06
妄想全開のGカップブラで制服をデザインしたんだけど、入りきらないものなのか。細いアンダーサイズで合ってそうだから、スリーカップくらい大きいってこと?
ドレスの時は胸のパッドを外して無理に押し込んでたのかな。そういえば確かにこぼれそうな感じだったかも知れない。
「マスター。何か考え事ですか?」
「うん。この部屋のサイズ、こんなに大きかったかなって」
「宮殿ですから、違和感はないですよ。豪華で上品で可愛らしくて、とっても素敵です。どこかモチーフになった建物があるんですか?」
「ヴェルサイユ……より、シェーンブルンに寄せたかな。主が女の人だからかも知れないけど、リラックスできる内装なんだよね。色使いもカラフルだし」
「女帝のマリア・テレジア……でしたっけ…………まりあ……」
「どうかしたの?」
「いえ。私も内緒の考え事です」
制服姿で壁のタペストリーに見入っていたイレーヌが、リアルモードの女の勘を発揮したのか、黙り込んだ俺に問いかけてきた。
どうにか本来のチェック作業に話題を戻したが、今度は彼女の方が物思いの世界に入り込む。少し暗い表情になったけど、細かく心配することはやめておこう。
移動しながらの考え事って、意外と捗ったりするから。
自分一人だったら退屈な作業でも、隣にイレーヌが居てくれるだけで気が楽だ。
彼女が純粋な管理AIだったら、今頃チェックリストを渡して一斉検査をお願いしているところだけれど、存在すら不安定な状況なら散歩が一番。
見せて貰ったログだと、全然身体を動かしてないし、食事もしていない。
ノーマルモードのアバターモデルにひたすら籠もって、じっと座り込んでる位の小さすぎる運動量。そんなの身体に良い訳がない。精神的に参ってしまう。
AIだったら何もしない待機時間だって苦にならないだろうけど、彼女が動いている仕組みは生身の人間がベースだ。
動いて、食べて、風呂に入って、寝る。
リアルモードにして、とにかく一日見守る。
彼女の話を聞いてそう決めた。
「今夜の寝室はここでどう?」
メインキッチンから階段を登り、バンケットホール、ボールルームを抜けて、控えの間に続く主の居住区へ。庭園を一望できる特等席の居間の奥には沢山のベッドルームが並んでいる。その一つにイレーヌを案内する。
デザインしただけで使うつもりはなかった貴族の寝室だ。
調度品も……きっちり変換されている。
「さっきのお部屋は夫婦の寝室っていう感じでしたけど……ここはお姫様的なデザインですね。絵に描いたような」
「実際、絵に描いてモデリングしたからな」
「いえいえ。お話しに出てくるような天蓋付きのベッドって実物は初めてで。飾り布が素敵ですね」
「設定としては娘の部屋だからな。実際の使い勝手は計算通りいくか分からんけど。イレーヌが落ち着く部屋としてはここが一番のお勧めだ。どうする?」
「マスターはどうするんですか?」
「工房に寝泊まりするつもりだったんだけど、今日は近くに居るよ。下の階が似たようなレイアウトで息子の部屋がある」
「娘と息子で何か違いがあるんですか?」
「ベッドがでかくてヒラヒラが付いてない」
あんまり資料がないんだよね。男の子の部屋って。
どの時代でも殺風景だろうってことで、装飾をかなり省いてある。
「このお部屋を使っていいなら、私には異存がないというか嬉しいです。広すぎてお掃除が大変そうですけど。リアルモードってどうなんでしょうね?」
「さあ? 埃だらけになって手が回らなくなるなら、小さく改築するよ。庭とバランス取れなくなるけどな。部屋が確定でいいなら、夕食の時間まで別行動にしよう。俺は工房にいるから用があったら呼んで」
「そんな、私が行きますよ。このモードだとテレポートは出来ないんでしたっけ」
「ダイブし直せばできるけどさ。お互いプライバシーは欲しいだろ? 原則禁止」
「そうですね。間違っても私の部屋に直接ダイブしないで下さいね」
「ダイブしたくなったらイレーヌの許可を取るよ」
「…………馬鹿」
多少、言葉が砕けてきたのは良い傾向だ。
可愛らしく罵られても全然ご褒美の範疇。
落ち着く部屋が決まれば、日用品の買い物やらなにやら、お互いに必要な準備がある。今日の夕食は手間を掛けずに完成品を買うことで話が付いているから、あと数時間は自由になる。
イレーヌを一人にするとどうしても活動停止の不安がよぎるが、体調に変化があったらすぐに連絡する約束をしたし。ウォッチドックタイマーの中に、割り込み処理を組み込んで貰った。
彼女に再起動が掛かる前に必ず俺に通知が来る。
ダイブ中はもちろん、ログアウトしてリアルに戻っている時間でもCP宛てに。
今の彼女を見ていると、呼び出される心配はなさそうだが。
念には念を入れておこう。