11 ゼッドの役割
「ゼッド様は残念ながらさすがにご無理がございますので女装は諦めました。お母様であられる侯爵夫人も残念だと泣いておられました」
「ひぇぇぇ」
母親に話が行っていたことにゼッドが小さな悲鳴を上げた。
「なのでゼッド様にはフェリア様の偽婚約者になっていただき全力を持ってフェリア様をお守りいただきます。フェリア様が万が一小さなお怪我をお一つでもなさった際には侯爵夫人が直々に沙汰を出すということです」
「ひゃあああ」
ゼッドが大きな体を震わせる。
「もちろんフェリア様に邪なことをなされば……。腕の一本や二本で済めばよろしいのですが」
「ひゅぅぅぅ」
ゼッドは声にならない息を吸ってそのまま背もたれに倒れた。王族二人の前で晒していい姿ではないがそれをここで咎める者はいない。
「なんだか、予想してたよりも大変そうですね。バーリドア王国王妃陛下からのお手紙では心配ないとのお言葉をいただいておりましたので皆さんがそのような反応とは想像しておりませんでした。申し訳ありません」
「ヨンバルディ殿下。王妃陛下は無責任なお言葉は仰られません。そしてこちらの方々も王妃陛下のお顔に泥を塗るような行為はいたしません」
さらなるプレッシャーをかけられた三人は蒼白だ。
「わたくしが足手纏いになるようでしたらわたくしだけでも帰国いたしましょうか?」
フェリアは心配そうにイードルの顔を覗いたが答えたのはレライである。
「いえいえ。フェリア様にはゼッド様という強力な護衛をお付けいたしましたので、是非予定通り見聞を広げるためにオミナード王国の生活をお楽しみくださいませ」
「がんばりまひゅ」
さらなるプレッシャーを受けたゼッドは体を起こし前のめりに約束した。
「ゼッド。フェリアに手を出したりしたらぁ」
イードルが睨みつけた。
「そんなことは絶対にありませんよぉ。俺はルルーシア一筋です。今回だって数ヶ月も離れているなど心配でならないのです。
我が家にはルルーシアを狙う獣が二頭もいるのですから」
ゼッドの弟は二人。三つ下のドニトと五つ下のビアンだが二人ともゼッドの婚約者ルルーシアが大好きなのだ。
実際にイードルが今だにライバルと信じているボイディスはすでに想い人がいるし、バーバラというモテモテの婚約者を持つサバラルは自分の公爵家の威光を使って寄ってくる者共を黙らせていた。
本当にライバルがおりそういう意味で婚約者のことが心配なのはゼッドだけである。
「お前の弟はまだ幼いではないか」
イードルは眉を寄せる。
「それが曲者なのですよ。ヒョウの性質を持ちながらまるで猫のごときに擦り寄りルルーシアもそれを大層可愛がるのです。俺がいない間もあの家にルルーシアが行くかと思うと気が気ではありません」
「君の家だろう?」
サバラルも目を細めた。ゼッドが手を伸ばしサバラルの脇に手を入れて支え座り直させた。
「ハッハッハッハッ! ゼッドさんは婚約者にベタ惚れのようだからフェリア嬢を任せてもそういう意味では安心ですねぇ」
ヨンバルディは豪快に笑い飛ばす。
「先程から気になっていたのだがフェリアだと物理的に無理だとかゼッドを偽婚約者にして守らせるだとか。そんなに危険なことをフェリアにさせるつもりだったのかっ」
イードルは敬語を使う気も失せていた。
「いえ。フェリアさんに受けていただけるのでしたらしっかりと女性護衛を付けるつもりですよ。ですがそれだとあちらが手を出してこず婚約破棄とまではできないかもしれないという懸念がありますが」
サバラルが助けを求めるように手を伸ばした。
「待ってください。僕は身体的つまり皆様の仰る物理的にはイードル殿下より下です!」
レライが再び説明する。
「はい。存じております。イードル殿下には御身はご自身で守っていただきます。お相手はお体がフェリア様より大きめと申しましてもご令嬢でございますからイードル殿下でしたら大丈夫でございましょう。
ですからサバラル様にはイードル殿下の隣におり目撃者になっていただければよいのです。
ただ、隣にいらっしゃると飛び火がないとも言えませんのでフェリア様にお願いするのは憚れるのです」
「つまり僕も」
「ご自身はご自身でお守りくださいませ」
レライは笑みを深めサバラルはガクリと項垂れた。




