26 淑女のベール
シアゼにエスコートされたバラティナが馬車のステップから離れるとヨンバルディが馬車の入口へと手を伸ばす。
「ありがとうございます」
ドリーティアは素直に手を引かれ何も言われずとも足元をしっかりと見てステップを降りた。
「お上手です」
「とんでもないことでございます。ルディ様のエスコートが素晴らしいからですわ」
「優雅さにはエスコートされる方の技量も大切ですよ。貴女には優雅さが備わっている」
「ルディ様を信用しただけです」
「ほぉ」
ヨンバルディが感心と関心と疑問を顔に出す。
「わたくしがエスコートする時のリアフィアのマネをしたのです。エスコートへの体重のかけたや目線の置き方、スカートの持ち上げ方。
私の目の中には素晴らしいお手本がいることを思い出しましたの」
「それはステキな関係ですね」
「ふふ。そうなのですわ」
「僕たちもこの数日よくお話をいたしましたしね」
「そうですわね」
「ご指導の成果がでているということでしょうか?」
「ええ。とっても。最初の頃よりずっと歩きやすいですわ」
話をしながらリアフィアの前に到着した。ヨンバルディもドリーティアも改めて極上の笑顔をリアフィアに見せた。残念ながらドリーティアの目元は全く見えないが。
「リアフィア様のベールは私たちのものより薄めですのね」
バラティナが少し目の前のベールを持ち上げて尋ねた。
「リアフィア様はヨンバルディ殿下のご親戚という設定ですのであまり隠す必要はございませんから。お二人は如何にも身分を隠していそうというお姿でいていただきます。
お帽子があれば髪型や髪色も印象に残りません」
「お二人がエスコートされることに慣れるにはよい機会となると思いますわ」
「これも練習の一部なのですわね」
「そうでございます」
「リアフィア嬢。今朝のお約束ですが僕はドリー嬢のエスコートをするので貴女に街の説明はできなそうです。お約束を守れず申し訳ありません」
「いえ。わたくしこそドリー様へのエスコートについて失念しており申し訳ございませんわ」
「僕より詳しいメイドを側付きにいたしますので何なりとお聞きになってください。
シアゼのところにもメイドをつけるから」
ヨンバルディはリアフィアには丁寧語だがシアゼには砕けた口調である。馬車内でとても仲良くなったようだ。
「では参りましょう」
ヨンバルディが声をかけると前方の護衛が歩き出した。
リアフィアにはエスコートがないがリアフィアはまだ王家に属しておらず公爵令嬢なのでお忍びらしい王都探索は何度かしているため慣れた様子で最後尾近くでついていく。
リアフィアは道々で小さく指差しながらその都度メイドに説明を受けていく。シアゼとバラティナもそのような感じだ。
ドリーティアとヨンバルディは傍から見ると大変に良い雰囲気で二人きりで腕を組んで歩いていた。長身の美男美女のカップルに黄色い声が飛ぶ。王家直轄領地ということでヨンバルディはにこやかに手を振っている。ドリーティアは帽子のベールで顔は見えないし本人はオミナード王国の王族ではないから敢えて反応はしていない。
「ルディ様。そのように注目を浴びるのは止めてください」
「どうしてだい? 僕にはドリー嬢という運命の女性が現れたと教えて回りたいのに」
「「「きゃあああ」」」
ヨンバルディが女性なら誰もが気絶してしまいそうな輝く笑顔をドリーティアに向けたことで尚更に歓声が大きくなった。
ドリーティアにとってはベールをしていてよかったかもしれない。いくら自分が女装しているとはいえまだ数日。吐き気を催してしまっていただろう。呆れの嘆息をしてベールを少し捲りながら顔を隠して街の様子を見ていった。
『このようにしか街の様子を見れないとは何と不便なことであろう。それでもきっちりと情報収集し国の発展へ繋げるというのだから観察力も処理能力も応用力も備えていなければならないということだ……恐ろしい』
ドリーティアは母国の淑女たちの薄く笑い涼しい顔で実行していく姿を思い浮かべてゾゾゾとした。
そんなことも知らないヨンバルディは黄色い声に軽く手を振りながらエスコートしていく。
「さあ。あの店だ。入ろう」
「まだ狭い空間で誰かと会うには早いと思いますわ」
ドリーティアは率直に不安を口に出した。




