17 婚約者からの激励
更に馬車に乗り込めばイードルはヨンバルディの願いを受け入れたことを後悔する。
オミナード王国の離宮に到着するまでは、時にはフェリアと二人であったりサバラルたちを含めて四人であったりしたが、景色や町並みを楽しんだり会話を楽しんだりオミナード国語を練習したりして馬車内の時間を過ごしてきた。フェリアと離れたことは一度もなかった。
余談たが、イードルとフェリアが本当に二人きりになることはない。フェリアのメイドが同伴しているがイードル的にはここではあえてメイドはカウントしないだけである。
もちろん離宮から王都までもそうであると信じて疑わなかったイードルは残念過ぎて顔も作れなくなっていた。
「殿下。サバラル様。お顔が崩れております」
そう。今同乗しているのはレライである。
進行方向側にイードルとサバラルが並んで座り何やら大きめのバッグを持ったレライが向かい側に座っている。
「フェリアはどうしたのだ?」
「フェリア様の専属メイドの二人とご一緒です。ゼッド様はヨンバルディ王子殿下とご一緒です」
「理由は?」
しかめっ面のイードルはため息混じりで質問する。悲しげなサバラルは聞き専門。
「殿下方は数ヶ月前に淑女になるべくお勉強なさりました。それはあくまでも殿下方を殿方だとご存知でフェリア様方のお気持ちやお立場を重々理解されており殿下方の行動を訝しんだり嘲笑ったりしない方々の中で行われたものです」
「うっ……」
レライが間を開けイードルとサバラルは今のレライの言葉を頭の中で反芻する。二人は少しずつ顔を青くしていった。
「廊下を裸足で歩くこともスカートを翻して転ぶことも丸椅子に背中を丸めて座ることも顔を顰めて隠さないことも。
許されていたのは周りが殿方であることを知っていてくださったていたからです」
特にサバラルは真っ青でカタカタと震えている。
「完璧な淑女は到底無理でございますが、淑女の見習いの見習いくらいにはなっていただきます。
これから二週間ミッチリとご指導させていただきますわ」
「二週間? 王都まで七日と聞いておるぞ!」
「はい。王都にはその予定でございますが王子宮にてお時間をいただけることになっておりますわ」
『ゴン!』
全身弛緩して馬車の壁にぶつかったが微動だにせず石像と化したサバラルの肩にポンと手を置き励まそうとしたイードルには励ます言葉が見つからなかった。
「そういえば。すっかり忘れておりましたがサバラル様へお手紙を預かっていたのでしたわ」
レライがバックから一通の手紙を取り出した。水色の封筒には紫色の薔薇と濃い青色の薔薇が描かれている。
『サバラルの瞳の紫とバーバラ嬢の瞳の紺か?まさか二人のために作ったのか?』
初めて見たイードルは聞きたいことだらけになったがレライの笑顔に聞けずに黙る。
「それは! 僕からバーバラへプレゼントした便箋のセットです!」
「そうでしたか。大変美しい封筒ですわね」
レライがそれをサバラルに手渡しながら褒めた。
「これはバーバラが僕に作ってくれた印章を使い僕が作ったものなのです」
サバラルはその封筒さえも大事だと言わんばかりにそっと抱いた。そして一つ息を吐くと与えられた小さなポーチにしまった。
「取り乱してしまってすみません。任務を遂行いたします。一刻も早く解決して帰国しましょう!」
やる気の満ちたサバラルにイードルは肩を撫で下ろした。
『婚約者様をお連れの殿下には言われたくありませんっ!』
イードルは昨夜サバラルとゼッドに言われた言葉をベッドの中で考え罪悪感を感じていたのでサバラルの笑顔を見てホッとしたのだった。
「ゼッド様にも後ほどお渡しするお手紙がございます」
「そうか」
イードルの気持ちを察したかのようにレライが付け加えた。




