36 イードルの機転
捕物劇から遡ること数時間前。
食事とお茶を終え別館への道の途中ヨンバルディにエスコートされているドリーティアが急に体重をヨンバルディにかけた。
「す、すまない。このまま」
力の入らない様子のドリーティアがか細い声を絞り出す。
「わかった」
ヨンバルディはドリーティアを支える力を強めた。たった徒歩一分ほどの道のりであるがヨンバルディにはとても遠く感じる。ドリーティアを様子を伺いたいがそれをせずに平然を装い歩くのはドリーティアがそう見せることを望んでいたからだ。
「バラティナ嬢。別館へ入ったらフォローを頼む」
何を頼まれたのかわからないバラティナであったがとにかくその時にはできるだけ側にいるべきなのだと察し心構えを持って後ろを歩く。
別館へ入るとすぐにドリーティアが崩れるようにヨンバルディの方へ蹌踉めきヨンバルディとバラティナでドリーティアが転ばぬように支えた。
「レライ……」
消え入るような声でドリーティアが名を呼ぶメイドレライはすでに脇にいた。
「茶に混入していた。毒ではないだろう……」
ドリーティアはそう言うと意識を失った。
「レライ! ドリーはどうしたのだっ!?」
ヨンバルディはドリーティアを支えたまま座りとりあえずその場にドリーティアの腰を下ろした。
「おそらくは睡眠を促す薬を盛られたと思われます。ドリーティア様ご自身が毒薬ではないとご判断なさり騒ぎたてないために全てをお飲みになられたようです。ドリーティア様はある程度の毒には耐性もありますし嗅ぎ分けることもできますから」
「ドリーティア様はきちんとスプーンをお使いになられておりましたから毒ではないことは判断なされたと思いますわ」
バラティナと交代してドリーティアに寄り添ったリアフィアは左手はドリーティアの手を握り右手でドリーティアの額を撫ぜる。
「お熱もありませんし逆にお冷たいわけでもございません。本当におやすみになられているだけだとは思います。
とにかくベッドへお運びし主治医を呼びましょう」
ギイドとレライでその場が仕切られドリーティアは充てがわれた部屋とは別の部屋へ運ばれた。
「ドリーティア様へ危害があるとは考えにくいですが念のために」
別館にてそれぞれの部屋へと案内された後に『あとは我々が』とレライが眼力で伯爵家のメイドを別館から全員追い出した。そして念のためにと充てがわれた部屋以外の部屋もいつでも使えるようにベッドメイクをしたのだった。
旅に同行している王宮医の見立てもリアフィアとほぼ同じで寝息の深さからも時間が経てば目覚めるだろうと判断された。
ドリーティアをメイドと護衛騎士に任せて別館の応接室に集まった。
作戦会議というとことでギイドとレライは椅子を用意して着席する。主人たちと同じソファに腰を下ろさないことに優秀さを感じる。
「君たちには迷惑をかけないし被害も出さない予定であったが見立てが甘くてすまない」
座るやいなやヨンバルディは頭を下げずとも目線を下げて謝辞を表したことに面食らう。側近であるギイドとテラゾンの頭の位置は直角より更に深いほどである。
「ドリー様のご判断でもありますからお気になさらないでくださいませ。
あれが毒であったならドリー様はお飲みにならなかったと思いますわ」
「毒ではなくとも……。まさか王族が連れている者に薬を盛るなど正気だとは思えない」
ヨンバルディが指で目頭を押えた。
「あれらは、薬の効能を理解していなかったのではないでしょうか?」
シアゼはギイドに鋭い視線を向けた。
「…………悪知恵は働きますのでさすがにそこまで愚かではないと思います。量を間違えたというところでしょうか」
「俺には十分に愚かで浅はかで愚者に見えますが」
「シアゼさん」
興奮してきたシアゼにリアフィアが優しく諭すように名を呼べば、シアゼは唇を噛んで我慢した。その姿にヨンバルディたちは尚更に心苦しくなった。
「助けてくれると自信のある後ろ盾もいるのでしょう」
ギイドの言葉にヨンバルディが真っ白になるほど拳を握りしめていたので、リアフィアたちはその後ろ盾が誰であるかを聞くことは控えた。
「この中でなぜドリーティア様だったのでしょうか?」
こういうことに一番慣れていないバラティナが問うた。
「ドリーティア様と寝所でお会いにならないためと思われます」
ギイドが際どい話を平然と真面目な顔で答えてくれたのだがバラティナは首を傾げた。真面目な顔過ぎて房事の話だとすぐに理解できなかったからだ。




