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1  プロローグ & ダンスパート

 精悍な顔つきを強調するかのように短めに揃えた濃茶の前髪を立たせた逞しい体躯をした男子生徒はつめえり制服をきっちりと着て学園の廊下を歩いていた。前から来る女子生徒を見てピンクの瞳を細め歩みを止める。

 本を胸に抱えて歩いてくる女子生徒は貴族学園の生徒のはずなのに肩より少し長い紫の髪は艶がなく整われてもいない。

 顔を隠すような長過ぎる前髪と深く俯き歩いているので二人が大分近付くまでその男子生徒がそこにいることに気が付かなかった。


「あっ! すみません」


「前を向かねば危ないぞ」


 優しげに聞こえたその声にハッと顔を上げるが男子生徒の視線はすでに廊下の遥か向こうへ向いていた。


「もうしばし我慢しろ。その時が来たら前を向くのだぞ」


 男子生徒は女子生徒の脇を抜けていく。呆然としていた女子生徒が振り返った時にはその背中は随分と離れていたがグレーの瞳はその背中が角を曲がり消えるまで視線を外すことができなかった。


〰️ 〰️ 〰️



 バーリドア王国王宮のダンスレッスンホールに優雅なピアノの調べが流れ美男美女のカップルが華麗にステップを踏んでいる。女性はサラサラなストレートのイエローブロンドの髪をサイドアップにしていてその後髪が左右に揺れてキラキラと眩しいほどに輝く。男性の柔らかそうなプラチナブロンドは短いわけではないが男性らしく切られていて爽やかさが際立つ。


 美しく踊る二人はその姿を見ただけで砂糖が天井から降ってくるのではないかと思うほど甘い雰囲気である。特に男性は蕩けるような顔で真っ直ぐに女性を見ておりそれを恥ずかしがる女性は時折頬を染めて視線をそらしてはまたチラリと視線を向けて嬉しそうに微笑んでいる。


「そんなに見られてはステップを間違えてしまいそうですわ」


「君は踊り慣れているのだから大丈夫だろう?」


「女性パートでしたら問題ありませんが男性パートですもの。支える役割のわたくしがもしイードル様のおみ足を踏んでしまったらと思うと怖いですわ。わたくしではイードル様のお体はお支えできませんもの」


「ははは。いくら女性パートを踊っているとはいえ私の体は男なのだからフェリアに踏まれたくらいでは揺らいだりしない。気にせずに踏むといい」


「もう。そんなお戯れを。ふふふふふ」


 服装はフェリアがドレスにハイヒールでイードルがスラックスに革靴であるのだが、男性パートをフェリアが女性パートをイードルが踊っているのだ。


 身長はもちろん男性パートのフェリアの方が低いが男女の身体の高低が違うカップルはいくつも存在しているし特に幼少期なら男の子の方が低いことが多いので、幼少期よりダンスレッスンを積んでいる二人にとってこの身体高低差は男女パートに影響を及ぼさない。

 

 レッスンが終了するとイードルは男性パートに戻りフェリアを優しくエスコートして広いバルコニーに向かった。メイドによって開かれたガラス戸を抜けると王宮の豪華な庭園が見渡せる。風に乗って芳しい華花の香りが漂う。

 その広いバルコニーに設けられた大きな白いレースをふんだんに使った日傘の下には鉄製の猫脚が優美な曲線を描く丸テーブルがありその椅子にフェリアを案内するとメイドが椅子を引いてくれる。


「ありがとうございます」


 フェリアは軽く頭を下げて座った。それを笑顔で確認すると反対側に用意されている椅子にイードルも腰掛けた。


「? イードル様。今日も背もたれはお使いになりませんの?」


 男性は仰け反るほどではないが深く座りゆったりと構えることが一般的である。しかし、今のイードルは尻を半分ほどだけ乗せそれでも優雅に見えるような姿勢を取っている。


 王宮のダンスレッスンホールを使え王宮のバルコニーにてお茶を楽しめる身分の二人。

 イードルはここバーリドア王国王太子でありフェリアは公爵令嬢である。二人は婚約している。


 半年ほど前、貴族学園の二年生であったイードルとイードルの側近であるサバラルとゼッドは淑女への暴言を吐き淑女たちを敵に回した。特に淑女の代表であるイードルの母親王妃陛下の怒りは凄まじく三人は苦難な罰を受けることになった。

 その罰とは淑女教育を体験すべくドレスを着用しどデカイハイヒールを履いて学園の淑女A科に在席して淑女の苦慮を知ることであったのだ。淑女A科とは高位貴族令嬢が在席しており、教養が高度であることはもちろん特級淑女になるべく日々努力する少女たちの試練の場である。二ヶ月ほど体験した三人は淑女たちの苦労を垣間見て自分たちの浅慮とパートナーへの思慕を思い知ったのだった。

 いわゆる『ドレスの罰』だ。


 そこで知った一つが淑女たちは決して椅子やソファの背もたれを使うことはなく姿勢を正しその辛さを顔には出さずに優雅に美しくお茶を楽しむということだった。


 その姿勢は腹筋と背筋を大変酷使する。


「ああ。こうしていれば自然に鍛錬ができるからとてもいいだろう?」


「いつもそう仰られますが、当初よりも随分とお姿勢も安定なさいましたしウエストも引き締まったように見受けられますわ。もう十分なのではありませんの?

確かにわたくしたちは姿勢を正しておりますが、コルセットで支えられていることも大きいのですわよ」


 フェリアは自分の細いお腹を擦った。

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