28 変身
「いえ。ここは一般の宿です。この時間は貸し切りにして宿主たちにも席を外してもらいました。レライ殿からのご要望でございます」
ヨンバルディの側近ギイドが軽く頭を下げならが紡ぐとドリーティアとバラティナは肩を思いっきり上下させて動揺した。レライが何の目的もなく休憩のためだけにそのような提案をするとは到底思えないのは二人だけではないがそれに恐怖し動揺するのは二人だけである。
それを悟ったかのようにレライが付け足した。
「この二日間はヨンバルディ殿下のご配慮でワンピースをお召しになっていただきましたが、伯爵家へ赴くためにはワンピースというわけには参りません」
「ここは古い建物ではありますが浴室がある宿でございます。貴族用の宿ですとお着替えになる前と後の違いを目敏く見られてしまいますので利用は不向きかと考えこちらにいたしました」
二泊は宿に泊まったが宿の者たちを室内には入れなかったしドリーティアとバラティナも様子が大きく変わることもなかったので貴族宿でも問題なかったのだが、どうやらこの宿から出るときには随分とイメージチェンジをしているらしい。どんなことをされるのかドリーティアとバラティナは戦々恐々である。
「そうですのね。ではお願いいたしますわ」
僅かに震えた声で笑顔を無理矢理貼り付けたドリーティアはいつものようにヨンバルディのエスコートで中に入った。
すぐにそれぞれの部屋に案内されそこにはすでにメイドが準備をしていた。
「まあ! わたくしもイメージチェンジをいたしますのねぇ! 楽しみだわぁ!」
リアフィアはトルソーに飾られていた自分用の衣装を見て珍しくはしゃぐ声を出した。
「なんだあれはっ!?」
ドリーティアは思わず男に戻ってしまうほど驚嘆した。
「まさか僕の……じゃないですよね……」
こちらも男になったバラティナは半泣きになった。
「ふおっ! 俺のまであるのですかっ!」
シアゼは物珍しいそうにトルソーへ近寄りまじまじと見ていた。顔は綻んでいる。
それぞれの部屋でそれぞれに悲喜交交ありながら強制的に着替えは進んでいった。
ドリーティアが着替えを終え階下に降りるとすでにバラティナとシアゼは待合室にしている食堂に来てきた。
「バラティナ。やはり貴女もそうだったのね」
「ええ。これは私の母が経営するお店の商品ですわ。まさか私が使うとは思ってもおりませんでしたが」
バラティナはガクリと肩を落とす。
俺も俺もと自分に指を指すが二人は反応を見せずシビレを切らしたシアゼが前のめりになる。
「俺のもあったのです! どうですか?」
普段は立ち襟の服が多いシアゼであるがリアフィアの婚約者として腰丈のジャケットにクラバットをしており、それを自慢するようにジャケットの襟を触っていた。
「はいはい。お似合いですよ」
ドリーティアは思っきり嫌味を加える。
「いいですねぇ。男らしいセミショートで」
バラティナがうらめしそうに目を細める。
「バラティナ嬢のものも短めではないか」
二人の嫌味をものともせずシアゼはバラティナのものをひとすくいした。
「ですが毛先を遊ばせた乙女ショートですよ」
バラティナはその手を跳ね除ける。
「貴方たちはまだいいじゃないっ。私はサラサラロングよっ」
ドリーティアが軽く頭を揺するとキラキラと光反射する。
「ちゃんと扱えるか不安でしょうがないわ。すぐ前に来るから難しいの。肘で踏んでしまいそうよ」
三人はかつらを被っているのだ。ドリーティアは白銀の腰までのロングストレート。バラティナは水色のロングボブで毛先はエアリーカールしている。シアゼは黄緑色で段は入っているものの耳の下までの長さがあるウルフカットだ。
「俺もこんなに長いのは初めてです! 自分的にはこれもなかなかいいと思っているんですけどどうですかっ?」
耳の脇にある髪をチョイチョイと手で梳くシアゼは騎士としてベリーショートであることが常であるため遊べる髪があることが楽しくて嬉しくてしょうがないという様子が見て取れる。




