21 扇の一つも
「ほぉ! 閉じ扇はそのように開けるのですか!」
この大陸において近年までの扇は日本の団扇のように開きが固定されているものであったがここ数十年で折りたたみ式の扇つまり閉じ扇が流行り畳めば腰に差せることで今ではパーティーの主流である。
「そういえば母上たちのお若い頃は閉じ扇ではなかったのでしょうね」
バラティナは自分の腰に差してある安物の扇を広げた。リアフィアのスピードには到底及ばない。
「淑女の皆様は情報収集もそれに纏わる努力も素晴らしいのですわ」
リアフィアは母国バーリドア王国にいる尊敬する淑女たちの顔を思い浮かべた。
「わたくしたちは幼き頃からこれで学んできておりますが、お母様のお世代になりますとそうではございませんわ」
「さあ。ルディ様、シアゼさん。リアフィアさんのお手本のようにやってみてください」
二人はリアフィアの手本と覚束無いながらに開いたバラティナの様子も目にしている。
一応持つ手の形はできている。
『バリッ! ビリッ!』
ヨンバルディの力で扇は全開になり挙げ句に天が破れた。
「あ………………」「ッ!」
「プッ!」「ブフッ」
あ然としたのはヨンバルディとシアゼ、吹き出したのはドリーティアとバラティナである。リアフィアは予想もしていなかったのであ然としたが声は淑女として漏らさない。
「思っていたよりひ弱であった!」
ヨンバルディが慌てて破れた箇所を直そうとするが直るわけもない。
「大丈夫です」
レライが安心感を与えるがごとく笑顔でヨンバルディの手から扇を受け取った。シアゼもすぐさまレライに扇を返した。
「力加減が大変難しく、リアフィアさんのように片手で自分の思う分だけ開くのはさらに高度なですことよ」
「ですから私とドリーティア様はレライの指導の元で練習しておりますですの。
淑女の皆様は扇一つでも優雅さを表現なさるのですわ」
「お二人共頑張っておられるのですね。俺も学園ではもっと役に立ちますから!」
「シアゼ君が役に立つということはリアに危険が及んだということだ、ですわ。ですからシアゼ君の活躍はない方がいいですわね」
「それもそうですね」
ドリーティアの指摘にガクリと肩を落とすシアゼに笑いが起きた。
楽しい昼食会が終わると再び馬車に乗り込みドリーティアたちは扇の練習を再開させた。先程リアフィアの仕草を見たので尚更気合が入った。
その日の夜は王子宮の執事の一人の実家である伯爵家の別荘を借りた。借りたのは建物だけで使用人は離宮での使用人のままである。
「父や兄にもヨンバルディ殿下のご命令であるからここに近寄るなと伝えてありますのでご安心ください」
青年側近テラゾンはドリーティアたちに安心させるためににこやかな笑顔を見せる。
「お気遣いありがとう。感謝するわ」
お客様代表としてドリーティアが答えれば三人も笑顔で同意した。
「とんでもないことでございます。料理人たちは先発隊として到着しておりますのでしばらくいたしましたらお食事にお迎えにあがります。お部屋にておくつろぎください」
メイドがそれぞれを案内するため先導していきテラゾンはお客様の中の上位であるドリーティアを案内する。
「そういえば、貴方はランチの席にいなかったでしたものね。先発隊の取り仕切りをしていたですか?」
「はい。この家の間取りもわかっておりますのでその係を仰せつかりました」
できるテラゾンはドリーティアの下手な言葉にも笑ったりはしない。
部屋は伯爵家の別荘であるので然程広いわけではないが調度品などはセンスがよくリラックスできそうな空間であった。
「もうすぐお夕飯ならお茶はいらないですわ」
「かしこまりました。そう伝えておきます」
テラゾンは僅かに驚いていたがすぐに退室していった。




