2 筋肉の付き方
イードルはドレス生活で当然コルセットもさせられている。
筋肉質の青年たちのウエストがコルセットをしたとしてもメイドたちが目指す理想のウエストになるわけもなく、かといってメイドたちが諦めるわけもなく、イードルたちは悲鳴を上げながら毎日のコルセットに耐えた記憶は新しい。
コルセットをすると息もまともに吸えないことで酸欠を起こしかけた頭で淑女たちの我慢強さに感心する日々であった。
「確かにコルセットには姿勢を補強する作用もあるかもしれないが。
そもそもその細い腰のどこにその姿勢を保つ筋肉が備わっているのか不思議でならぬ」
「そうですわねぇ。殿方と違い外から見える筋肉ではなく体の芯を酷使している感覚でしょうか?」
「なるほどな。ご令嬢方の乗馬姿がブレないのはその体の芯のおかげかもしれぬな」
淑女教育の中には乗馬レッスンもあった。しかしそのレッスンはイードルたちが考えていたような行楽感覚で女の子たちの笑い声が響き楽しむような乗馬ではなく、防衛手段として馬で逃げたりするための厳しいレッスンであった。
レッスンの一つに並行して走る馬の騎手から攻撃を受ける防衛レッスンがあるのだが、淑女見習いの女子生徒たちは落馬することなどなかった。
「うふふ。それはダンスにも繋がりますのよ」
「フェリアの上体反らしの美しさはその体の芯の強さか。フェリアの動きは華々しさがあるからな」
「お褒めいただけて嬉しいですわ」
フェリアは頬を染めた。ちょうど茶葉の具合が良くなりメイドが二人の前にカップを置く。
「いただこう」
「はい」
優美な仕草でお茶を口にした。
「まあ! 美味しいですわ」
「これはサバラルの母上でいらっしゃる公爵夫人の経営する王都の店で購入したものだ」
サバラルは宰相公爵一家の長男でイードルの側近をしている。イードルと共にドレスの罰を受け、淑女の実態を目の当たりした。
「公爵夫人の店は女性に優しい品物が多い。これも美容にいいそうだ」
「うふふ。お母様が美味しいお紅茶の仕入れを予約なさったと仰られておりましたの。これのことかもしれませんわ」
「私も王妃陛下に聞いたばかりだぞ。それもフェリアが来るからと譲ってくださったのだ。
さすが公爵夫人だ。耳が早いな」
イードルは感心して頷いた。フェリアの母親公爵夫人もまた百戦錬磨の淑女である。
「このような貴重なお茶をご用意していただけてとても嬉しいですわ」
目を優しげに細めたファリアを見て照れたイードルは自分の襟足に手をもっていく。しかし先日まであった長い髪は今は無い。反省を込め心機一転ばっさりと切ったのだ。
首を少し掻いてその行動への照れも誤魔化した。
「そういえばっ! イードル様。そろそろ女性パートを練習なさる理由を教えてくださいませ」
イードルはここ最近はフェリアに男女パートの交換をお願いするようになっている。
淑女A科の女子生徒たちは昔から『未婚の女性は家族でない男性にみだりに触れない』という暗黙のマナーのため、自分たちが男性パートを踊れるようになることで女性同士でもダンスレッスンができるようにしてきた。
ちなみに紳士科には婦人会の方々が時折学園へレッスンに来てくださっている。
イードルは淑女A科のダンスレッスンの見学でフェリアが男性パートを踊れることを知ったのだが、自分も女性パートをレッスンすると言い出した。
『理由は恥ずかしいからできるようになるまでは言わない』
イードルはこれまで頑なに言おうとしなかった。
「フェリアから見て私の女性パートのステップはどうだい?」
「素晴らしいと思いますわ。元々ダンスが大変にお上手ですもの。ステップを覚えていらっしゃればすぐにマスターなさると思っておりましたわ」
「フェリアに合格をもらえれば安心だ。
女性パートをできるようになることはゼッドの母上である侯爵夫人から勧められたのだ」
ゼッドは侯爵家である騎士団団長一家三人兄弟の長男でイードルの側近の一人だ。例のドレスの罰をイードルとサバラル共に体験している。
「ゼッドがルルーシア嬢とのダンスのために練習を夫人に願ったところ夫人から女性パートを習うようにと言われたそうだ」
「そうですか。でもなぜかしら?」
「私もこうしてやってみて男が考えてリードすることと女性がリードされることは似て非なるものだと気付かされた」
イードルがゆっくりとカップを置いた。