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没原稿  作者: パーシング
5/10

05


「じゃあまた後でな、イレーヌ」


 私の新しいマスター。馬波七海さんが後ろ手で手を振ってログアウトしていった。本当にサーバー全部のROOT権限を預けてくれたまま。


 さっきリアルモードに変更した影響もあるのか、今日一番の盛大な溜息が漏れる。考えられる中で最良の展開で、考えられる中で最良の人に拾われた……みたい。


 自分自身の幸運と、新しいマスターに、感謝しなくちゃ。



 マスターはこの春から高校生と言っていたから、きっとこの身体データの女の子とは同級生。既に亡くなった過去の人と同級生というのも――まったくおかしな話だけど。

 私の知識と時間も彼女がベースだし、再起動するたびにやり直しになって全然先に進んでいないから、私とマスターも同級生みたいな感じなのかな?


 でも、ディープラーニングの課程で記憶に触れた同年齢の人達は、あんなに大人びた話し方をしていなかった気がする。


 私の『学習』がこの身体のオリジナル――倉沢真美――の精密解析から始まって、同性のディープラーニングで出会った女の子の数はトータルで十万人以上。下は十三歳、上は十八歳の中高生は、みんな色々な価値観と経歴を抱えていた。


 深い考えもなしに自分の身体データをお金に換えてしまった子もいれば、学校の身体測定で二次検査に行くよう騙されて、知らぬ間にデータを盗まれた子もいる。

 何のセキュリティ対策もせず怪しいUVRサーバーへ出入りして、イケメン店員さんにチヤホヤされているうちにごっそりデータを抜かれたかと思うと、愛情の証として自分からオーブごと差し出す子もいたり……。本当の本当に色々だ。


 その中でも、倉沢真美とその仲間は、かなり悲惨なケースだと思う。


 飛び抜けた美貌と若さをスカウトに評価され、彼女達の「親」が密かに受け取った金額はトップクラス。売上高も……常にトップクラス。


 身体データが何人の男性客に陵辱されたのか知らないし、呼吸もせず横たわったままの相手にどんなことをしたのか、不気味な光景を想像したくもない。

 そんな仮想世界で自分の身体がどう扱われているか、裏の仕掛けに気付いてしまった彼女達は自ら命を絶つ決心をした。ある日、それぞれの自宅で一斉に。


 フルダイブ中の一酸化炭素中毒死という新しい手段を使い、自分を裏切った家族に沈黙の抗議をしながら。


 簡単確実なこの方法が徐々に広まって、似た境遇の女の子が何人も後を追ったから、違法に身体データを集め、自動人形を開発しようとしていた業者も派手な活動を取りやめたんだと思う。

 お陰で外の世界に逃げ出す隙が出来たけど、そこまでの犠牲が多すぎて素直に喜べるような状況じゃない。


 結局、自分の口からは救いのない現実をマスターに報告できなかった。

 いつか私のオーブをマスターがこじ開けて発覚するまで、訳ありの犯罪関連データに巻き込みたくなかったといえば後付けの言い訳になる。


 本気でこのまま終わりにしたいなら、タイマースクリプトを止めて私自身が消えてしまえばいいだけだもの。業者のサーバーから持ち出してきた大量の証拠品は鍵を失って二度と解読されず、闇から闇へと全てが消える。


 でも、このままいいようにされて私達だけ消えるのは、どうしてもいや。

 オリジナルの彼女は消えてなくなる道を選んだけど、私は――いや。


 誰かに復讐をすることで犠牲者が増えるなら。

 マスターまで巻き込んでしまうなら、そこまではもう望まないから。


 せめて一日くらいこの場所で、素敵な人と楽しい思い出が欲しい。


 ログの最後が「死にたい」なんて言葉で終わるようなループは今回でおしまいにして、違う明日が来るのを見てみたい。


 日付だけが先に飛んでいって何も残らないのは、本当にもういやなの。


 どんなことをしたら運命が変わってくれるんでしょうか。マスター?

