32 伯爵令嬢
メイドは平然と答える。
「大丈夫です。ヨンバルディ殿下よりこちらの伯爵家の方々が怪しい動きをしたら説明するように言付かっております」
「ふふ。貴女はすでにあれを怪しい動きと判断したのね」
「娘を学園から呼び寄せ王子殿下へ媚を売らせるのです。怪しい動き満載です!」
メイドの力強い言葉に納得して失笑が漏れる。
「それにしても何のためにわたくしたちへ説明するようにと言われていらっしゃるのかしら?」
リアフィアは視線は外から外さずに尋ねた。
「何がありましても皆様には慌てずに対応していただくためでございます」
三人は思わず眉を寄せてメイドに振り返る。リアフィアはさすがに扇で顔を隠して目を少しだけ見せていた。ふとそれに気がついたバラティナが慌てて扇を広げる。
「つまりこれも作戦の一部なのか?」
「違う事案に対することですしわたくしどもの作戦が決行となるのかは伯爵家次第です。皆様にお手数をおかけすることはございませんがご心配もなさらぬようにとのことです」
「わかりましたわ。皆さんも無理はなさらないでくださいませね」
「はい。リアフィア様」
メイドは使用人たちの体を心配するリアフィアに向かって満面の笑顔を見せた。
「殿下。これは我が愛しき娘ティルキィでございます」
「ティルキィです。お会いできて感激です!」
手を胸の前で組み腰を振りながら挨拶する令嬢にシアゼは馬車内で嗚咽を噛み殺した。
「確か令嬢は僕と同じで学園の三学年であったかな? ちょうど僕の友人たちも三学年なんだよ。紹介しよう」
リアフィアたちが乗る馬車のドアが開かれシアゼが降り立つ。
「「まあ!!」」
王子殿下より陥落できる可能性がありそうな色男の登場に令嬢と夫人が色めき立つのは、さすが女性は現実的だと言うべきか。
それをまるっと無視したシアゼが馬車内へと手を差し出すと小さいとは言えない手が重ねられて出てきたのはいかにもオミナード王国美人と言えるバラティナである。二人は露骨に嫌な顔をした。
しかしシアゼはあっさりとバラティナの手を離しメイドへ預けるので二人はニヤリと口を歪める。義務的なエスコートととったようだ。
それもまるっと無視したシアゼが再び馬車内へとエスコートの手を伸ばせば細く白く華奢な指先と手首が見え、現れたのは当然リアフィアでありリアフィアの庇護欲唆る姿に二人はギリギリと歯をむき出して怒りを見せた。だがさすがに扇を広げてそれは隠していた。
シアゼはリアフィアの手を自分の腕に乗せて歩き出しヨンバルディの近くまでやってきた。
「僕の親戚筋のリアフィア嬢とその婚約者であるシアゼ君だ」
「オミナード王国は初めてですの。失礼がありましたら申し訳ございませんわ」
「ととととんでもないっ!」
顔を真っ赤にした伯爵が叫ぶように言うが夫人と令嬢は目を細めてリアフィアを睨んだ。
「それから僕の大切な人の」
「「「はい??」」」
ヨンバルディに婚約者がいることを知っている伯爵家一家は目を見開いた。
「人の友人であられるバラティナ嬢だ」
「「「ん??」」」
一家は首を傾げヨンバルディの言葉を脳内で反芻し自分たちなりの答えを出した。
『つまり学園にいる婚約者の友人か』
学園にいるヨンバルディの婚約者を思い浮かべここに本人がいないことにほくそ笑む。
「それから」
ヨンバルディは自分が乗ってきた馬車へと自ら向かいヨンバルディが到着する直前に使用人が馬車のドアを開いた。
ヨンバルディが目眩がしそうなほど眩しい笑顔で馬車内へ手を伸ばすと少々無骨な手が重ねられ、ヨンバルディに手を引かれて馬車から降り立ったのはオミナード王国内でも長身だと思われる迫力のある美女であった。




