16 久々のコルセット
サバラルとゼッドは自家からはメイド一人しか同伴させていない。フェリアは二人スージーとエイミ。後は王家で用意するからと言われていたのだ。
「つまりは腕力で担当を決めたのか」
「マッサージ施術は大変に体力を使うものでございますので」
当然だとばかりに無表情で答えるレライは迫力満点である。
「そろそろ湯が満たされました」
オミナード王国のメイドリーダーらしき者が明るい声を出した。
「ではお願いいたします」
それに答えるようにレライも笑顔であったのでイードルは尚更理不尽さを感じ顰めっ面をする。
「「「かしこまりました」」」
自分と身長の変わらないほどの女性たちの明るい声に囲まれて諦めて連行されていった。
「ぐあぁ!」
「痛い痛い痛い!!」
二人の部屋からの叫び声が壁が厚めのはずの隣室に薄っすらと聞こえる。ゼッドは自室で背筋を伸ばし見えぬ二人に向かって直立敬礼していた。
フェリアは未婚の女性なので皆とは別階の離れた部屋なのでそんなことは知る由もない。
翌朝、朝食の席でフェリアは一瞬ぽかんとする。
「まあ! お二人共お肌がツルツルですのに窶れたようなお顔ですわね。大丈夫ですか?」
顔を見てびっくりしたフェリアは昨夜の様子を予想してクスクスと笑い出し、様子を知っているゼッドは自分のことのように辛そうな顔をした。
朝食が終わると『地獄の着替タァーーイム』である。二人はイードルの部屋で着替えることになった。
二人のウエストの太さが気に入らないメイドたちはどうにかしたいと奮闘する。
「それ以上したら朝食が出てはいけない方から出るぞ!」
「ご用意しおりますので大丈夫です!」
入口近くには水差しと桶とタオルを持ったメイドたちが澄まし顔で立っていた。
「おっえっ! 殿下。先にすみません」
サバラルは桶に駆け寄り衝立の向こう側に運ばれた。
戻ってきたときには蒼白なのに悟りを開いたが如くスッキリとした顔でありその背をメイドに押されてフラつきながら歩いている。
「淑女たちはパーティーで食事を遠慮しているのではなく我慢を強いられているのですねぇ。
僕が帰国したら我が家のパーティーではお土産を充実させたいと思いますよぉ」
サバラルより腹筋の強いイードルはリバースはせずに済んだ。
「殿下は以前より細くはなっておられますが淑女のそれではありませんね。とても残念です。肩幅に合わせてウエストの上辺りに少し綿を入れましょう!」
イードルを女性らしく見せたいメイドたちは張り切って意見を出し合う。
「それならばお胸はもう少し大きくした方がバランスがいいのではなくて?」
イードルがモミクチャにされているころ細身のサバラルはすでに着替えを終えていた。バーリドア王国の男性の中では少々華奢なサバラルはこの国では普通の女性に見える。
胸パットは一枚だけ入れてある。座って待つ間に自分で胸を揉んでいるところを自家のメイドに見つかりパシリと手を叩かれた。
「はしたないっ!」
「これは見た目と触り心地の差を検証していただけだっ!」
「淑女という自覚が足りません!」
「殿下が着替え終わるまではいいじゃないかっ!」
「わかりました。ではそれが正しい行いかどうか奥様とバーバラ様にご判断いただきましょう。手紙をしたためてまいります」
「すまん!! もうやらないっ!」
このメイドはサバラルが初めて作ったクッキーを「小麦粉の丸焼き」とバーバラに堂々と告げ口したメイドのチルシェである。母親の公爵夫人がサバラルの留学に付けたメイドであるのだからサバラルに甘いメイドなわけがない。
コルセットをしているサバラルは深くは頭を下げられないので首だけコクンとさせた。
「見逃しは何度もあるものだとは思わないでくださいませね。次があれば今回のことも合わせてご報告いたします」
サバラルは心の中で号泣した。
二人がドレス姿で現れるとヨンバルディが感嘆の声を上げた。
「これはこれはこれは! まさに予想以上だ。美しさなら我が国でもドリーティア嬢を上回る者は数えるほどしかいないだろうな」
イードルは緩いウェーブの髪を普段はアシンメントリーに無造作っぽく見せているが前髪を揃え残りを後ろになでつけて太めのリボンを巻いている。前髪で空色の瞳は隠れ気味だが少し下を見るだけで憂いの込もる儚げ美人だ。ドレスは黄色の一般的なプリンセスラインで装飾は控えめだ。
「バラティナ嬢のメガネ少女というのも真面目そうでこれまた良いものだ」
サバラルは細いフォルムの眼鏡から丸いフォルムの眼鏡に変えていて印象が随分と違う。長めの黒髪は前髪のサイドを残して紅色のリボンと一緒に編み込みをされていて後頭部の真ん中に編み込みリボンと同じ柄の大きめな蝶々リボンがされている。紫の瞳が大きめに強調されていて可愛らしい雰囲気である。渋い赤色のベルラインドレスと黒髪がとてもマッチしていた。
「褒められても……」
二人は複雑な顔で僅かに口角を引きつらせて偽物笑顔を作った。