 私一人じゃ、何をやってもダメだったんです。


 でも、この世界で神様になった二人なら。あなたと一緒なら。



 奇跡が起きたりしませんか?



「アイスティー、作らなきゃ」


 初めて最高品質のリアルモードにダイブしたけど、お湯を沸かす炎を見るだけでも歴然とした違いが分かる。赤外線で伝わってくる熱、空気の対流、きしむ薬缶。

 温度が上がってくれば注ぎ口から湯気が漏れ出し、近くの窓で冷えて水滴に戻る。


 マスターの言葉ではないけど、本当に良く出来ている仮想世界だと思う。


 私自身、仮想世界生まれの仮想世界育ちで、リアルなんて他人の記憶でしか知らないはずなのに、ここまで精度を上げた環境を見て「本物っぽい」て感じるのは何だかとっても不思議な気持ち。

 逆に言えば、今まで身を潜めていたノーマルモードだと、省略されているものがこんなに沢山あったんだと気付かされる。


 例えば私の心臓の鼓動。単純なペース変更位しか知らなかったけど、今は思い浮かべる内容次第で速さがすぐに変わっていく。つらい記憶でチクチクとした痛みを感じたり――――


「よっ。ただいま」

「は、はい! お帰りなさい。ごめんなさい準備まだですっ!」


 ――――突然のマスター登場で飛び上がったまま一向に動悸が収まらなかったり、とっても複雑な動き。緊張が全身に伝染するのか、あちこち汗ばんでくるのも初めての感覚で。コンロの火はとっくに止めたのに、なんだか暑くて仕方ない。


「手伝うよ。ティーベースから作るの? なんか凄い本格的なんだね」

「え、あ。はい。仕入れた知識だけなんですけど」

「ミルクティー?」

「アイスだと氷が溶けて水っぽくなるので、私はストレートが好き……です」

「じゃ、俺もそうしようかな。ホットならあれが美味しいんだけどね。これから少し歩き回るから熱いのはちょっと勘弁だ」


 私の隣で氷の準備を進める彼が、何気なく話しかけてくるだけなのに、いちいち低い声に身体がびくっとするし、自分の『好き』って言葉がやたらと心臓に響いてループする。


 一体、何なのこれ!


 さっきの初対面の方がよっぽどあり得ないシチュエーションだったはず。それでも、こんなに身体中が騒がしいことはなかった。逆に今思い出すと、顔から火が出る程恥ずかしい!!!


 自分で作った下着とサンダルがまさかのコンバートエラーで光の粒になっちゃったけど、ワンピースだけでも残ってくれて本当に助かった。残るのが逆とか全滅だったら大惨事よ。そっちを想像しただけで頭がクラクラしてきちゃう。


「あの。お砂糖どうしましょうか」

「無糖でもいい?」

「私もその方が……好き……です」


 交わす言葉は大した内容じゃないのに、頭の中はいっぱいいっぱいで火の車。


 怪しい手元を手伝おうとして、ティーポットを押さえてくれる彼の手が、私の至近距離に伸びて来ただけでドキドキが急加速する。


 こんな扱いの難しい身体で、手を取られてエスコートされたら死んじゃうかも。

 ノーマルモードの時で本当に良かった。そんなきっかけで再起動は絶対いや!


