3 イードルの努力の理由
フェリア自身も男女パート両方を恙無くこなすがそのように考えたことがなかったため首を傾げた。
「ははは。フェリアは女性だから気付かぬうち完璧なリードをしていたのだろうな。確かにフェリアのリードはとても踊りやすい。女性パート初心者の私でもきちんと踊れるのだから」
「わたくしどもは淑女D科一年生とレッスンしておりますので自然にフォローをしているのかもしれませんわね」
淑女D科とは子爵家男爵家の長女でないご令嬢が主に在籍しており将来メイドになったり平民になったりするための教育を受けているのでダンスなどは得意ではない。
「私は女性パートを踊ってみて私とフェリアではリードに力を入れるタイミングの違いや力の入れ具合の違いを大変感じたよ。
フェリアの求めるタイミングやフェリアをもっと大胆に華麗に見せる力具合など模索したいことが山程ある」
イードルは自分のリードで輝く婚約者を想像してうっとりとした。
そんなイードルの姿にフェリアも喜びで口元を緩ませる。
「侯爵夫人のアドバイスであるから間違えはないとは思うが、自分の感性と合わずにフェリアとのダンスに良い傾向を見つけられなかったらと思うとフェリアには理由を言えなかったのだ」
イードルは自嘲した。
「わたくしは仮令答えがでなかった場合でもわたくしのためにイードル様が何かなさってくれたことを嬉しく思いますわ」
「そ、そうか。私はフェリアをその……」
イードルが俯いてゴニョゴニョ言い出すタイミングでメイドの一人がやってきた。年は召しているが胸を張り威厳ある佇まいで貫禄十分なメイドである。白髪が少しだけ混じった濃い緑髪は後ろに一つにまとめてあり細い黒メガネの奥の漆黒の瞳はとても鋭い。
そして他のメイドとは一線を画した服を着ている。メイドというよりは家庭教師のような簡素だが品格と威厳を象徴しているような服装である。
「殿下。ご歓談中に失礼いたします」
その顔を見て目尻をピクリとさせたイードルにとって幼い頃から畏怖感を持っているメイド長レライであった。
このメイド長レライにはイードルがドレスの罰を受けている際も、いの一番に嫌味を言われたし事細かく注意もされてきた。
「メイド長。何かあったのか?」
基本的に使用人たちへの差配で忙しく、時間があれば王妃陛下の周りのことをしているメイド長が執務室ではなくフェリアとの茶会の席に来るなど…………。
『喜ばしい話を持って来たとは考えにくい』
イードルは心の中で盛大にため息をついたがそれを隠して笑顔を作った。この笑顔作りも淑女教育体験の賜物である。
そんなイードルの努力もメイド長にかかれば愚にもつかないことである。
「笑顔がお上手になりまして何よりでございます」
イードルの笑顔は固まりフェリアも苦笑いした。フェリアの苦笑いにメイド長の真面目な顔も少し緩む。それを見咎めたイードルは笑顔を止めて不機嫌を顔に出した。
「フェリアへの優しさの半分でも私に欲しいものだ」
「お言葉ですが殿下には厳しくさせていただくことがわたくしからの優しさでございます」
小さく会釈するメイド長にイードルはげんなりと肩を落とした。
「それで? どうしたのだ?」
「はい。王妃陛下がお二人をお呼びでございます。二十分後に王妃陛下の執務室へいらっしゃるようにとのご伝令です」
「そうか。わかった。しばらくしたらそちらへ向かう」
「かしこまりました。お伝えいたします。では御前を失礼いたします」
頭を上げたメイド長はフェリアに笑顔を向けてから踵を返して戻っていった。
「私への態度との違いがひど過ぎはしないか?」
イードルは普段のメイド長の姿を知るメイドに質問を投げかけた。
「僭越ながら、フェリア様は未来の王妃様でございますしそのご資質をメイド長も認めておられ将来尽くす方として好意を持っていらっしゃると思われます」
「まあ! 嬉しいわ」
メイド長がいるときにはイードルにその場を任せていたフェリアが思わず喜びを表した。
しかし、それよりもイードルが顔を真っ赤にして俯いてブツブツと呟いた。
「そ、そうか、フェリアはすでに王妃となるべくと認められているのか。それはつまり私の妻としてということだ。
メイド長も認める私の妻……」
飛躍した妄想をしたイードルに訝しげな視線を送るメイド。イードルの真っ赤な顔とメイドの視線に理解ができず首を傾げるフェリア。その仕草を微笑ましく見る騎士たち。
バルコニーは平和な空気に包まれていた。
しばらくして持ち直したイードルはフェリアに手を差し伸べ優雅にエスコートして王妃陛下の執務室へ向かった。