15 婚約者の愛称呼び
そしてフェリアもまた自分の気持ちに疎い。自分自身の気持ちではなく考えを探りながら話をする。
「わたくしがヨンバルディ殿下の恋人役になったとしても演技であり、本気で口説かれることはございませんし、それを本気で取ることもございませんわ。
でもイードル様がそのご令嬢に好意を持っていただくためには信じてもらえるように口説かなければなりませんでしょう? ご令嬢はイードル様のお言葉を本気でお取りになるということです。
わたくしがその光景を見ていられるとは思えませんの」
半年前にイードルがドレスの罰を受けるキッカケとなったリナーテ男爵令嬢の時にはフェリアはイードルに特に何も言わなかった。
この半年でフェリアにも気持ちの変化があったようだ。
「フェリア。それはそのぉ。あれか?」
イードルは口元を手で覆い赤くなった頬を隠した。
イードルの言葉に冷静になったフェリアが考えを巡らせて青くなって赤くなった。それを扇で隠す余裕もないようで手があわあわと落ち着きなく動く。
自分がしそうな行動を言っただけのつもりであったフェリアがそれは嫉妬かもしれないと気がついてしまった。
「あのっ! そのっ! 忘れてくだいませっ!」
「嫌だ。フェリアが初めてヤキモチを焼いてくれたかもしれないのだぞ。こんなに嬉しいこと忘れられるわけがない」
フェリアは両手で顔を隠して俯いてしまった。イードルはその手をそっと取る。
「フェリア」
上目遣いでイードルを見るフェリアはあまりに可愛らしくイードルは懸命に抱きしめたい衝動を押さえた。ここで愚行を行えばレライが飛んで来ることはわかりきっている。
イードルはゴクリと一つ息を呑む。
「ヘタレで無粋で君に伝える言葉も下手で雰囲気も作れないような私ですまないな。
フェリア。どうか私を愛称で呼んでくれまいか?」
「…………よろしいのですか?」
「お願いしたいくらいだ」
「………………ドリー様」
「リア」
イードルが握った手を強めると二人は互いに熱い眼差しで見つめ合う。
「コッホン!」
熱く目を合わせてほんの一分ほどで廊下から咳払いが聞こえる。二人は思わず笑った。
「リア。部屋まで送ろう」
「はい。ドリー様お願いいたしますわ」
イードルのエスコートで優雅に歩き出した。
その日の夜、イードルの部屋とサバラルの部屋にメイドたちが襲撃した。
あのドレスの罰の際の悪夢が蘇り二人は悲鳴を上げたが任務に忠実なメイドたちにとってはどこ吹く風。強制的に美容タイムに突入した。
「明日からの外出には早速ドレスになっていただきます」
「何故だっ? 学園だけで良いではないかっ!」
「ヨンバルディ殿下はこの地で出会った身分のわからぬ女性と恋に落ちてその女性を第二妃と望まれそれはそれは寵愛する、という設定でございます。ここから王都に着くまでにその噂を拡げねばなりません。
直接赴けば五日の旅程ですが、二日ほど伸ばして街の見学などをすることになっております」
「そこまでは聞いておらんぞ」
「イードル殿下がご質問をなさらなかったので」
淡々と事務的に話をするレライの後ろにまたしても王妃陛下の存在を感じた。
「本日は急ぎでございますゆえ腕の毛剃だけにしておきます」
「ほほほほほ本日は?」
「はい。ヨンバルディ殿下の王子宮にて足と脇をせねばなりません」
「ひっ!!」
イードルは縮み上がって脇の下を手で押さえた。そんなことをしても逃げられるはずもないのだが己の庇わずにはいられなかった。
「ウエストも残念ながら戻ってしまいましたね」
レライが筋肉質のイードルのウエストを触診する。
「皆さん力を込めて絞り出してくださいませね」
「「「かしこまりました!!」」」
ヨンバルディの王子宮のメイドだという体の大きなメイドたちが腕まくりをしてズイッと前に出た。
「待て待て待て! 王宮から連れてきたメイドたちはどうしたのだ?」
どう見てもバーリドア王国のメイドたちより力のありそうなオミナード王国のメイドたちにイードルはたじろいだ。
「サバラル様への施術へ向かわせました。サバラル様がお連れになったメイド一人では施術まで手が回りませんので。それにサバラル様の方がメイドの力は弱くとも大丈夫かと思われますのでそちらへ向かわせました」
ここでもメイドたちの差配はレライの仕事らしい。イードルより余程筋肉質ではないサバラルの線は細い。




