。お薬の混入に気付いていながら飲み干すなど……」
「少し苦味を感じた。
ルディから話を聞いていてね。王族として何もできずに罪のない一つの家門を失くさせたことに後悔していたようだった。だから伯爵たちの陰謀に乗ってやればやりやすいかと思ったのだ。
まさかあからさまに犯人は彼らしかない状況で王子の愛人を毒殺まではできないだろう。
薬を盛ったとしても娘を愛人二号にすれば赦される範囲のものだろうと考えた」
「そのご推察はおっしゃる通りですが、お国に戻ったらそれはいけませんよ。未来の国王陛下なのですから。ヨンバルディ殿下へのお優しいお気持ちからなのはわかりますがドリー様のお手に国民たちの未来が乗っているのですよ。
ドリー様は本当に浅慮で心配です」
「未来の王妃が思慮深いから大丈夫だろう」
目を細めて優しく笑うドリーティアにリアフィアは泣きそうな顔で笑い返した。
「皆も心配しておりますゆえ、声をかけてまいります」
「ああ。頼むよ」
リアフィアが立ち上がりドアに向かう。
「リア」
「はい」
涙を押え慈悲深い笑顔に戻ったリアフィアが振り向く。
「目が覚めた時、愛しい君の笑顔を一番に見ることができてとても幸せに感じた。側にいてくれてありがとう」
リアフィアは予想していなかったドリーティアの甘い瞳に顔を赤くしてクルリとドアに向き直る。
「こ、婚約者ですもものの。当たり前ですわっ」
パタパタと急ぎ足で出ていくリアフィアの後ろ姿にドリーティアはクスリと幸せそうに笑った。
入室してきたバラティナがベッド脇で涙を流しその後ろに立つシアゼが下唇を噛んで泣くのを我慢した姿にドリーティアは何度か謝罪の言葉をかける。
温かいスープを持ってきたレライにはリアフィアの数十倍の嫌味を言われたが目の下の隈を見てしまえば口答えもできず苦笑いでその小言を聞いた。
ヨンバルディが入室してくると悲壮感漂う姿にドリーティアが他の者たちの退室を命じる。リアフィアは扉を閉める直前に深々とドリーティアに頭を下げたヨンバルディとギイドとテラゾンの後ろ姿が映りそっとその場を離れた。王族が頭を下げる姿など見せてはならぬものだと判断したのだろう。
『本当にお優しいわ』
リアフィアは騎士たちの手を借りず自分でそっと扉を閉めた。
だが、リアフィアの予想とはかけ離れたやり取りが行われていた。
ドリーティアはテラゾンに命じて背中にクッションを置き身を起した。
「ルディ。もし君の恋人役がフェリアだったらどうするつもりだったんだ?」
ドリーティアは目を見開いて怒りを顕にしている。
「それは……その……。そうだ! 食事の誘いを断った!」
ヨンバルディは余裕がなくアタフタと答える。
「それでは相手が夜這いに来ないかもしれないだろう? つまり君には食事の誘いを断るという選択肢はなかったはずだが」
眉を寄せて正論を叩き込む。
「そ、そうだな。なら、僕だけが誘いを受けたかな……」
首を捻りながら答えるヨンバルディに側近二人も汗を手で拭っていた。
「その場合、フェリアを眠らせてはいないのだからフェリアを拘束する夜襲があったかもしれないな」
「そう……だな。すまない。やはり君たちは宿ヘ泊まってもらうべきだった」
「私が恋人役だから済んだが今後フェリアへの警備は厳重にしてもらわねばならないっ!
フェリアは私の大切な婚約者だ!」
ヨンバルディはその言葉に驚嘆した後悲しげに微笑した。
「本当にすまない」
ドリーティアはヨンバルディと婚約者との関係を思い浮かべ嘆息した。
「もういいよ。没落した子爵への後悔は聞いていたしな。もう少し寝る」
テラゾンがクッションを外す。
三人は扉へ向かうが扉の直前でヨンバルディが振り返った。
「イードル王子殿下。僕は堂々と婚約者を大切にできる君が羨ましい。フェリア嬢といつまでも仲睦まじくいてくれ」
「………………わかった。私もそれが望みだ」
寂しげに笑ったヨンバルディはギイドとテラゾンを連れて部屋を出ていった。