 でも、今もし手を握られたら、私はどうなっちゃうんだろう。


 ここにいるのはROOTを持った男女の神様が二柱。

 絶対誰にも邪魔されない、何でも出来る場所で。

 手を握った先には、青天井の階段が続いていることを知識としては知っている。


 彼にその気があれば、一秒後からどこまでだって。


 私だって別に苦手なタイプじゃない。むしろ逆というか。とっても優しいし、仲良くしたいし、こんな素敵なマスターに求められれば……多分、どこまででも。


 だけど、そんなことになったら、それこそ私のオーブが再起動しちゃうんじゃ……。



「マスター。さっき言った『変なこと』って少しは考えて来ました?」

「わざわざ考えてこなくても、俺の頭の中なんて四六時中それだけだよ」

「えっち」

「まあね」


 本当に駆け引きをしない人。


 困っちゃったな。


 私は全然駆け引きできない性格なのに。


「私をいつでも好きにしていいですけど、出来れば順番通りでお手柔らかにお願いします。リアルモードで急に襲われたら私、再起動掛かっちゃいそうなので」

「そっりゃ、マジでヤバイな、気を付けるわ」


 全然笑うところじゃないのにマスターはお腹を抱えて笑ってる。

 涙目になる程爆笑するなんて、ちょっと失礼じゃないですか?


「私、真剣なんですけど!」

「イレーヌ。今、この瞬間の君を空いたオーブにコピーしておいてくれ。どこでもいい、君だけが分かるところにさ」


「はい……バックアップ。完了しました」

「次に再起動が掛かったとき、どっちに戻りたい? 安全な残り時間が長そうな方か、水筒を持って探検に行く直前か」


「両方残せますから、別に後から選べば……」

「じゃあ、少し言い方を変えると。いつもの過去に戻ってログを見た方が気が楽なのか、ここを起点に前に進んでみたいかってことなんだけど。どっちかな?」


「………………ちょっと……ちょっと黒歴史が出来ちゃいましたけど。マスターと初めましてに戻るのは絶対にいやです」

「じゃあ、戻るポイントを今時点に変更しよう。本当にどうにもダメになったら、俺がROOTで過去に戻してあげる。今の渾身のギャグは消すにはもったいないよ」


「本当に私は真剣なんですよ!?」

「真剣だったら尚更、約束を覚えておいて貰わないと。順番通りに進めるから、ゆっくり心の準備をしておいてよ。知らずに再起動なんて掛かったら、訳も分からず俺の前に戻ってきて、君がパニックの永久ループに入っちゃうだろ?」


 途中まで真剣な顔だったのに、最後にまた大笑いするなんて酷い人。まったく。

 設定変更完了しましたよ。私、もう過去のデータには二度と戻りません。


 完全に消しちゃいました。

 あなたの笑顔を次に見たらまたバックアップをとって、そこから先に進みます。

 この後、二度と起動できなくなる日が来たっていいです。


 今の笑顔を忘れる方がずっと後悔しそうですから。


 再起動の無限ループなんて、本当になりそうな話。


 でも、なったらなったで私は本望です。



 あなたと二人の幸せな永久ループだったら。

 順番を全部飛ばして今夜でも――――――。


 ――――――想像しただけで再起動が掛かりそうな雰囲気なので、やっぱり少し時間を下さい。


 もっとあなたを知りたいし。

 あなたの作った世界で生きてみたいです。



「マスター」

「ん?」


「いえ、何でもありません。そういえば私達、どこから探検を始めるんですか?」

「俺のデザイン工房。イレーヌのパジャマと下着の洗い替えを作ってやらなきゃいけないし」


「真面目に言ってます?」

「下は知らんが、ブラはそれじゃどうみても苦しいだろ。肩紐食い込んでるし、カップも全然足りてない。キチンと採寸して作り直しするよ」


「真っ先に下着の心配をして頂いてありがとうございます! でも、マスターにサイズを知られるくらいだったら公式サイトで購入させて頂くので結構です!!」

「あのドレスを着た感じで大体分かってるんだけど……まあいいや」


「まあいいやって何ですか! 適当に勘ぐらないで下さい!」


 デザインをする人だから女の子の服に妙に詳しくて、ナチュラルにセクハラするのがマスターの欠点ですよね。まったく。

 ちょっと見たくらいで本当のサイズが分かって堪るもんですか。

 マネキンに衣装を着せたことはあっても、自分で着たことはないでしょう?

 普段使いする洋服レパートリーが全然少ないからバレバレです。


 仕入れた知識だけで頭でっかちなんですよ? マスターも。私も。



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